二つ目
怪影会の部室には、ガラスと金属が擦れるコツコツという音が鳴り響いていた。四人がプリンを食べている音だ。そのプリンは見た目通り大変美味しいものだったが、誰も何も話さない。
「まさか、本当に願い事が叶うとはね…」
ゆっくりと器をテーブルに置きながら、麻衣がポツリと呟いた。里奈が神経質に眼鏡を触りながら、彼女に質問する。
「明日の文化祭、本当になくなっちゃったんですか?」
「そうらしい。大学のホームページにもお知らせが掲載されてるよ」
啓太が代わりに答えると、スマートフォンの画面をこちらに向けた。確かに、公式発表として、文化祭中止のお知らせが表示されている。俊介も里奈もそれを覗き込み、残念そうにうなだれた。
「せっかく練習してたのに…」
「落ち込んでも仕方ない。状況を整理してみよう」
啓太はパンッ、と手を叩くと、ホワイトボードの前に立った。
「俺たちはプリンを願うにあたって、いくつか条件をつけたはずだ。それがどうやってクリアされたのか見てみよう」
落ち込む他の三人をよそに、啓太はペンを走らせ始めた。
【願い事】
・美味しいプリンをプレゼントしてほしい →文化祭が中止になった結果、廃棄になったプリンが届けられた
【願い事の条件】
・自分たちに危害がない →誰にも危害はなかった
・美味しくて安全なプリン →毒等は入ってなかった、味は美味しかった
・自然な形で届けられる →隣のサークルの彩花が持ってきた
「こうして見ると、龍の手は概ね条件を守っていると言えるな…。どう思う?」
「うーん。確かに文化祭が無くなったのは残念ですけど、俺たちは怪我もしてないですし、怪談読むだけなんで材料代とかもかかってないっすからね」
「そうだな。少なくとも身体的や金銭的な不利益はない。それに、俺たちは定期朗読会もやっているから、文化祭の一回が無くなってもそこまでショックじゃないな」
「でも、他のサークルは違うわよ」
男子二人の会話に、麻衣が小さな声で反論する。
「彩花のサークルが喫茶店の準備を頑張っていたのは知ってるし、他にも文化祭のステージのために一年かけて練習しているダンスサークルもあるもの。きっとみんな悲しんでいるわ」
「確かに、私たち以外への影響が大きすぎますね…」
再び静まり返る部室に、啓太は無理に明るい声で話し続ける。
「…今回の良くなかったところは、俺たちだけ何も起きないように条件を付けて、周囲のことを考えてなかったことだな。自分たちだけ幸せになろうとしたら、周りに迷惑がかかってしまうってことだ」
「何でもそうよね。ちゃんと周りの事も考えて行動していたら、こんな事にはならなかったわ」
一人ごちる啓太を見ながら、麻衣は静かに口を開く。彼女は自らの行いを反省しているのだ。それは後輩たち二人も同様で、浮かない顔をしたまま黙り込んでいる。
しかし、全く反省していない人物が一人いた。
「よし、次の願い事の時は、ちゃんと周囲への配慮を忘れないようにしよう!」
「えー! まだやるんですか? もういいっすよ!」
めげる様子もない啓太は、俊介の反対も物ともしない。
「だめだ。まだ俺の野望が叶ってない」
「野望って何ですか?」
「決まってるだろう…お金だよ」
嫌らしい笑みを浮かべる幹事長に、三人はぽかんと口を開けた。あまりにも俗っぽい発言に、驚きを通り越して呆れるばかりである。
「もう! そんなの絶対失敗するやつじゃん!!」
「原作でもお金欲しさに人が死んでるじゃないですか! やめた方がいいですって!」
「そうですよ! 今なら文化祭が無くなっただけですけど、次は取り返しのつかない事になりますよ!」
非難轟々となる室内だったが、啓太は動じる様子もなく、"龍の手"を手にとった。
「悪いが、お前たちが何と言おうと俺は願い事をするぞ。今、この"龍の手"の持ち主はこの俺だからな。お金はいくらあったって足りない。だから、失敗しないように皆の知恵を貸してくれ」
諦める様子の無い姿を見て、麻衣は顔を手で覆った。確かに、一つの願い事は啓太の口から伝えられた。伝承によれば、啓太はあと二回願い事を叶える権利がある。ちゃっかり主導権を握られていたことに気がつき、麻衣は渋々協力することにする。
「じゃあ…一体何てお願いするのよ」
「そうだな。やっぱり夢は大きく、一億円が欲しい、にしよう。想定される代償は…」
【願い事】
・一億円が欲しい
【想定される代償】
・自分たちや周辺に危害が加わった結果として1億円が手に入る(誰かが死んだ慰謝料として手に入る、等)
・不正な方法で一億円が手に入り、その後捕まってしまう
・一億円と書かれた紙切れや、円より安い別の通貨で一億円が手に入る
・物理的にお金が手に入り、それによって危害を加えられる(一億枚の一円玉に押し潰される、等)
「うーん。自然な形で一億円が手に入る事って想像できないから、リスクを考えるのも難しいわね」
「まあ、それがわかれば苦労しないっすからね…」
「一億円をくれるような相手も思いつかないですから、具体的にプロセスを定義するのも大変ですね」
後輩たちも諦め半分で意見を言い始めた。啓太は満足そうに微笑みながら、自らも考えを述べていく。
「たぶん、気をつけなければいけないのは手に入るまでの期間だと思うんだ。今この場で一億円が欲しいなんて願ったら、どう考えてもおかしな方法でしか手に入らないからな」
「そうね。現実的に手に入りそうな期間を設定するのがいいかしら」
その後もたくさんの意見が飛び交い、ホワイトボードの上はあっという間に注意事項でいっぱいになった。
「よし、じゃあ願ってみるぞ」
啓太は再び"龍の手"を掲げると、ゆっくりはっきり願い事を口にする。
「今から六か月の間に、この世界の誰にも危害を加えず、公正なやり方で調達された日本円の一億円が、ここにいる四人の銀行口座に、それぞれ振り込まれますように」
"龍の手"が応えるように動く傍ら、啓太以外の三人は驚きの声をあげた。
「ええ! 四人って、俺たちもっすか?」
「せっかくだからな。みんなもお金持ちになりたいだろう」
「もう、勝手に含めないでよ! 何かあったら一生恨むからね!」
ぷりぷりと怒りを露わにする麻衣をよそに、啓太はにんまりと口を歪ませる。
「さて、どうやって一億円が手に入るか、楽しみだな!」
***
それからというもの、啓太は毎日のように宝くじを買い、有り金をパチンコや競馬等のギャンブルにつぎ込んだ。どのような形で一億円が手に入るかわからなかったので、可能性のあるものを手当たり次第に試してみたわけである。
しかし、一週間が経っても成果はなかった。その代わり、とんでもない出来事が発生する。
『緊急地震速報! 緊急地震速報!』
突如鳴り響いた警報音の直後、日本列島は大震災に見舞われた。予測されていた大規模なプレート型地震が発生し、激しい揺れや津波が全国各地を襲ったのだ。その被害は甚大で、日本中の市街地が破壊され、多くの経済活動が停止する事態となった。
しかし、奇跡が起きた。これほどの大災害にも関わらず、死傷者は0名だったのだ。予測されていた大災害だったので、事前の準備や訓練が功を奏したと、メディアが自慢げに報じている。
だが、経済への打撃は大きかった。未曽有の大災害は日本各地の工業地帯を破壊し、国内の生産力は大幅に低下。さらに復興資金を確保するために国の財政は大幅に悪化し、外国為替における円安が加速。その二つが相まって、ハイパーインフレーション――貨幣価値の暴落が起こったのだ。災害発生から一か月が経った頃には、円の価値は以前の一万分の一にまで下がった。
そして経済の混乱は、日本に災害以上の打撃を与える。多くの人が失業し、数々の会社が倒産を余儀なくされ、街には浮浪者が溢れかえった。さらに、自殺者は過去の記録を遥かに超える人数となり、犯罪が横行して治安が大幅に悪化していった。
そして、啓太の銀行口座に、先月のバイト代として一億円が振り込まれた。元々は十万円だったのが、現在の経済状況では一億円に相当する。その通知を見た啓太は、膝からがくりと崩れ落ちたのだった。
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