禁断社会の魔法使い~魔法が禁忌とされる世界で『誰にでも使える魔法』を宿した
濵 嘉秋
第1話 名家令嬢の護衛
科学と共に発展し、しかし科学とは対照的に絶対的な禁忌として封印された魔法。
封印とは言っても形だけだ。
日本で拳銃が規制されるように、しかし拳銃そのものは事実として入手できる。魔法も同じだ。
誰もがその身に魔力を宿している以上、術を手に入れれば魔法は使用可能になる。拳銃や爆弾なんかよりも大規模で、殺傷力のある魔法は禁忌とされ、使用すれば問答無用で処罰される。
海外では拳銃を護身用として許容されているが、魔法は全世界共通で禁忌…それほどに世界を混乱の渦に堕とした前科がある。
「はぁ、はぁ……クソっ!」
だが、魔法犯罪はなくならない。
その力に魅入られた者はこの世界に数多く潜んでいるからだ。
息を切らせ、走っているこの男もその一人。
一瞬のうちに仲間が全滅し、幸運にも無事だった彼だけが自慢の逃げ足を発揮していた。
「ふざけんなよっ、なんで魔法使いが襲ってくるんだよ!」
彼らの、というか世間一般の認識では魔法使いというのは魔法犯罪者の俗称だ。
つまり同じ穴の狢…なのにどうして襲ってくる?
魔法使いと言っても、仲良し集団ではない。
利害の一致で協力することもあれば、邪魔に思えば攻撃する。
男たちの目的は
それが向こうにとって不都合だったのか…考えたところで状況は変わらない。
この場を逃れなければ待っているのは死だ。
「おっ、待ってたよ!」
「ッう⁉」
もう少しで脱出できる。
切羽詰まっていた表情がほころんだのも束の間、その出入口を塞ぐように立つ人影を前に急停止する。
「テメェ、テメェか⁉」
「うん?あぁ、向こうの連中を気絶させたのは誰だって話なら俺だけど…」
「ど、どうやって先回りを」
この建物はあまり入り組んでいない。
先回りするには途中で自分を追い抜かなくてはならないが、そんな記憶は一切ない。
「上」
「は?」
人影が右手の先を天井に向ける。
「天井を突き破って上を通ったんだよ」
「滅茶苦茶だな…だが!」
指先に魔力を集中させる。
男の魔法は『爆破魔法』。触れた物体に魔力を流し込んで破裂させる程度のものだが、大抵の場合はこれで殺せる。
それに先の攻撃で相手が接近戦を主としているのは分かっている。ならば触れるチャンスは必ずある。
「よっと」
だが次の瞬間、男は後ろに吹っ飛んでいた。
背中から強い衝撃を受けてやっと、自分が倒れているのだと気づく。
「は?」
これでも元は警察官だ。
そこらのチンピラより、いいや、現役の警察官よりも強い自信があった自分が、何もできずにあっさり倒された?
そこらから伸びている配管にぶら下がって自分を見下ろすその人物を睨む。
若い。二十代前半か十代後半ほど…増々自分が後れを取ったのが信じられない。
起き上がろうとした男の腕を、その若者が踏みつける。
鈍い痛みに声を上げるが、相手はどこ吹く風だ。
「アンタの魔法、指先で触れないと発動しないんだろ。なら対処は簡単よ」
「て、テメェ……退きやがれ!」
自由なほうの腕で踏みつけている足に触れようとするが、それより早く男は吹っ飛ぶ。
その際に指先が触れたはずだが、若者に異変はない。
「魔力を一点に集中するのは簡単だ。けどさ、それを維持するには気を張ってないといけない。要するに、強い衝撃を加えて意識を逸らせば怖くないってことだ」
「テメェ…」
「ま、しっかりと罪を償うんだな」
犯罪者が何を…男はそんな思いを抱えて意識を闇に溶かした。
気絶した男から視線を外して襟に取り付けた通信機に声を含む。
「こっちは全員捕らえた」
『了解だ。すぐに回収班を向かわせよう…ちなみに、死者は?』
「ゼロに決まってんだろ」
『つまらんことを聞いたな』
通信を終えると壁に寄りかかるように腰を降ろす。
「使う場面、なかったな」
そう言って傍らに置いたアタッシュケースを撫でる。
知り合いに作ってもらった対魔法武器の試作品だが、今日の相手じゃ純粋な身体能力だけで対処できた。
無理やりに使うことは出来たが、それで万が一があっても困る。使うなら俺の魔法じゃどうしようもない相手と対峙した時じゃないと。
しばらくすると、回収班が男たちを次々と大型車に乗せていく。
この後、彼らがどうなるのかは分からない。司法が魔法に対して無力化している以上、魔法犯罪者たちに罰を与えるのは十冠評議会だ。
「
声をかけてきたのは俺の倍はある体躯、そして右目に大きな切り傷が目立つ男だった。
十冠家の一つ、イギリスはモリアート家の当主ロジャ・モリアートだ。
何かと目の敵にされる俺に対して、フラットに接してくれる数少ない人物…そして、十冠評議会の議長だ。
だが、そんな人物がなぜここにいるのか?
「モリアートさん、どうしてここに」
「二日前に来日した。しばらくは妻子共々この国で世話になるよ」
「は、はぁ…」
十冠の人間が他国を訪問するのは珍しくない。
だが滞在は長くても二、三日。モリアートさんの言い方だとそれ以上を指しているように思える。
現在、イギリスにはモリアート家しか十冠家がいない。その当主が他国に長期滞在するというのは…それほどの事態が起ころうとしているのか。
「それに伴い、娘を日本の学校に通わせようと思ってな。お前の母校だ」
「
この国を背負う人間を育成する名門・御園学園。
中高一貫で、ここの卒業生は日本を飛び越えて世界中でよく名前を聞く人物が数多い。
俺も高等部からの編入で入ったのだが…それはもう価値観とプライドを粉々にされたものだ。
「エヌなら編入試験も問題なく突破できるでしょうけど…いいんですか?あそこ、全寮制ですよ?」
「そこは心配でならないが…何よりエヌの意思だ。お前と同じ学校に行きたいとな」
「そっすか」
懐かれているのは自覚していたが、そこまでだったか。
しかし、俺が現役でそこの生徒なら分かるが…もう卒業してるからなぁ。
だが、問題はそこじゃない。
「…最近、十冠の跡継ぎたちが連続して襲撃される事件が起きてます。いくら御園学園でも」
「うむ」
モリアートさんはコチラをジッと見つめている。
あぁ、これは何か頼まれ事だな。
実際、その予想は的中した。
「上神、護衛を依頼したい」
「無理です」
「は?」
まさか拒否されるとは思っていなかったんだろう。
普段の厳格なイメージとは似つかわしくない素っ頓狂な声を上げた。
いや、俺だって断らない。
ただこの依頼は無理だ。
何故なら…
「誠に申し訳ないんですけど…先約がありまして」
遡ること一か月前。
俺の元に来客があった。
十冠家の一つ、紫ノ
それも護衛すら付けず。
まぁ十冠の当主だ。前提として護衛より強くなければ務まらないから不思議はないが。
「依頼がしたい」
「依頼?」
俺は十冠の眷属じゃない。それどころか、本当なら軟禁されて監視されるような存在だった。
それがこうして正義の魔法使いの真似事が出来ているのは、モリアート家と紫ノ宮家の働きがあったからだ。
ある意味では恩人である家からの頼みだ。
なんなら無償で受けてもいいのだが、こういう場面ではしっかりと報酬をもらうのがお互いのためなのだと最近になってようやく理解していた。
「私の娘が、春から中学に入る」
「えぇ」
「学校は御園学園の中等部だ。キミの母校だろう?」
「そうですが…俺に何を?」
「娘の、
期間は一年間、それまでに新たな護衛を見つけ出すという話だった。
当然、その依頼は二つ返事でOKした。御園学園だって金持ちが集まる場所だ、護衛を付けてる生徒は多かったし。
「そうか。紫ノ宮家か」
「はい。流石に学年の違う二人を同時に護るのは難しいので」
「確か、あの家のご令嬢は二か月前に襲われていたな」
「腕利きの護衛が呆気なく殺され、幸運にも豪画さんが間に合ったから蓮華ちゃんは助かった」
モリアートさんは作業が終了して遠くなっていく回収車を見送ると、煙草に火をつける。
「犯人、同一人物だと思うか?」
「少なくとも無関係はないでしょう。皆が同じ系統の魔法を使っている…精神干渉魔法だとか」
「あぁ。護衛たちは突然同士討ち…ある者は護衛対象に刃を向けた」
精神干渉魔法…実に面倒な魔法だ。
早い話が自分より弱い魔力の持ち主を操ってしまう魔法。
逆に言うと、護衛対象だった各跡継ぎがそれを受けなかったということは、しっかりと親の遺伝子を受け継いでいる証でもある。
「しかし、相手はチンピラじゃない」
「そうだな。我々の存在を知り、何より護衛を殺す術を持っている。彼らだって、そこらの魔法犯罪者に後れを取るほど弱くはなかった」
十冠家というのは、有名ではあるがそれはかなり狭い世界での話だ。
世の中的には「魔法使い」と聞くと犯罪者のイメージしか持たないだろう。
世間では、十冠家と魔法犯罪者の戦いは「
要するに、知られていないのだ。
人知れず社会を守っている十冠家の存在は。
そしてコレは、魔法犯罪者からも同様。まさか魔法を正義執行のために使う連中はいないだろうという…魔法は犯罪という認識が根付いた故の思考だ。
「だがそうか。先約があるなら仕方ない…だがせめて頭の片隅からでも気にしてやってくれ」
「もちろんです」
「時に、そのケースはなんだ?」
「あぁ、コレは」
俺がずっと持っていたアタッシュケース。
ケースを開いてその中を見たモリアートさんが「おぉ…!」と声を上げる。
「これは、対魔法武器か」
「はい。試作品ですけど」
一見すると大き目のハンドガン。
だがその銃身には二本のプレートが取り付けられている。
「小型化した
「クリスタ家」
「あそこが?お前にか?」
「まぁ、実験体には丁度良かったって事でしょう」
十冠家の一つ、クリスタ家は俺を目の敵にしている家だ。
そして対魔法策として魔法を用いない兵器の開発を進めている家でもある。
「使用者の魔力に反応して出力を上げる…俺の魔力なら地上から人工衛星を破壊することも可能だろうって」
「あり得るな…だが、クリスタ家としては」
「邪道、ですよね」
この武器は当然、魔力がなくても使える。
だが魔法を用いず魔法を制するという信条のクリスタ家にしては、魔力で威力を増強するコレは邪道に思える。
そういえば、コレを渡してきたのもクリスタ家じゃ変わり者と言われている人だったっけか。
「では私たちも戻ろう。紫ノ宮の護衛、頑張りたまえ」
そして二か月後…俺は5年ぶりに母校の御園学園の校門前に立っていた。
禁断社会の魔法使い~魔法が禁忌とされる世界で『誰にでも使える魔法』を宿した 濵 嘉秋 @sawage014869
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