文化祭間近のこと
間近に迫った文化祭のために、準備で忙しくしていた日。
その日は部長が家の用事で部活に参加できず、放課後にそれ以外のメンバーで展示物の準備をしていた。
部活が終わる直前になって、文化祭の実行委員が部室にやってきて、その日が提出期限の展示物に関する書類が出ていないと言われた。
どうやら部長が提出期限を忘れていたらしい。
時間も遅かったので、とりあえず部員のみんなに帰宅してもらって、僕が一人で残ってその書類を作成することに。
作成するのに一時間ほどかかってしまい、提出に行ったときには実行委員も帰宅した後で、職員室に立ち寄って、残っていた先生に書類を提出した。
時間が遅かったこともあり、普段は下校の生徒でにぎわう下駄箱にも、人の姿は見えなかった。
玄関を出て、校門へ向かうと、校門のすぐそばに人影が見えた。
校門へ近づくと、そこに立っていたのは先に帰ったはずの彼女であった。
彼女は僕の姿を見つけて、少しうれしそうな表情を見せて、近づいてきた。
こんな時間まで、どうしたのかと聞くと、帰ろうとしたら、不審な人を見かけて、怖くて僕のことを待っていたと言う。
たしか、彼女は他の後輩の女子と一緒に部室を出たはずだが・・・
さらに詳しく聞いてみると、帰ろうとしたら教室に忘れ物をしていることに気づいて、それを取りに行ってから一人で帰ろうとしたららしい。
ところが、校門を出てすぐに変な人がいて、怖くなって戻ってきたのだと。
僕が校門に来るまでに、他の生徒は来なかったのだろうかという疑問も頭をよぎったが、僕を頼りにしてくれた嬉しさから聞くのはやめた。
すでに結構な時間が経っているので、不審な人物はもういないとは思うが、念のために周囲に気を払いながら僕は彼女と一緒に下校した。
彼女は怖い思いをしたせいか、普段よりも口数が少なく、あまり会話はできなかった。
それでも、僕はとりとめもない話を次々と口にして、少しでも彼女の気を紛らわせようとした。
結局、何事もなく彼女の家の前まで到達した。
彼女が入り口の門を開いて、家の敷地に入る。
無事に送り届けることができたので、それじゃあまた明日と僕が立ち去ろうとすると、彼女は僕の左手を両手で握った。
まだ怖いからなのか、僕の手を握った彼女の両手は少し震えていた。
「大丈夫?」
少し驚いたものの、彼女のことが気になって、声をかけた。
しかし、彼女はうつむいた状態でその問いには答えず、僕の手を持った両手を自分のおでこに当てた。
顔は良く見えなかったが、なんだか泣いているようにも見えた。
何か声をかけることができれば良かったのだが、どう声をかけていいか分からず、その状態のまま時間だけが過ぎて行った。
やがて、落ち着きを取り戻したのか、顔を上げた彼女の表情は、どことなく何かが吹っ切れたかのような感じだった。
「先輩、ごめんなさい。」
僕の手を離して、家の方へと向かう彼女。
「今までありがとうございました。」
そう言った彼女に対して、
「気にしなくていいよ。」
と僕は答えた。
「それじゃぁ、また明日」
と別れの挨拶をして、僕はその場を後にした。
帰り道、彼女が最後に言った言葉が少し気にはなっていた。
何に対してのごめんなさいだったのか。
そして、何に対してのありがとうだったのか。
ただ一言、ありがとうではなく、「今まで」というのはどういう意味だったのだろうか。
それでも、翌日部活で出会った彼女は、いつもの明るい彼女だったので、僕の思い過ごしだったのかもしれない。
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