ジングルベルの流れる頃に

アルバイト先に選んだのは、高校時代にたまに行っていた玩具屋。


地元の小さなショッピングモールの2階にあったそのお店は、近所の小学生がよくたむろしていた遊び場のような場所だった。


当時はファミコンやゲームボーイなどのゲームがよく売れていて、お店で仕入れるタイトルの本数などもアドバイスさせてもらえて、人生が充実していたことを覚えている。


予備校に通ってはいたものの、受験勉強よりもアルバイトに精を出す毎日が続いていた。


そんなある日、バイト先から見える1階の自販機の前で、僕が通っていた高校の制服を着た男女がジュースを飲みながらベンチに座っているのが見えた。


高校からは少し距離があるショッピングモールだったので、ここまで来る人は珍しいなぁと思いつつ、姿をよく見ると女子のほうは彼女だった。

久しぶりに見かけた彼女の姿に、心臓が高鳴るのを感じる。


そして、相手の方はと確認すると、あの登山部に所属していた彼だった。


なるほど、彼があの時、脈絡もなく僕を尊敬していると言ったのは、もしかしたらそういうことだったのか。

僕が勇気を出して告白した時には、二人はすでに付き合っていたのかもしれない。


だとすれば、それを知らずに、気持ちが爆発して告白した僕は、ただの道化でしかない。


たまたま二人がここで逢瀬を楽しんでいただけなのか、それとも僕がここで働いていることを知っていたのかはわからない。

しかし、その時は気持ちの整理がつかずに、結局それ以上は二人の姿を見続けることができなかった。


バイト先の玩具屋はちょうどクリスマス前で、クリスマスプレゼントの購入客が増えてくる季節。


店先ではジングルベルがエンドレスで流れていて、その曲だけがいつまでも僕の耳に鳴り響いていた。


それから二十数年。


僕も色々あったが、人並みの家庭を持つことができ、妻との間には一男一女を授かった。

いろんなクリスマスソングが流れはじめた街で、今日は息子と娘と一緒にクリスマスプレゼントの買い物に来ている。


玩具屋の前を通りがかり、思い出のジングルベルが聞こえてくると、あの時の気持ちが蘇ってくる。


あの日以来、彼女の姿は一度として目にしていない。

そして、その後彼女がどんな人生を歩んでいるのかも、僕はまったく知らない。


もし、彼女の気持ちに何となく気づいた時に告白していたら、僕の人生も変わっていたのかもしれない。

いや、彼女が僕に好意を寄せていたのではということ自体が、女子と付き合ったことがなかった僕の勘違いだったのかもしれない。


少し優しくされたぐらいで、僕に好意があるのではという思い込みだった可能性の方が高いかもしれない。

本当のところは、今となっては知る由もない。


ただ、決して後悔しているわけではなく、今となってはそんな経験があったからこそ、今の僕があり、今の人生があると思える。


ただ、毎年この季節になると、少しばかりセンチメンタルな気持ちが胸に溢れてくる。


しかし、それはふとした瞬間、ほんのわずかな時間だけの気持ち。

一緒にプレゼントを選んでいる子供たちの嬉しそうな声を聞くと、今この幸せな時間に引き戻してくれるのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジングルベルの流れる頃に 久良紀緒 @okluck

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画