第2話

【臨平住宅地】D区04号棟の建物。

13階建てのこのマンションは、関野が経営する2階建ての【ペットスタジオ】と向かい合う形で位置している。

その間を繋ぐ通路は、【臨平住宅地】南門へ続くメインルートだ。

だが…

現在、【ペットスタジオ】の前に停まっているサンタナのせいで、誰もこの道を通って住宅地から逃げ出そうとはしない。


04号棟の4階・402号室では、顔立ちが似ている家族らしき人々が集まり、そのサンタナを険しい表情で見つめている。

「くそっ!なんてことだ、全くの災難だ!」

「このバカ女、なんでこんなところで死にやがったんだ!」

王傑林(ワン・ジエリン)は奥歯を噛みしめ、顔の五官が病的に痩せこけた様子をしている。

「そうだよ!」

「普段から派手に振る舞っていた女が、死んでも迷惑をかけるなんて!」

彼の横では、太り気味の妻・李歓(リー・ファン)が相槌を打つ。

「くそっ!」

「もう待っていられない!この階の食料はほぼ尽きている。他の階に移動するにはサンタナを通るしかない。でも、あそこを通るくらいなら、住宅地の外に逃げた方がいい!」

「もしかしたら、外に出られる可能性もあるかもしれない…」

「父さん…どう思いますか?」

王傑林は怯えたような目で、人ごみの中の1人の老齢ながら筋肉質な男性を見た。


その老人は目を細め、室内の人々を見回した後、腕の中に抱えた6歳くらいの赤みがかった頬をした子供を見下ろした。

その子供は老人の胸にすやすやと眠っている。老人は唇を引き結びながら子供を見つめ、ついに頷いた。

「…そうだな…」

「こんな地獄のような日々、もう耐えられん!」

「この建物の食料も、俺たち王家の人間がほとんど食い尽くした。新しい食料を手に入れなければ、この子…」

老人は太い指で腕の中の子供の額を撫でながら、目に凄みを込めた。

「でも…父さん…」

「わかっているんだろう、あの車にある“あれ”がどれだけ恐ろしいか…」

王傑林が尻込みしている様子を見て、老人の目が急に怒りを帯びた。

「昔、俺は南北を股にかけて渡り歩いた男だぞ。どうしてお前みたいな腰抜けが生まれたんだ!」

「あの化け物がどれだけ恐ろしいかなんて、俺が一番よく分かってる!」

「だが、奴らの凶暴さがどうした?俺たち王家の人間には関係ない!あそこの屋上にいる連中を突き出せばいいだけだ!」

「えっ、それは…それはさすがに…」

老人の提案に、王傑林はまだ躊躇している様子だった。彼の頭の中はまだ平穏な時代の倫理観に縛られている。

「役立たずめ!」

「“死道友不死貧道”(他人を犠牲にしてでも自分を守れ)だ!」

「お前、これまで何回警察に電話をかけた?結果はどうだった?俺たちはもう見捨てられたんだ!助けなんて来ない!」

「……」

「王家の存続のためだ、ついてこい!」


老人は不退転の決意を示し、一家を引き連れて部屋を出た。


一行は物音を立てないように慎重に行動し、十数人の隊列を組んでエレベーターに乗り込み、13階の1301号室のドアの前に到着した。

その防犯扉は少し開いており、中を覗き込むとリビングには布で作った縄で縛られた数十人が客間に押し込められているのが見えた。


老人が率いる王家の一団を見た途端、人々の中の1人の老婆が激怒した表情で叫び声を上げた。

「王渾江(ワン・フンジャン)!お前なんて死んでしまえ!!」

「食料を分けてやった恩を忘れやがって、俺の家の扉を息子にこじ開けさせるなんて!」

「お前ら全員まとめて警察に突き出してやる!」

老婆は叫び続けていたが、飢えで痩せ細り、力のない声になっていた。

王渾江はその老婆を冷ややかな目で見つめると、無言で歩み寄り、その口元を容赦なく蹴り上げた。

「ドン!」

老婆は蹴りの衝撃で横に倒れ、口から何本かの歯が飛び出し、血を吐いて気絶した。


リビングに流れる血の滴る音が、冷たい静寂の中に響き渡った。

「……」

他の囚われた人々は最初、怒りに燃えた目で王家を睨みつけていたが、老婆の惨状を見て次第に頭を垂れていった。


この【臨平住宅地】D区04号棟には、もともと臨河村の取り壊しによる住民たちが住んでおり、特に1~6階には王家の人間が多く住んでいる。

かつて王家の長老である王渾江は、臨河村で有名な村のボスだったと言われていたが、法治社会の中で表立った問題はほとんど見られなかった。

だが、怪異の末世が始まってわずか8日間で、彼らはその本性をむき出しにしていた。


リビングにいる人々の中には、金縁眼鏡をかけた知的な雰囲気の青年もおり、彼は王家一族の王傑林を冷ややかな目で見ていた。

青年は覚えている。怪異が発生して3日目のこと、自分と妻が自宅に籠もっていると、玄関が外から開けられ、王家の連中が一斉になだれ込んできた。

彼らはまるで山賊のように食料を全て奪い、青年と妻を1301号室に監禁した。

その後、建物全体が王家の支配下に置かれ、住民たちは家を追い出され、食料も全て奪われた。


青年は振り返り、震えながら座り込んでいる妻の顔を見た。彼女の顔は青白く、かつての美しい肌も今では蜡のように黄色みを帯びている。青年はその姿に胸を痛めながら、頭を垂れて何かを思案しているようだった。

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