第2話 ギャルたるもの写真を忘れるべからず

 式が終わった翌日。

 僕はサマンサを、ウチの経営している農場に連れてきていた。

 彼女にもギャルファッションではなく、動きやすい服装に着替えてもらう。



「我がトースター家では農夫のうふを雇って小麦の生産をしている。君もトースター家に来たからには農業を学んでもらうぞ」

「アタシー、パンよりご飯派なんすけどー?」

「名前と顔の割に東洋風な嗜好しこうだな……。とにかくウチに来たからには農業を手伝ってもらう」



 もっと裕福なところでは貴族が農夫に混じって作業するなんてことはないんだろうけど、いかんせんウチは弱小貴族だ。

 農夫を雇うのにも金がかかる。金がない分は自分で働かなくてはいけない。



「あ、ウィル様。馬糞ばふん踏んでるしww」

「……農業に携わる者。馬糞ごときで動揺したりはしない」

「あはは。足ぶるぶるしてるし。めっちゃ強がってるww」



 それから僕たちは農夫に混じって畑作業に従事した。

 全身泥まみれ、汗まみれになるような仕事。それに草刈りや収穫なんかは体力勝負の仕事でもある。

 田舎に飛ばされてきたとはいえ、サマンサは名のある貴族の娘。すぐに馴染むのは難しいだろうな……。



「アタシの魔法使えば草取りなんかラクショーだしィィ!!」

「す、すごいわ奥方様! あんなに生い茂っていた雑草が一気に……!」



 と、思っていたら、風の魔法で雑草を切断していくサマンサの姿があった。

 はじめて見た魔法に、農夫たちも感嘆かんたんの声をあげている。


 ……あれ? 案外馴染んでないか?

 つーか魔法使えんのね。


 魔法は才能の世界だ。才能ある魔法使いは火や水を操ったり、風の力で雑草を切断したりもできる。

 もっとも、僕にはそんな才はなかったけど。


 ……ひょっとして、ここで一番役立たずなの僕じゃね?



「おーい、ウィル。嫁を貰ったんだって?」



 そんな風に若干落ち込んでいると、僕に声をかける者があった。


 納屋の近くに人がいる。優雅ゆうがに馬から降りてきて、こっちに向かってきている男。隣の領の貴族の息子だ。

 家でやることがないのか、ときどきこっちに来て僕をからかっている。



「サマンサ、紹介しよう。こいつは僕の腐れ縁のロイ・ストライプだ」

「おいおいそんな言い方はないだろう? ……って、コレが君の奥方かい?」



 やって来たサマンサを見て、ロイが吹き出した。

 彼女は農夫に混じって作業していたため泥だらけになっている。



「ぷぷっ、なんて格好だい! 貴族ともあろう者がそんな格好で! とても良家のご息女とは思えないね」

「……失礼だぞ、ロイ。それに僕たちをからかっている暇はあるか。君は自分のお父上から早く結婚しろと急かされているみたいじゃないか」

「それならぜんぜん問題ないよ。来月に開かれる公爵家こうしゃくけ晩餐会ばんさんかいでいい子をゲットするから。たしか君も呼ばれてるんだろ? いいじゃないか、奥方のお披露目ひろめをしてくれば」



 まあ、とロイは侮蔑ぶべつに満ちた目をサマンサに寄越よこす。



「ボクなら恥ずかしくてとても表に出せないけどね」



 くっ、嫌味な奴だ。

 さすがに文句を言ってやろうと口を開きかけるが、



「……あのー」

「なんだい奥方殿。悪いが今さらボクに鞍替くらがえなんて……」

「さっきからずっと馬糞踏んでんすけどww」

「ぬわあああー!?」



 驚いて飛び上がるロイ。

 彼の靴は馬糞と泥で無惨むざんな姿になっていた。



「くっ、とにかく晩餐会には必ず来いよ、ウィル! ぜったいにボクの方が美人のお嫁さんをもらってやるんだからなあ!!」



 そうして捨て台詞を残し去っていくロイ。

 なんだ、僕が先に結婚したからねていたのかな……。



「なんかー、ウィル様の友達ってマジ変人じゃね?」

「ロイも君には言われたくないだろうよ」



 アタシ変じゃないしー、と言いながら、ロイが踏んづけた馬糞をスマホで写真に納めている彼女は、間違いなく変だろう。



 はあ……。果てしなく不安だ。

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