第2話 天啓またはスキルというもの
仕事の内容を聞いて呆然としていたエルは、やがて頭をがくりと垂れた。
心なしか足取りも重そうだ。
あからさまにテンションを下げた彼を励まそうとしてか、リオンが明るい声を出す。
「で、でも銀貨5枚も貰えるのよ!? 頑張らにゃくっちゃ!」
前向きなことを口にしてはいるが、彼女の垂れ下がった尻尾はその内心を如実に表しているようだった。
ある意味、体は素直ってことか。
「そうだった、そういや銀貨5枚の仕事じゃねえか! 取り合ってた『ハロウト花』の採取依頼は銅貨2枚だったから……おお、20回分かよ!」
「あんたやっぱりバカにゃのね、25回分でしょ!」
「バ、バカだと!? このクソ猫がッ」
「はいはい、喧嘩はそこまでだ。そろそろ街道から逸れるぞ。戦闘の準備をしておけよ」
戦闘という言葉を聞いた二人はすぐに睨み合いをやめ、表情を引き締める。
エルはすぐに背中から盾を取り、リオンは手甲を捻って鉤爪を伸ばした。
こういうところを見ると、新人とはいえちゃんと冒険者としての心構えができているようだ。
「あ、先に言っておくが目的地に向かいつつ他の依頼もこなすからな? じゃないと大赤字になっちまう」
俺は懐から数枚の依頼票を取り出すと、見せつけるように二人の目の前へ突きつけた。
「ええっと、フォレストウルフの討伐……とハロウト花の採取!? なんだよアスラ兄、結局この依頼もやるのかよ!」
「ああ、これから向かう先に腐るほど生えてるからついでみたいなもんだ。それにしてもお前、アスラ兄って……」
俺は実の弟を思い出して、思わず苦笑いをしてしまった。
あいつもこうして俺を『アスラ兄』なんて呼んでいたんだよな。
なのに今では命を狙われているなんて……人は変わるもんだ。
「ねぇ、そんにゃことよりグレイベア討伐っていうのは……」
リオンは自分の肩を抱き尻尾を逆立たせながら、震えた声でそう口にした。
確かに新人がグレイベアは三ツ星以上がパーティを組んで倒すような魔物だから新人には荷が重い。
「安心しろ、依頼は基本的に俺が一人でこなすからな。ただ二人も戦いたければ戦ってくれていいぞ。いい経験になるだろうし」
俺が笑顔を向けると二人は顔をひきつらせたが、その瞳には炎を宿したようにも見えた。
「悪ぃ、一匹そっちに行ったぞ!」
対峙するフォレストウルフの攻撃を盾で受け止めながら、エルが叫ぶ。
盾と牙がぶつかりあってギャリギャリと不快な音を立てているが、力では負けていない。
まだ手を貸す必要はないだろう。
「おっけーにゃの!」
リオンは向かってくるフォレストウルフに噛みつかれる直前、地面を蹴った。
そして近くの木へ飛びつくと、木を足場にして更に飛び上がり、大きな狼の背後を取る。
「終わりにゃの!」
手甲の先から伸びた鉄の爪を振ると、狼の首元を切り裂く。
血しぶきを上げる狼の向こう側では、エルが盾の陰からフォレストウルフの口内に長剣を突き立てていた。
「アスラ兄、どうだった!?」
「しっかり守りから入って、隙をみて攻撃をする安定した戦い方で良かったと思うぞ。パワー負けもしていなかったし、普段からちゃんと修練しているみたいだな」
頭を撫でて褒めると、エルは真面目な顔を作りながらも口元をニマニマとさせている。
「リオンも身軽さを活かした良い動きだったぞ」
「ありがとうございますにゃの!」
「でもアスラ兄の戦闘を見ちまったら自信なくなるよなぁ……」
「ほんそれにゃの」
街道から逸れてすぐに遭遇した魔物を、俺は文字通り瞬殺。
それを目にした二人からすれば「指導をしてほしい」と頼み込むほどだったらしい。
というわけで二人の初戦闘を見守っていたが、正直なところ悪くはなかった。
これなら二人はすぐに一つ星になれるはずだ。
それを聞いて喜ぶ二人の背後で、茂みが微かに揺れたのを俺は見逃さなかった。
「エル、リオンッ!」
短く名前を呼ぶが、二人はなぜ名前を呼ばれたのか分からない様子で、武器を構えようとさえしない。
そんな二人の姿を油断とみたか、不意をついて飛び出してきたのは顎を大きく開いた狼だった。
さっきのやつらよりひと回り大きく、妙に殺気立っている。
あいつらの
「う、うわぁ」
「にゃにゃんっ!」
エルは驚きの声を上げてからようやく盾を構えようとするが、それではもう遅い。
腰の入っていないエルの防御はいとも簡単に破られた。
鋭い牙で挟み込まれた盾は、首の振りで遠くに飛ばされてしまう。
リオンも鉤爪での攻撃を仕掛けるが、焦りからか僅かに毛をかすめただけだ。
フォレストウルフはエルを押し倒し、その牙が彼の腹を突き破らんとしたその瞬間——俺は指をひとつ鳴らした。
「ギャンッ!!」
狼は不可視の壁にぶつかって、弾け飛んだように地面へと転がった。
立ち上がろうともがいてはいるが、どうしても立つことができないでいる。
もちろん、俺がそうしているからだ。
「こ、これは……?」
突然の出来事に硬直していたリオンが、震える口を開く。
「俺の
「シ、シュルティ……ですか?」
「ん? 生まれた時に天から授かる特別な能力のことだが……もちろん知っているよな?」
「にゃるほど、シュルティっていうのはスキルのことにゃんですね!」
そういえば亜人族は天啓をスキルと呼んでいるんだったか、失念していたな。
俺は地面でもがくフォレストウルフに近づくと、軽く撫でて楽にしてやる。
それからリオンに尋ねた。
「お前はどんなシュ……スキルを持っているんだ?」
「私は≪疾走≫です。ほんの一瞬、素早さを上げるだけにゃんですけど……」
なぜかちょっと恥ずかしそうに俯き、そう口にした。
「戦闘スタイルに合っていて良いスキルじゃないか。エルは?」
「え、ええっと俺は………………」
長い沈黙のあと、エルは今の戦闘スタイルとは正反対の≪魔力増強≫というスキルを持っていると答えた。
魔力というのは自身の体内にある魔素のことで、主に魔法を放つのに利用される。
しかし、それにしてはエルの戦い方は——。
「だ、だってよ! 俺は魔法よりも剣の方がッ——!」
なんてぶつぶつと言い訳じみたことをまくし立てているが、必ずしも自分の望む未来と天啓が一致するわけじゃないのは当然だ。
ただ過去を見れば、とても戦闘に使えない生産系の天啓を貰った人が人生をかけた努力の結果、高名な冒険者になった例もある。
「——ってことで、天啓だけが全てじゃないからな。結局のところ自分の努力と、あとは曲げられない信念ってやつが大事なんだ」
そんな逸話を教えてやると、エルは拳を握り、リオンはやる気に満ちた顔をした。
黙ってりゃ俺が魔物を討伐するから楽できるってのに、自分たちにもやらせてくれといえる二人はきっといい冒険者になるさ。
「でもな、油断をしていたら努力が一瞬で無になるぞ」
地へ伏すフォレストウルフにちらりと視線を向けながら釘を刺すと、二人は真剣な顔で頷いた。
さて、魔物を討伐した証拠として魔核を取り出さないといけない。
腰の後ろに
「心臓の近くにあるんですよね?」
「そうだ。魔核は依頼料とは別に買い取ってもらえるから忘れずに回収しろよ」
俺はリオンの問いに答えつつ、ボスの体にナイフを突き立てる。
やはり魔核を取り出す時くらいは奪った命の感触、その重さをちゃんと味わう必要がある。
そうしないと命の重さを軽視してしまいそうになるからな。
体内深くから取り出した親指サイズのそれは、低位の魔物にしては大きく、色も濃かった。
「にゃるほど、魔核を売れるから採取より討伐依頼の方が人気にゃんですねぇ」
「でも討伐の方が危険だし、アスラ兄がいなけりゃ新人猫はすぐヤラれちまいそうだな」
「ぐぬぅ、新人なのはあんただって同じにゃの!」
この二人は相性が良いのか悪いのか、いつも言い争いをしている気がする。
「もういっそのこと二人でパーティでも組んだらどうだ?」
俺が何気なくそんなことを口にすると、二人は揃って嫌そうな顔をした。
その反応がまさに似たもの同士って感じなんだが。
「さてと、二人とも魔核の回収はできたか? それじゃ先へ進むぞ。目的地はすぐそこだ」
ゴミ拾いの英雄 〜異世界から転移してきた勇者という『ゴミ』を拾う仕事をしていた俺は、すぐに溜まっちゃう彼女と毎日ディープなキスをする〜 しがわか @sgwk
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