第一話 RECKLESS_RAMPAGE
第一話 1
事の発端、晃と麗華の関係の始まりはこの日の前日に遡る。
男の名は芽吹 晃。
17歳、嘉地鬨かちどき市生まれ嘉地鬨市育ち、地元の嘉地鬨高校に通う二年生。
端正と言えるような言えないような、微妙なラインの顔立ち。
耳が隠れる程度に伸びたロングヘア、だらしなく乱れた制服。男子高校生の平均より少し低い身長。
性格は短気でバカでガサツ、小さい頃から暴力騒ぎばかり起こして孤立している問題児の不良。
しかし唯一の家族である祖母には頭が上がらない。
晃は、そんなどこにでもいる普通以下のチンピラだ。
五月、高校生達が新しい学年に慣れ始める季節。
晃はその日、少し遅い時間に一人で帰路に就く途中だった。
「っべぇな、遅くなっちまった。またお婆ちゃんに怒られちゃうぞコレ……」
ボサボサの頭を掻きながらそんな事をぼやいているうち、ふとした違和感を覚えた。
五月のこの時間帯にしては辺りが暗すぎる。
周囲の家々も、そこから漏れる光すらも見えない。
元々人通りの少ない路地を歩いていたが、それにしたって人の気配がなさすぎる。
じわりじわりと黒い霧の中に囚われているような、そんな不気味な空間の中にいることに気がついた。
どうしたものかと困惑している晃の背中に何者かがぶつかった。
〝人の気配〟が一切しない中、それは不意に現れた。
「ってえなコラ!!お前今ワザとぶつかりやがったな!?」
激昂して振り返るとそこには背丈2メートルほどの男がいた。
全身をすっぽりと覆うフード付きのコートを纏う、顔すら見えない大男。
とても人とは思えない異様なそれは、晃を見つめているようだった。
「な……なんだテメェは。何見てんだオラァ!なんだそのオシャレコートはよ!!」
すぐにカッとなる晃の頭に一瞬で理性が戻るほどに、目の前には大男は異様な何かがあった。
晃は気圧されそうになる心をなんとか奮い立たせ、立ち向かおうと相手のコートを無理やり剥ぎ取る。
「―――――」
コートの中に隠れていたのは、人の形をした〝木〟だった。
口らしき器官は見当たらないがとても言語とは呼べない奇怪な呻き声を上げ、本来目のある位置にポッカリと暗い二つの穴が空けられ、胸に十字形をした茶色ウッドブラウンの水晶が埋まったそれが人間ではない事に、バカの晃でもすぐ気がついた。
「う、うわぁっ!?」
晃は恐怖のあまり慌てて飛び下がる。
逃げ出すべきかと周囲を見渡すと、左右には同じコートを着た大男が一人ずつ控えている。
彼らは自分から衣を剥ぎ取り、正面にいるものと同じ全く同じ木の身体を曝け出した。
辺りに漂う黒い霧は一層深くなり、自分と怪人達以外のものが何も認識できなくなっていた。
「わけわかんねえ……これどういう状況だよ、お前らなんなんだよ!?あぁ!?」
晃の粗暴さ、口の悪さは臆病さの裏返しでもある。
生命本能が危険を知らせ、全身の毛穴が開き、呼吸が荒れて心臓が乱暴に脈動する。
今にも過呼吸になりそうな緊張状態でも、怒鳴り散らす事でしか心を守る事が出来ない。
「―――――」 「―――――――」 「―――」
「な、な……なんとか言えやオラァァァァ!!!」
理解できない呻き声を続ける怪人達に、晃はもう我慢の限界だ。
腹の底に練り固まった怒りと恐怖をすぐに取り除かなければ涙が出てしまいそうになる。
そして今の晃に出来るその手段は、拳を叩きつける事のみだ。
「いてぇーーー!!!硬ぇーーーー!!!」
かつては誰彼構わず喧嘩を挑み、同年代の男子だけではなく年上の不良、果ては教師にすら殴りかかった凶暴な拳。
人間相手ならば百戦錬磨だが、丸太を破壊できるような超人のそれには程遠い。
「―――」
怪人は晃の拳を受けたところでビクともせず、逆にその腕を間髪入れずに掴みにかかった。
背後には黒い霧がさらに広がり、晃をその中に引きずり込もうとしている。
「や、やめろ!!引っ張んじゃねえ!!何する気だよ……」
怪人が自分の腕を引っ張る力が人間のそれを遥かに超えていると悟った時、晃はようやく自分の行いを後悔した。
必死に足を踏みしめて抵抗するものの敵わず、左右に控えた怪人も迫る。
「離せよ!腕がもげちゃうだろ!!やめ――
もうダメだ。
諦めが脳裏によぎった時、晃と怪人の間にひんやりとした風が吹いた。
場違いな程に爽やかな冷たさが血の登った晃の頭を落ち着かせ、混乱と恐怖を凍らせる。
何が起きたか理解する前に怪人の腕がボトリと地面に落ち、晃を引っ張る力が消滅した。
「ってお前の腕がもげるのぉ!?」
落ちた腕をよく見たらそれは捥がれたのではなく切断されたものであることがわかった。
切断面が徐々に凍り始めている。それは怪人本体も同様だ。
腕の次は首、続いて腰。
横一文字の白い剣撃が二回怪人に迫り、分断する。
腕と同様に切断面から全体まで凍りつき、最後には胸の十字水晶だけを残して砕け散った。
「な……」
怪人が一人消滅して晃はようやく、何が自分を救ったのかを把握する。
それは
鎧越しでありながらもわかる細くしなやかな筋肉と力強さを感じさせるボディライン。くびれた腰と少し大きめの臀部。
兜で頭を覆われているので顔は見えないが、それを纏っているのが女性であると確信を持てる。
――すっげぇ、キレイだ……
現代日本に似つかわしくない西洋甲冑、漫画やゲームの産物としか思っていなかった女性の騎士。
突然放り込まれた絶望の黒の中に現れた、細身の剣を携える希望の白。
あまりにも幻想的で現実離れしたその光景が、晃には只々美しく見えた。
「助けに来た、もう大丈夫」
「おおっ!?お、おう……」
白い鎧の声を聞き、呆然としていた晃は正気に戻る。
その声はやはり女で、晃と同年代のように聞こえる。
聞き覚えのある声だが、誰のものだったかピンと来ない。
「下がっていて、あいつらは私が倒す」
白い鎧は剣先で左右に控える怪人を指し、晃の前に出る。
声を聞いているだけで、一人ではないとわかっただけで晃の心に勇気が灯る。
「――私が、守る」
「やだね!!!」
「は?」
勇気が灯り過ぎた晃はすかさず鎧の横に立ち、ファイティングポーズを整える。
さっきまで怯えきっていた事実が一瞬で頭から消えた。
鎧の冷静な声色も一瞬で消え、困惑に染まった。
「よくわかんねえけど、助けてくれたんだろ?
助けられた借りは必ず返せ、ってお婆ちゃんが言ってたんでな!
それに守られるのは性に合わねえ、俺にもやらせろよ!!」
恐怖が消えた、だから戦える。
相手はそもそも人間ではなく、生身で戦って勝てる相手ではない。
普通の人間なら理解出来そうなことだが、単純な晃の脳はまだ自分でもやれると思い込んでいる。
「いや、何言ってるの?あなたじゃ奴らは……」
「なーに、喧嘩にはコツがあるんだよ。パンチでダメならキックだ!!
オラァァァ!!………痛ってえーーー!!!」
晃はローキックで相手の態勢を崩し、一気に畳みかける事で優位を得る作戦に出た。
が、怪人の足は胴体と同じ硬度を持っているので全く歯が立たない。
怪人はもはや晃など眼中にないと言わんばかりの勢いで突き飛ばし、白い鎧へと迫る。
「……ああ、もう!そのまま伏せてて!!」
鎧は呆れと苛立ちを隠せない声で叫ぶと右手の剣を逆手に握り直し、人差し指を左手の手甲に伸ばす。
指の向かう先、左手甲の手首の部分には怪人達の胸に埋まっているものと同じ十字水晶が装着されている。
鎧の色と同じく、雪のように白い十字水晶だ。
「FROSTYWHITE」 「RE-IGNITION」
機械音声が流れ、鎧が剣を再び順手に構えると剣先が凍り始める。
氷はやがて刀身全体を包み込んで拡大し、槍のように鋭い氷柱へと変わった。
「ふぅぅ……はぁっ!!!」
呼吸を整え、狙いを定めてから怪人を貫くまでの時間は一瞬。
怪人は胴体に深々と突き刺さった氷柱と共に砕けて砂になり、一体目と同様に十字水晶だけが残された。
「――」
「甘い!」
振り向きざまに剣を横薙ぎに走らせ、後ろから襲いかかった三体目の首を斬り落とす。
そのまま数回剣を振り、ズタズタに斬り裂いてその活動を停止させた。
「ウッドブラウン、回収完了」
鎧は剣を左腰のアタッチメントに取り付け、怪人の残した十字水晶を拾い集めながら呟く。
一方の晃は目にも留まらぬ剣技に魅せられ、尻餅をついたまま動けない。
三つ全てを拾い終えた鎧が、晃の元に近づいた。
「この世界では……とくにこの街では、こういった事が稀に起きる」
晃を助け起こすべく、鉄の細腕が伸びる。
「今日の事を誰にも口外せず、今後は出来る限り人気のない道を一人で歩かない事。それが――
「あんたすっげぇなぁ!!!」
晃は話を聞かず、伸ばされた鉄の腕を両手で握って立ち上がる。
「マジでかっけぇよ!その鎧どうなってんの?あいつらブチのめすコツとか教えてくれよ!」
「え!?いや、あの、えっと……なに、こいつ」
満面の笑顔で掴んだ手をブンブンと降る晃に、鎧は只々困惑する。
「あれ必殺技だよな?どうやったんだ?名前とかあんの?つーかたぶんどっかで会ってると思うんだけどよ、
「し、静かに!!」
まるでプロスポーツ選手にサインをねだる子供のように輝いた晃の眼差しと質問責めに、鎧は耐えきれず左手を開いて静止する。
左手を突き出したまま二歩、三歩と後ずさり、右腰のケースから黄色フラッシュイエローの十字水晶を取り出した。
「そ、それ俺にくれる感じのやつぅ?」
「あげない!!」
遠慮が無さすぎる晃の期待を一言で斬り捨て、取り出した十字水晶を左手甲に装着する。
「FLASHYELLOW」 「DISCHARGE」
既に白い十字水晶が装着された箇所の後部にあるスロットにそれをはめ込むと、鎧の掌が眩い光を発する。
光は晃の視界を奪い、同時に意識を失わせた。
晃が意識を取り戻した時、景色は異変が起こる前の帰り道へと戻っていた。
黒い霧は跡形もなく消えさり、白い鎧も居なくなった。
まるで夢の中の出来事だったかのように。
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