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 12月16日 月曜日

 

 土曜日にあったお遊戯会の振替休日で、この日幼稚園はお休みだった。主人は有給を取り、長女を実家に預けてから夫婦で病院に向かう。次女はパパとママが2人揃っていることにご機嫌で、朝食もよく食べて薬もしっかり飲めた。お昼になり、新しい薬が追加される。

 

「プレドニゾロンというステロイドの薬が追加になります。少し味がまずいかもしれませんが、これが飲めてご飯もしっかり食べられるようなら点滴の針、はずしますね」

 

 点滴の針が外れる。それを聞いて、顔を見合わせた私と次女はハイタッチをした。今まで左手に管が繋がっていることで折り紙やブロックが自由にできずにいたが、それが解消される。けれど次女はこの薬を飲むことに大変苦戦した。

 

「まずい! むり!」

 

 結局、一番最初にフロモックスを飲ませた時と状況は変わらない。これが飲めなければ帰宅は絶望的だ。地団駄を踏み拒否していた次女だが、最終的に甘いシロップと混ぜた粉薬をピペットに吸わせ、それを少しずつ口に入れながらクラッシュゼリーで流し込む、という方法に落ち着く。

 

「うん、飲めましたね。そしたら針はずすね。お薬がんばろうね」

 

 医師の言葉に元気よく頷いた次女。点滴の外れた左手も使い、3個目のぴょんぴょんガエルを作った頃、なんと今日からまた24時間付き添える許可がおりた。主人は安心して、夕方前に長女を迎えに帰って行った。

 

「やったね。ママ、夜もずっと一緒だよ」

 

 言うと、次女は私に抱きついた。寂しい思いをさせてごめんね。また今日からずっと一緒だから。もうママも強くなったから——そんなことを思いながらふと、隣のベッドに目をやる。預かりのその部屋には他に男の子がいて、その子は私や主人が面会に訪れた際も1日のほとんどを1人で泣いて過ごしていた。

 

 会話から読み取れるなんとなくの事情しかわからなかったが、その子にはまだ生まれたばかりの弟がいて、母親しか24時間付き添えないルールのこの小児科では預かりにするしか手がないようだった。男の子は私がベッドの横を通り過ぎるたびにたくさん話しかけてきたが、応えるのは正解ではないと判断した。目が合えば微笑んで頷く、私にはそれしかできなかった。

 いろんな家庭の事情がある。それを『可哀想』と一括りにすることだけはしたくないと思った。面会に来る両親も祖父母も皆、子や孫の回復を心から願っている。ひとりにさせたいわけじゃない。寂しい思いなんて本当はさせたくない。それでも、どうしようもない時がある。私なんて、たった2日間次女の心の叫びに触れただけでダメになりかけた。預かりは、利用して然るべき制度なのだと改めて感じながら、私は次女と付き添いの部屋に移った。

 

 

 

 12月17日 火曜日

 

「うん、症状も消退してるし熱もなし、血液検査の数値もよし。心エコーも問題ない。膜様落屑まくようらくせつもあるね。ステロイドの漸減に入りましょう」

 

 2度目の医師からの説明は冷静に聞くことができた。膜様落屑まくようらくせつとは、手足の指先の皮がペラペラ剥けること。それが確認できれば、川崎病としては回復期まで来たということになる。経過は順調。あとはステロイドの漸減が完了するまで体調を見るだけの段階まできた。

 退院予定日は12月27日。クリスマスは過ぎてしまうし、ぴょんぴょんガエル10個では帰れそうになかったけど、それでもやっとここまできた。

 

「今日もママ一緒?」

 

 次の日もその次の日も、次女は不安そうに『今日もママ一緒?』と訊いてきた。それほどまでにひとりの夜が不安だったのだなと申し訳なく思った。でも3日も経つといつもの調子に戻り、薬もゼリー無しで飲めるまでに強くなる。3回目の心臓超音波検査も滞りなく終わった。

 だが、入院から11日目になる12月21日。朝起きると、次女の顔に異変があった。

 発疹。爛れたような、カサカサした赤みが両頬一面に広がっている。私は途端に不安に駆られた。やっとここまで来たのに。順調だったのに。このまま発疹が体にも広がって、熱が出て、再燃(再発)なんてことになったら——

 

「なんでしょうね、抗生物質の副作用かな。ただ溶連菌の抗生物質サワシリンは今日の朝で飲みきりですし、熱もなく川崎病の症状が再び現れたとは考えにくいので、漸減スケジュールは続行します」

 

 先生は経過観察だと言った。なんでしょうね、なんてあっけらかんとしていて、その振る舞いが私を安心させる。大したことじゃない。次女の体に悪い変化は起きてないんだ。そう信じて、私は何度も何度も次女の顔を確認した。その度に抱きしめて可愛いと伝えて、もういいよ、と呆れられてしまうほどに。

 

 21日(土)と22日(日)の日中は主人が次女と、そして私が長女と遊ぶ日とした。一時帰宅した私は家の掃除から始める。主人は比較的きれいにしてくれていたが、水回りの掃除や布団を干したり、夜食べる用のカレーと日持ちする常備菜をいくつか作って、それからあとは長女と遊んだ。

 補助輪付きの自転車に乗る長女はとても楽しそうで、公園で鉄棒の技を披露してくれたり、折り紙でいろんな工作をしたり。短い時間だったが充実した。次女の顔の発疹も日曜の夜にはすっかり消えて、また安心が訪れる。

 ……と思ったのも束の間。次の日23日の月曜日、長女は発熱して幼稚園を休んだ。

 発熱と聞いただけで、私の心臓は大きく跳ねるようになってしまった。けれどその熱も朝だけで、38.6度あった熱も午前中のうちに37.2度に。

 精神的なストレスかもしれないと思った。長女は聞き分けがいい。だからその分我慢する。週末遊んで充実したと思っていたのは私だけで、長女はこの2週間余りずっとずっと無理していた。だから発熱したのではないか、そう思った。

 

 家族4人が揃う日が、待ち遠しい。

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