TS黒髪赤目美少女はよく喋る

副来 旭

第1話

 青年は世界というものが嫌いだった。 


 学校でのからかいという名の虐め、社会での指導という名のパワハラ、擦れ違う人々のアイツよりは自分は幸せだと見下して歩く目、それがとてつもなく嫌いだった。


 自分がされるのも誰かがされているのも全てが嫌いだった。見られるのも見られてる姿を目にするのも嫌いだった。


 過去の体験から声を出せば今度は自分が標的にされる。それを思うと恐くて声が出せなかった。悔しくて惨めで泣きそうになりながら、ただ「ちくしょう」と拳を握り締める事しか出来なかった。


 いつしか青年は殻に籠り世の中を拒絶する。相手の好意を素直に受け止める事が出来なくなって、卑屈で陰気で自虐ネタばかり考えて、しかしそれを声に出す勇気のない彼は「生きたい」と思う日がなくなり「死にたい」と思う毎日を過ごすようになった。


 そしてそんな自分が大嫌いで、だから神に願いながら首を吊ったのだ。30歳という若さで誰もが知っている有名な樹海で、部屋にそっと書き置きを残して…


『父さん、母さんへ、世界に嫌気がさしたんで、ちょっと美少女になって人生やり直しに行ってくる』


 ゆっくりと目を醒ました、まだ五歳の少女は布団の上でボソリと呟く…


阿保あほです…私の前世は限りなく阿保です…」


 ―――と。


 ▼▼▼


 それはとある平日の午前中の風景。仕事に出掛ける父親を見送ったあとに、靴を履く少女を土間で母親が待っていた時のこと。


「お母さん、毎日毎日そんなにニコニコして私に接しなくても良いんですよ?どうせ心の中じゃこう思ってるんですよね『ああ、子供なんて産むんじゃなかった。もう全部投げ出して今すぐ友達と遊びに行きたい』って…無理しなくて良いんです。私には全て分かっていますから無理に仮面を被らなくても大丈夫ですよ。」


「……は?」


 ふんわりとした茶髪に黒いロングスカートを履いてフェミニンな格好をした『母』草彅くさなぎ薫子かおるこは絶句する。昨日ようやく5歳の誕生日を迎えたばかりの、幼稚園の制服に身を包んだ幼い我が子が座ったまま急にスラスラと喋り出したからだ。


「笑顔だけじゃなく驚いた演技も上手いんですね。天職は私のような可愛くない娘の面倒をほぼずっと見てるような専業主婦なんかではなく、女優の方だったのではないですか?…ああ、今からでも遅くは無いかも知れませんね。まだ二十代前半ですし、お若いしお綺麗ですから…どうでしょう?お父さんには私から上手く言っておきますので、今すぐこの家を飛び出してその道を目指してみるのは?ああ御安心を、決してお母さんが有名になった後で、私が実の娘です等と言いふらしたりしませんので。」


 肩口辺りで切り揃えられた墨汁のような色の黒髪に、茶色よりも赤っぽい瞳をした少女は、産まれてからこれまで一度も笑顔を見せたことがなかった。それゆえに周りの子供達よりも大人びて見えたが、こうして話す口調は『大人びた』では済まされないほど洗練されていた。


「ゆ、柚湯ゆずゆ…?あなた柚湯でいいのよね…?」

「当たり前です。ああ、もしかして改名をご希望ですか?それならそれで構いませんが、家庭裁判所の許可を得てからでなければ市役所への届出は無理ですし、正当な事由が必要になってきたりと、何かと面倒な事だらけですのであまりお薦めはしませんが?」

「は?え?……ええ?」


 どうしてそうなる?という質問の受け答えに薫子は絶句する。一つの質問に対しその倍以上の量でひん曲がった返答をする草彅柚湯という少女は、これまで殆ど「はい」か「いいえ」の二通りのみでしか返事をする事がなかった。


「おや、どうしましたお母さん?顔色が優れないようですが、何か悪いものでも食べたのですか?…いえ、きっと私が気味悪いからでしょうね。こんなにベラベラ喋る私が…柚湯と名乗る私が…ええ、そうでしょうとも、きっとそうです。」


 誰もそんな事は言ってないのに勝手に自己批判して自己完結する。立ち上がってやれやれとしたポーズをする少女を見て「母」薫子は、ただ呆然と立ち尽くす事しか出来ない。


(あの神め、変な転生特典プレゼントを寄越したものです。こんなよく回る口は要らないから歪んだ性格の方を治して欲しかったです。)


 念願叶って人生を再出発する権利を手に入れた黒髪赤目美少女「草彅柚湯」は、口数よりも少ない心の声でそっと愚痴を漏らしたのだった…




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