第2話 王国歴1521年。十一歳の少女、冬至祭りの屋台で買い食いをすること。
「だからさ、悪い子にしてると、サーインの神罰で贈り物がスウーーッと消えるってかーちゃんが言うんだよ。冬至には奇跡が起こるって。」
講と呼ばれる、寺子屋にも似たシステムの慣行教育機構である場所の一室。
思い思いに椅子を引いて座る子どもたちのうち一人。オーバーな身振り手振りで語るのは友人たちの間ではドンと呼ばれる少年だ。
短い金髪をぐしゃぐしゃにした、いかにも悪童という雰囲気の彼は見た目通りになかなかのいたずらっ子で、目を離すとこっそり授業から逃亡したり、海賊市などという危険地帯に出かけていったりしてしまうと言う厄介なタイプだ。
彼の親御さんはこの冬至に、超自然の教育的効果に期待を寄せることにしたらしい。
「うんうん、そういうこともあるかもしれませんねーえ」
スサーナが親御さんの苦労などに思いを馳せつつ曖昧に頷くと、ドンはなっとくいかねえー!と叫び、椅子ごと後ろにひっくり返った。
「なんでそんな細かく神様見てんだよ! おかしいだろー! 暇すぎるだろー! 俺の玩具の弓矢なんて神様持ってって何にするんだよー!」
冬至の祝いでは大家や雇い主から贈り物が渡されるという慣行があるが、それを応用したものか、それとも訪問客からの贈り物の延長か、家の子供にもプレゼントが与えられる、というのがここ数年の流行りだ。
よりクリスマス感が高まったぞ、サンタクロースの登場まであと少しだな、などと思っているスサーナであるが、どうやらこの分だとブラックサンタが発生するほうが早いのかもしれない。
「でもさ、神様なんてそんなもんじゃない? 良い子には祝福を、悪いやつには報いを、って、大体物語ではそんなふうじゃん」
ドンの横でひょうひょうと肩を竦めるのはリュー。少し長めに切った髪にきちんとした服装で、いかにも良い所の坊っちゃんというふうだが、一皮剥いてみれば大体ドンと一緒に暴走する大暴走男子だとスサーナは思っている。
それなりに脅しを信じているらしいドンに比べればそこそこ大人びて皮肉げなタチのこの少年は神話的教訓行為を信じていないようだが、友人を品行方正に保つ手段としてなのか、ここは指摘することはせずに乗っておくらしい。
面白半分という気がするな、とスサーナは思った。
「ちっくしょー、それじゃ俺、もう今年プレゼントなしじゃん、いいことなしじゃん!」
ひっくり返ったドンはどうやら今年の自分の評価を正確に把握しているらしい。しばらくドタバタあばれていたが、唐突にむくっと起き上がった。
「どーせプレゼントなしなら悪いことしてもいいんじゃね? よし、リュー!スー! 今日帰りに冬至市で買食いしよう!」
「わー切り替えはっやーい」
「いやあまだわからないんじゃないですかねえ……諦めるには早いと言いますか……」
リューが手を打ってげらげらと笑い、
過剰な罰則はこのように誤学習を起こしてしまうのだ、とスサーナは遠い目になりつつ一応なだめてはみたが、
「なあに? 冬至市に行くの? わたしも行く!」
「アンジェ!」
彼の叫びが聞こえたらしい少女が教室の扉を開けて駆け寄ってきたので、ああもういいや、と押し留めるのはやめにした。
ドンとリュー、アンジェ、それとスサーナはこの講のいわゆるクラスメイトで、大体いつも一緒にいる友人、というものの一種だ。スサーナには色々意見もあるものの、外から見れば大体間違ってはいないだろう。
買い食いにいい顔はされないが、ドンのご両親は残りの友人一同にそこそこの信頼を置いてくれているらしく、そっとご注進するとドンをお願いね、と言われるというシステムになっている。特に信頼厚いアンジェがいるのなら、プレゼントが消え失せるということもないはずだった。
「今年の飾りつけは特に素敵なんですって! ね、ドン、私お弁当つくってくるから」
キラキラとした目でドンの袖を掴むアンジェにリューがお邪魔かなあ、と呟く。スサーナは気のない声でそーですねー、と相槌を打つと、慌てたドンがみんな!みんなで行くからな!!と叫んだ。
大体いつものパターン、というやつである。
放課後に出かけていった冬至の市は、なかなかに子どもの興味を引くもので溢れていた。
幼い頃行ったときよりもずっと、子供向けのプレゼントという概念が浸透しているらしい。
人形やら、木馬やら、凧だとか木剣だとかの遊び道具。大掛かりな飾り物に雑貨の類。子ども本人に選ばせるということも――サンタクロース概念がいないので―― 一般的だからか、子供向けの飲食物の屋台も今年はだいぶん多い気がする。
飴だとかその場で揚げてくれる揚げ菓子だとか、ダンプリングだとかの屋台を冷やかし、買ってはひたすらがっつくドンを時折制止したりなどしつつも屋台巡りをそこそこに楽しんでいると、ふとスサーナの目に一つの屋台が止まった。
食べ物の屋台が並ぶ一角。周りの手作り感がすごい屋台に比べればとても既製品という感じの瀟洒な建屋だ。
……というより、文明レベルが一つ二つ違うようにスサーナの目には見える、例えるならプラダンとか、強化プラスチックだとか、そういう素材を使って出力したっぽい骨組みを持っているのが違和感たっぷりでとても目立つ。
「あれ、もしかして……魔術師さんが屋台を出しておられるんです!?」
スサーナはぴゃっと棒立ちになり、迷わずそちらにぴゃぴゃっと駆けつけた。
スサーナはこの魔術師という種族に多大な信頼感を抱いている。
きらきらしい薄色に光の欠片を散らしたような髪と目をした彼らは、常民と呼ばれる普通の都市民とは違う、異なる種族の人々だ。長身と美しい容姿を持ち、魔術を使う彼らは都市民達に畏怖を持って接されてはいるものの、彼らの作り出すものは便利に受け入れられてもいる。
彼らの作るものは、スサーナに言わせれば、明らかにオーバーテクノロジーだ。
夏のさなかの氷、不純物のない板ガラス。動力源が謎の飛空馬車に、質量保存を無視して湧き出す井戸。
魔術といえばそうなのだが、謎の超技術で作り出される物たちは圧倒的にQoLを上昇させる。一体どういうつもりなのか、魔術師たちも常民と取引をすることをするので、港の市場で素敵なかき氷の屋台を出す嘱託商人は夏の風物詩でもある。
植物を品種改良することなどもやってのけるため、特定の野菜が食べたい、などというときは、嘱託商人を通じてお手紙を出せば欲しい品種を手に入れることだって可能だという。
つまり、彼らが出す屋台であるのなら――多くは嘱託を受けた常民の商人が経営しているのだが――なんだかとても珍しかったり美味しかったりするものが口にできるかも知れない。
――たとえば……バニラアイスとか? お米とか…… チョコ…… コーヒーかも? ともかく、こちらでは流通していないものが発見されているのが出ている可能性が……ある!
「すみません。こちらって何の屋台なんですか?」
期待感たっぷりにスサーナが声を掛けると、屋台の向こうで椅子に寄りかかっていた長身の青年が伸びをしてスサーナを見下ろした。
「ん、ゲームの屋台だな」
「ゲーム……? 食べ物ではないんですか?」
きょとんとしたスサーナに青年は苦笑して首を傾げる。くすんだ琥珀色の髪に編み込んだ紐がしゃらしゃらと鳴った。
「食べ物には違いないがよ。わからんかもしれんがこれは魔術師が出資した店でな。広場周りの店はすべて出店とかいう規定で出てるやつだな。」
「あ、あの商売っ気のないお店……」
言われてみれば広場のそばには魔術師さんたちの成果物、特に使い道のわからない小物を置いてある小さなお店がひとつ建っており、特にお客が入るのを見ることもない。どうやらこの屋台はそちらのお店の出展であるらしい。良く見れば陳列机の下にやる気なく下がった札には、〝齧るたびに味が変わる果実 激辛が一度発現〟だの〝くじクッキー 当たりは光る!回る!〟だのと書いてあるようだ。
――光る、回る……? ええと、罰ゲームを提供、みたいな感じの趣向のお店……?
「俺は場所埋めの撤収待ちの店番だが、まさか客が来るとは思ってもみなかったんだが……よくもまあ、近づいてきたものだ」
「む、じゃあもう何も無い……ってことなんですね……?」
スサーナが落胆に眉を下げると、店員のお兄さんは珍獣を見るような目をしてしばし、何やら一思案したようだった。
「魔術師の店だと聞こえなかったか……? ま、味替わりの実だのなら……大体捌けてるな…… 待てよ? いい機会……? 新しい玩具の
「おい、幼子よ。メニューにないものなら出せるが、どうする。」
にゅっと彼が取り出したのは薄青い立方体で、どうやら箱のように見える。
スサーナがまじまじとそれを眺めると、人が悪気な笑みで彼はそれを差し出してきた。
「この、上の認証部に指を乗せると、菓子が出てくる……んだが、内容は指を乗せた者の思考やら、身体的特徴……ランダムに…… ……ま、この色違いのへこみに指を乗せれば今年の因果が応報して見合う菓子が出る。とでも思ってくれ。面白いだろ?」
これもクジみたいなものさ、と言われてスサーナはふうむと考える。
「どんなお菓子が出てくるんですか?」
「さあなあ。食えぬものは出てこないはずなんだが、適当に手当たり次第に学習させたら、一体何が出るか作り手にもわからなくなってな。菓子縛りにはしたもんだが。データを取って確かめるしかなくなった……そうだ」
――この人……魔術師さんなのかな? 髪の色は違うけど、言葉遣いが嘱託商人さんらしくない気がする。かつらとか? ……じゃあ、これは言った通りのもので、うまくすれば、未知の美味しいものや、流通してない美味しいものが食べられそう……?
「一回おいくらですか?」
「んー、やるのか。ならタダでかまわんぞ。余興のようなものと思って試せば良い。ただしどんな物が出るかはこちらは関知しないがな。長夜日のサーインの奇跡とでも思えば丁度だろうさ」
――あ、そういう逸話は本当にあるんですね。ブラックサンタまでやってくれるんだ、叡智神。
「なにそれめちゃくちゃ面白そう!」
差し出された箱に指を載せようとした時、いつからその会話を聞いていたものか。他の屋台に散っていたはずの友人たちがにゅっと首を突っ込んできたため、スサーナは未知の菓子チャレンジを一回しそびれた。
「タダなの? やる! おれもやる!」
叫んだドンににまにまを深めた屋台のお兄さんは、何焦らずとも順番でいいぞ、と言ってくれて再度箱を差し出してくる。
ドンが指を置くと、ガムボールマシンのように下に引き出しが開き、ころりとその中に黒い粒が入っているのが見えた。
ドンがそれを手のひらの上に出したその後に興味津々でリューとアンジェも続く。彼らの引き出しにも同じような黒い粒が入っているようだった。
普段は気にしないものの、順番抜かし行為にむーっとなったスサーナがさてこんどこそ自分の番だ、と意気込んでそれに指を載せようとしたところ。
屋台の後ろ側からやってきたらしい別の店員さんが血相を変えて屋台のお兄さんの長く伸ばして縛った後ろ髪を力いっぱい勢いよく引っ張ったので、四角い立方体は華麗に宙を舞い、ほぼ同時に黒い飴らしきものを口に入れたドンが地獄でもみたような声でぎゃあと叫んだためにスサーナはランダムお菓子チャレンジをしそびれた。
「常民で 試すなと 言ったろう!」
低く叫んだもう一人の店員さんは茶色い髪を後ろでぐるぐるとくくったのが僅かに特徴と言えるような平凡な目立たない容姿で、なんだか声に聞き覚えがある気がしたけれど、外見に全く覚えはなかったので気の所為であったのだと思う。
うべーっと唾を吐き出すドンのもとに歩み寄り、転がった黒い飴を見て、忌々しげな声で塩安と呟く。
「数日前から塩安飴しか出なくなったと言っていただろうが!」
「いやな、相手を変えれば結果も変わる可能性があるだろうがよ。サンプル数は多いほど良いだろ」
「そう思うならなおのことリカバリが効かない可能性がある相手を試すな! 有毒だったらどうする!」
「いや、レシピデータは一応にも菓子だぞ、そうそう死なんだろ。幼体とはいえわざわざ俺達の差し出す理解の及ばんだろうものを口に入れたがる危機意識のない奴がいるとは予想の外でな。ちょっと面白くなった」
スサーナがぽかんと見守るうちに、まだ舐めていなかったリューとアンジェの飴は回収され、一体何をどうしたのか、それこそ魔術のように屋台が消え失せ、嵐のように店員さんたちが撤収していくらしかった。
「楽しみを、済まなかった。……普通の飴だ。その子どもにも口直しに与えてやるといい」
ふと足を止めてなにか思い出したように戻ってきたもう一人の店員さんはぽかーんとしたままのスサーナの手の上にがさっと飴を置いていってくれて、それはバラジャムの味がして美味しいもので、後でみんなで分けて舐めた。
ドンはサーインによる神罰説を真面目に考えたらしく、それからしばらくはいい子にしていたようだった。
めでたし、めでたし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます