天才競馬評論家 大山啓太郎センセの懐述 

小田島匠

第1話 於 新宿区落合斎場 令和6年5月


「あれ? 大山先生じゃないですか」


 通夜振る舞いの末席で、俺がビール片手に寿司をつまんでいたとき、テレビでよく見る若い女性タレントが声をかけてきた。

 ちょっと不謹慎だけど、喪服だと華美な装飾ができない分、素材の良さが際立つな。これはいい女だ。 


「あー、ええと、諌山(いさやま)エリナさん‥‥‥だったっけ?」

「そうです。よく覚えててくれましたね。だけど業界仲間なんですから、私のことは『エリナ』でいいですよ。ここいいですか?」


 いいとも何とも言ってないのに、エリナは俺の前に座り空のコップを手にする。黒い喪服と白い肌のコントラスト、明るい茶髪と数珠はミスマッチだが、それもなかなかいい。


「姉御のお通夜に駆け付けてくれたのか。エリナさん、なんか姉御と絡んでたっけ?」と、ビールを注ぎながら聞いたら、

「だからエリナでいいですって。私、デビューしたての頃、優里亜先生とテレビ三多摩の『土曜競馬ビッグ中継』で一緒だったんですよ。先生、すっごい美人でスタイルよくて、性格もサバサバしててかっこよかったので、すぐ大ファンになって弟子入りしたんです。よく番組のあとに府中や中山でお酒ご馳走になったなあ‥‥‥」 そう言って、エリナは眼を細めて一気にグラスを干したので、俺はすかさず注ぎ足した。いかにも競馬女子らしい、いい飲みっぷりだ。


「へー、売れっ子のエリナにもそんな時代があったんだ。今じゃ、日曜8チャンネルの『みんなで競馬』のレギュラーなのにな」

「それも優里亜先生のおかげですよ。私、先生に鍛えられてどんどん競馬に詳しくなって、ファンも沢山ついてくれたので、事務所で『もうグラビアやめて競馬をウリにしてやっていこう』って方針になったんです。それで夢中で頑張ってたら、いつの間にかここまで来てたって感じですね。だから優里亜先生は大恩人なんです」


「なるほどね。確かに姉御は面倒見よかったからなあ。俺も新米の競馬記者だった頃、いろいろ教わったぜ。会社移ってからは、殆ど会う機会なかったけどな」

「ずっと大山先生が『競馬探求』、優里亜先生が『競馬セブン』の主筆でしたものね。ライバル紙同士だし、お互い距離置いてたとこあるんじゃないですか」

「まあ、そうだな。だけど急にこうなるんなら、もっとマメに会っときゃよかった。姉御は俺の一回り上だったから、享年74か。ずいぶん長い時間がたったんだなあ‥‥‥」


「優里亜先生とは記者になって以来のお付き合いだったんですか」

「いや。もっと昔。俺が二十歳の頃だから、40年以上前だな。競馬場で初めて会ったんだ」

「えー、そんな前ですか? 若い頃の優里亜先生、さぞ綺麗だったでしょうねー」

「ああ、ホントにな。当時の競馬場なんて灰色のドロドロ親父ばっかりで、施設もボロでさ。その中で一人だけ輝いてるような、華やかな美女だったよ。『掃きだめに鶴』ってやつか? だけどな、あいつ、最初俺に22だって言ってたんだぜ。10もサバ読んで、とんでもない嘘つきだ」

「あはは、大山先生、ハンサムだから、優里亜先生もちょっと気になったんじゃないですか」

「そうかなー。まあ、とにかく、ろくでもない出会いだったぜ。ひどい目にあったんだ」


「えー、聞きたいですー。センセ、お話し聞かせてよー」 

 ほろ酔い加減になったのか、目の前の喪服美女が、白い頬を赤らめて小首をかしげてきた。


 まあ、故人の思い出話も、ちょっとした悪口も、通夜の席の余興みたいなもんか。

 姉御、許せよ。はは。


 俺はエリナにビールを注いで貰い、黒いネクタイをちょっと緩めた。
















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