第2話 樋辺くねぎは驚かされる
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「は、はじめましてっ! 私の名前は――樋辺(ひなべ)くねぎです!」
「そ。オレの名前は立崎エリス。それからお前、声が大きいよ」
上京一日目――進学予定の学校になんとか到着することができた私は、自分の部屋に通されました。
東京の警察官さんは素晴らしいですね、案内上手です。
私がこれから通う『宝城ガールズハイスクール』は全寮制の高校で、名前の通り女子高だそうです。
相部屋になるという話は聞いていましたが、事務室に案内された途端に部屋の鍵を渡されました。
あまりにも急すぎる展開に息は絶え絶え、心臓はバクバク、口から魂がまろびでそうで、すべてのコンディションが悪めです。
そして何の準備もできていないまま鍵の掛かったドアを開けると――そこにいたのが、ムスッとした表情の彼女でした。
「そ、それは失礼しましたっ!!」
「笑えないよ? その冗談(うるささ)」
エリス、と名乗った制服に身を包んだ女子生徒は、冷たい雰囲気を纏った女の子でした。
部屋の真ん中に鎮座した、まるで王座のような赤い絨毯で縫われた椅子で足を組んで座っていました。
顎に手を当て、目を眇めて私のことをじっと見ています。
細い腕に細い脚――美人さんで可憐なスタイルの『考える人』でした。
「――で、お前がオレと同室のヤツか?」
「ええと、そう聞いていますっ!」
「チェンジで」
てってって――と私の前まで歩いてきて、細い腕で両肩をくいっと押されます。
おっとっと、と私が後ろに二、三歩下がったところで――バタン、ガチャと音がしました。
決まり手は突き出し、敗因は扉を閉められたことでした。
私は部屋という土俵から追い出され、人生何百回目の黒星を付けられることになったのです。
エリスというボーイッシュで可憐な女の子が目の前に居たと思ったら、知らないままにターンを決めさせられて部屋から追い出されてしまった――って、こんなことあります?
不意を突かれた私は、その場で三十――いや、四十秒ほど呆然としてから持っていたはずの鍵を取り出そうとします。
が、鍵がありません! あの一瞬の間に私の手から鍵がなくなってしまっていたのです!
仕方なく私はドアをトントンと叩きます。
ガチャガチャやっても開きません。
家のドアはいつでもこれで開くはずなのですが……おかしいです。
ドンドンドンドンドンドンドンドン――。
「酷いですよ会って数秒で追い出すなんて!」
ドンドンドンドンドンドンドンドン――。
「チェンジってどういうことですか!」
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン――ガチャ。
私の懸命なノックが届いたのでしょう、扉が少しだけ開きました。
扉の内側には厭そうな表情をしたエリスちゃんが一人。
「ドアを叩く音が煩くて何も聞こえねーよ。あと――迷惑だから、事務の人呼んどいた」
「そんな! 私が何をしたっていうんですか!?」
それからノックを繰り返すこと二分ほど――何事かと慌ててやってきた事務の人に私は止められました。
「っ――はぁ……」
事務局では、目の前に座った黒いスーツのおばさんに溜息を吐かれました。
連れてこられたのは、私と、それからエリスちゃんです。
エリスちゃんが閉じこもっていた部屋は事務の人が持っているマスターキーで解錠されました。
エリスちゃんの手には鍵が二本携えられていました。
たぶん私が落としたものを拾ってくれたんだと思います。
出てきたエリスちゃんは「なんだよコラ、やんのか!?」と喚いていましたが、事情を把握した事務員さんが事務室に連れてくるなりおとなしくなりました。
「立崎エリスと、樋辺くねぎ――ね。私の名前は宝城エイミー。この学校の校長をしているわ」
自己紹介をする校長先生の後ろには、サングラスを掛けたいかつい黒服さんが二人スタンバイしていました。
カチャッ、という聞きなれない金属音がしたのは何でしょうか……。
フィクションでしか見ないような、所持しているだけで銃刀法違反に当たる、よく祖父の家で見たそれを黒服さんは持っています。
「怯えないでね。彼らは私のSP――ボディーガードよ。いつ誰が襲ってくるか分からないから念のために待機させているだけよ」
「じゃあ、安全装置を抜く必要はないだろうよ……」
「いつでもあなたたちを実力支配できるわ、という意味もあるわ」
率直な言葉遣いの校長先生でした。
こんなに暴力をチラつかせるタイプの教職者は見たことがありません。
座ったままエリスちゃんはお手上げのポーズをして首を振りました。
「一応、言い分だけ聞きましょうか……」
私は部屋から追い出された経緯を話し始めます。
うんうん、なるほどと優しい表情で校長先生は頷いてくれました。
とはいえ、私にはそんなに話すことはありません。
だって、何が起きたのかすらも分からないんですから。
私が話し終わるのを待って、エリスちゃんが話し始めます。
「オレはさ――不満なんだよ。他のどんな生徒よりもたっかい金注ぎ込んで入学したってーのに、入ってみたら相部屋、特典もなし、普通レベルの待遇と来たもんだ――んでもって相棒がこんなパワー系ポンコツとかやってらんねー。一人部屋、そして相棒のチェンジを要求する」
「なるほど――金を払ったから対価を寄越せ、ということですね」
「分かってるじゃねぇか。……いや、分かっていた上でこの仕打ちにしたってことかよ」
「それだけ回る頭があるのに、どうしてこんな抗議をしに来たのかははなはだ理解できませんが――まず結論から。貴女の抗弁は棄却します。一人部屋になることはありませんし、相棒は変わりません」
どうしてでしょうか。
エリスちゃんの言葉で不必要に傷つけられている気がします。
ですが、凹まないことだけが私の取り柄なので!
とりあえずこういう時はニコニコしておくことにします。
「なに笑ってんだよ……もしかってーと、コイツは学校側が用意したポンコツってことか?」
「いいえ。彼女は決してポンコツなんかではありませんよ。ニコニコなんてして……いますが……ニコニコしているのは……どうしてですか?」
二人の厳しめアイが急に私に向きます。
「なんだか……話が全部分からなかったので、とりあえず笑ってお茶を濁そうとしてました!」
校長先生は少しの間口を半開きにし、エリスちゃんは頭を抱えました。
ですが、私の目に映る光景では校長先生の方が頭は痛そうです。
この目に狂いはありません。
「そうですね……まずは、この学校について説明をしましょうか。さすがに――何も知らずに入ってくる生徒が居るとは思っていませんでしたが。二人組(ペア)の立崎さん、お願いできますか?」
「――確定なのかよ、それ」
「ええ。なので、煮るなり焼くなり、煮られるなり焼かれるなり――全部自由ですよ」
にっこり、校長先生は私を見て言いました。
「もしかして、私をおいしく調理しようとしてます!? やだなぁ、ヒトは筋肉質で美味しくないですよ?」
「バカ――ものの例えだよ。っていうか、本当に何も知らないのか? 知ってることだけでいいから話してみろ」
正直な話、私はこの学校、宝城ガールズハイスクールのことを何も知りません。
というより、私をこの学校に推薦した人が『行けばわかるさ☆』と何も教えてくれませんでした。
代わりに、私がインターネッツで調べた超でっかい容量のPDFデータの内容を話します。
「都会にある女子高! ですよね? 短めスカートにピカピカの髪の毛、それから人気インフルエンサーに出会ったり、部活とか作ってみんなでご飯、みたいな感じを想像してます!」
「――ええ、間違いじゃないわ。我が校はそういうキラキラ高校生活を後押ししているわよ」
校長先生が深く頷きます。
でも、隣に座るエリスちゃんは満足していないようです。
「間違いにも程があるだろ! なーにがキラキラ高校生活だ。どっちかってーと血みどろだよ。ああもう――オレから説明すりゃいいんだろ……。ほら、これがこの学校のパンフだよ」
そう言ってエリスちゃんが手渡してくれたのは――確かに、この学校のパンフレットでした。
ですが、そのパンフレットは二枚あって。
「一つ目のパステルカラーのやつが表向きの学校紹介。入学させるつもりのない奴に配られる偽物のパンフレットだ。お前が見たことあるのはたぶんそっち。で――全体的にグレースケールのパンフがこの学校の実態を書いてる内部(ウラ)向けのやつだ」
スマホが擦り切れるまで見たパンフレットは隅々まで覚えています。
ただ、もう一つのパンフレットは見たことすらありませんでした。
ぺらっと捲ると――そこには。
「『“勝利”こそが、これからの人生に成功を齎します』――?」
何度も見て――そして今私が身を包んでいるものと同じ制服を着た女の子が、写真の中でサイコロを振っていました。
それだけじゃありません。
トランプ、花札、ポーカー――いえ、ゲームだけじゃありません。
料理、水泳、クレーンゲームに大食い!? ありとあらゆる写真で『勝負』が行われていました。
「これって……なんですか!?」
「はぁ――マジで知らねぇのかよ……。これが――この学校の正体だよ」
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