はたらけ俺の理性

唐夜

メインストーリー Chapter1 ラノベで百万回見たやつだ

 『まじかるドリーム☆ファンタスティックぷりんす!』――略して『ドリぷり』は、ゲーム界隈では言わずと知れた伝説のゲームである。このゲームを全クリできた者は、ただの一人もいないと言われているほどだ。

 何故ならば、ドリぷりはクソゲーだからだ。

 一般的にクソゲーとはクソゲームの短縮形で出来の悪いゲームのことを指すが、ドリぷりに関してはその意味で使われているわけではない。一言付け足す必要がある。

 「主人公がクソなゲーム」略して「クソゲー」。

 ドリぷりは所謂ハーレム系RPGで、画面を彩る美少女たちは本当に可愛かったし、妹系やツンデレ系など、キャラとしての魅力も申し分なかった。

 ――ただし、主人公の男のクソ度合いも尋常ではなかった。

 百人中百人が満場一致で「コイツは生理的に無理」と吐き気や頭痛を訴えるレベルでクソでクズ。特に下ネタがきつく、下心丸出しで女の子に近付き、美少女を見てはモザイクのかかりそうな妄想をし、放送できない言葉を平気で口に出す。そのせいで、自分で名前を登録した主人公の吹き出しは『×××(自主規制)』だらけだった。台詞の選択肢も、

『A:×××(自主規制)が×××(自主規制)して×××(自主規制)なんだよね』

『B:×××(自主規制)だから×××(自主規制)になって×××(自主規制)するんだよ!』

といったように台詞はほとんど見えず、勘で選ぶしかなかった。まぁ、どちらを選んでも地雷を踏み抜くのは間違いないだろう。

 どうして運営はこうも最低で頭にくるキャラを生み出し、どうしてそれをこんなに愛らしい少女たちの想い人にしようとしたのか。今世紀最大の謎である。

 ドリぷりをプレイした誰もが、しっかりと握っていたコントローラーを途中で手放した。男も女も、老若男女問わず皆、主人公の男の言動に辟易し、不快感を覚え、視界の隅にすら入れたくないと思った。オタクとしての自身のプライドに後ろ髪を引かれながらも、主人公のクソ具合に耐えかねてプレイを放棄した。

 そしていつしか、ドリぷりは「攻略不可能の伝説のゲーム」として、クソゲー界の頂点に君臨することになる。

 攻略不可能。ただし、そう――俺を除いて。

 主人公の男は好きじゃないしむしろ嫌いだしなんならこの世から消え去っても構わないけど、ゲームオタクとしてのプライドを守るため、そして何の罪もない美少女たちのために、気分の悪さや果てしない不快感に襲われ、時には頭痛や吐き気と闘い、何度も何度もコントローラーを手放しそうになりながらも、どうにかゲームを最後までクリアした俺は知っている。

 主人公の男に、本当に、本当に少しだけ、全然平均には届かないけどほんのちょっとだけ、良いところがあることを。



メインストーリー

Chapter1 ラノベで百万回見たやつだ

 目が覚めると、そこは―― 異世界だったらどうするだろう、とよく考える。

 「目が覚めると、そこは――」なんて言葉はラノベで百万回見たけど、目が覚めたら知らない場所にいるなんて怖いんじゃないかと思う。「うわぁぁぁぁ、異世界だぁ…… っ!」なんてきらきら目を輝かせたり、「まぁ嘆いても仕方ないか」なんてたくましく異世界ライフを堪能したりなんて、俺には絶対出来ない。剣と魔法のファンタジー世界に転生したら、俺TUEEEEなチート能力を持っていたとしてもすぐ死ぬ未来しか見えない。食べ物は口に合わなそうだし、運動は嫌いだし、家でぬくぬくゲームしてる方が幸せだ。ああいうのはスポーツと同じで見てるくらいが一番楽しい。そう考えると、ラノベの主人公は適応能力が高すぎる気がする。「平凡な俺が」っていうけど、いきなり異世界で生きていける時点で平凡じゃないし、なんだかんだでたくさんの人に慕われたり英雄になったりしていて、コミュ力も高い。だったら転生する前にも友だち出来てただろといつも思う。友だちもいないガチオタクなら、美少女を前にしたら緊張して声が裏返るはずだ。そもそも人と話す方法を忘れてるんじゃないか。

 だから、もし俺が転生するなら、学園ゲームの世界が良い。学園ものなら日本と変わらないはずだし、同じような価値観でなら友だちもできると思う。俺は学校ではオタクを隠して生きているので、人と会話を続ける方法も知っている。

 でも、見る分には異世界転生ファンタジーも大好きだ。今日も、俺はアニメショップでグッズを買った。今ハマっている異世界アニメの主題歌のCDも初回限定版と通常版の二つを予約したし、今の俺は最強だ。しばらくの間グッズが買えなくなるが、後悔なんてない。むしろ、体は羽が生えたように軽くて、誰かに分けてあげたいくらいの幸福感に包まれている。

 スキップをしてしまいそうな衝動をせめてもの理性がなんとか抑え、それでも緩む頬を引き締められないまま猫背で歩く。すれ違った親子の母親が、見ちゃいけません、というように男の子の手を引っ張った気がしたけど俺は元気だ。

 再び歩き出そうとしたその瞬間、誰かの悲鳴とけたましいクラクションの音が辺りに響いた。顔を上げると、すぐ目の前に車が迫ってきている。


 あ、これ、ラノベで百万回見たやつだ――


 俺死ぬんかな、と腕の中のグッズたちに想いを馳せる。どうかぐしゃぐしゃになりませんように。そんなことを考えていると、直後、身体に鋭い衝撃が走った。今までに経験したことのない、体の芯を揺さぶられているような痛みが全身を駆け巡る。

 こうして俺は、近年稀に見る華麗なフラグ回収をしてみせたのだった。


 ※※※


 「お、起きて…… 起きてください、あの、ちょっと、起きて…… うっ、うぅっ…… 起きてよぉ……」

ぐずぐずと鼻を啜る音を目覚ましに、俺は重い瞼をゆっくりと開けた。光に慣れていない目がしぱしぱする。……いや、それにしたって明るすぎるだろ。どこだここ。

「うわっ」

泣き声の正体であろう美少女が、俺の横に座り込んで目を擦っている。なにこの美少女。漫画かアニメから飛び出してきたのかってレベルだ。

 水色に淡く輝く髪の毛を後頭部からバンダナと一緒に編み込んでいる少女は、自身の濡れた頬を手の甲でおもむろに拭いた。

「お、おはようございます? 浜名井、さん……」

名前合ってますよね? と不安そうに目で訴えてくる美少女を前に、俺は心の扉を固く閉めた。気を抜くとオタク心が爆発してしまいそうだったからだ。こんな美少女に冷たい目で見られたら、俺のガラスのハートが砕け散ってしまうかもしれない。

「はい、合ってます。えっと、あなたは?」

「え、私ですか……? あ、私は、め、女神……」

「…………女神?」

女神のように美しいって意味? それとも、言葉通り女神なの?

 自称女神の美少女は、目を泳がせながら続ける。

「えっと…… すごく、言いにくいんですけど…… 浜名井郁斗さん、あなたはお亡くなりになりました」

「……あっ、は、はい。……え? お亡くなりに?」

「そうなんです。すみません……」

「えっ、いやいや、なんかこちらこそすみません……」

自分が死んだ話って想像以上に気まずいな。

 自分が死んだのだろうということはなんとなく分かっていたので、驚きはあまりない。心残りがないといえば嘘になる。今日買ったグッズたちをきちんと飾ってあげたかったし、あのアニメの最終話もみたかった。あとは、今日はラノベの更新日で…… けど、死を泣き叫ぶほどの未練もあまりない。それはそれで悲しいけど。

 俺がもの思いにふけていると、美少女は再びぐすぐすと泣き出した。目の前で泣かれると何もしていないのに罪悪感が芽生える。

「本当にすみません……っ! あの、本当は、あなたはまだ亡くなる予定じゃなかったんです!」

「え?」

「こちら側のミスで、亡くなるはずではなかったあなたが死んでしまったんです。こちらの手違いですし、あなたを生き返らせようとも思ったんですけど、その……」

美少女が俯く。水色の髪の毛が伏せた目にかかって儚げな雰囲気になっている。

「浜名井さんが起きる前に、もう体が…… 荼毘に付されてしまって……」

荼毘に付されてって、じゃあ俺の体もう骨しか残ってないってこと?

「で、ですから、魂の器がなくなってしまって…… もう、元の体には戻せないんです」

 え、じゃあ、俺は手違いで死んで体焼かれてもう戻れないって? おいおいふざけんなよ。美少女じゃなかったらキレてるぞ。

「本当にすみません……」

「いや、まぁ誰にでも間違いはありますから! 俺はあんまり未練もないし、他の誰かじゃなくてよかったですよ」

ただ、スマホだけは神の力とかで壊しておいてくれないかな。あれを家族に見られたら羞恥心で死んでしまう。いや、もう死んでるけども。

「あ、でも、寿命の残っている人を死なせるわけにはいかないので…… 会議の結果、浜名井さんには異世界に転生していただくことになりました。ちょうど、そろそろ地獄に堕とそうと思っていた人がいたので。その身体に浜名井さんの魂を移して、その人の魂は地獄行き、と。満場一致でした!」

女神は誇らしげに胸を張る。地獄行きって、何したんだその人。

 ん? ……異世界に転生? 決めたって言った? しかも、地獄行きの人の体に?

「では、楽しんでくださいね! 第二の人生」

 女神の眩しい笑顔が見えた直後、辺りが光に包まれて俺は意識を失った。


 ※※※


 目を覚ますと、そこは―― どこだ、ここ。

 顔を上げると、一番に黒板が目に入った。学校? あれ、さっきまで俺、誰かと話していたような……

 『では、楽しんでくださいね、第二の人生』

 あ。そうだ、あの女神から死んだって聞かされたんだった。しかも、転生するって…… ってことは、ここ―― 異世界か!? スライムに襲われたりゴブリンが俺を狙ってたりするのか!? 無理無理無理、怖すぎる!

 ……いや落ち着け、学校のなかでいきなりスライムに襲われるラノベなんて見たことがないから多分大丈夫だ。それに、黒板には日本語が書いてある。本当に転生したのか? それとも、あれは全部夢だったんだろうか。


 「郁斗。どうしたの? 遅れるわよ」

透き通った声に振り返ると、黒髪ストレートの美少女が怪訝な目でこちらを見つめていた。誰だ、この美少女は。

 「あれー? いっくんおねむなの?」

俺が唖然としていると、隣にいたもう一人の美少女が指先で俺の頬に触れた。んー? と俺の顔を覗き込むのと同時に、ポニーテールにしたふわふわのピンク色の髪が揺れる。

「ねぇ、顔真っ赤っかだよ?」

萌え袖を顎に当てて、美少女は意地悪っぽく笑った。

 俺は、今まで生きてきて美少女に囲まれた経験など一度もない。クラスメイトに女友達はいたが、こんな距離の近い美少女はいなかった。それなのに、俺はこの二人の声と顔に既視感がある。俺はこの二人を知っている。

 「なんで顔赤いの? 玲南にほっぺた触られたから? ふふ、かーわいー」

玲南。やっぱりだ。おそらく、この美少女は『まじかるドリーム☆ファンタスティックぷりんす!』に出てくる攻略対象の一人、古咲 玲南。あざとさに定評のあるキャラで、人気も高かった。

「ちょっと、玲南」

「はいはーい、わかってますよー」

ムッとした顔の黒髪の美少女は、水科 麻白。彼女もドリぷりに登場する攻略対象の一人で、ツンデレ幼馴染の属性でオタクにウケていた。

 ということは、俺が転生したのって――

「よりによってドリぷりの世界かよ……」

道理で景色が日本と変わらないはずだ。そりゃあ転生するなら学園ものがいいとは思ってたけど、まさかのドリぷり。最悪だ。俺はドリぷりの主人公の男が大嫌いなんだよ。愛らしい美少女たちに平気で下ネタばっかり言ってるくせに、美少女たちに好かれてたアイツが。この世界に転生したなら、アイツと顔を合わせることになるんじゃ――

 ん? 待てよ、あの女神、『そろそろ地獄に堕とそうと思っていた人』の体に転生させるって言ってたな。あれってもしかして、ドリぷりの主人公のことじゃないか?

 「いっくん? どりぷりってなぁに?」

「放っておきなさい、玲南。どうせいつものアレでしょ」

いつものアレってもしかして下ネタのこと言ってる? ヤバい、ドリぷりが下ネタだと思われてる。が、変に否定するとただでさえ冷たい麻白の目が氷点下までいってしまいそうだ。

「なんでもないよ、あはは……」

「どうでもいいから、早く行くわよ」

俺の乾いた笑いを無視して、二人は教室を出る。机の横にかけてあった俺のものっぽい鞄を持って急いで廊下に出ると、窓の反射に自分の姿が映った。これ、ドリぷりのスチルに映りこんでいた主人公の姿と全く同じだ。

 やはり、俺はあの最低で最悪のクズ男に転生させられたということで間違いないらしい。

 「…………」

 手違いで殺されて、体はもう焼かれて、おまけに転生先はあの最悪最低のクズ男ときた。

 「……おい美少女ォォォォ!! ふざけんなぁぁぁぁ!!」



 To Be Continued.

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