試験が終わったら。

夕藤さわな

第1話

 チャイムが鳴ると同時にシャーペンを机にそっと置いた。試験監督の先生の号令に従って答案用紙を前の席の人にまわす時だって唇は引き結んだまま。

 だけど、心の中ではもう我慢できなくて叫んでる。


 ――試験が終わった!

 ――試験が終わった!

 ――試験が終わった!


 ――中間試験が終わったーーー!


 中間試験が終われば冬休みが待っている。だけど、私が心の中で叫んで、飛び跳ねて、踊り狂ってるのはそんな理由じゃない。

 試験監督の先生が教室から出て行って、今度は担任がやってきて帰りのホームルームを始める。試験はどうでしたか、とか。寒くなってきたので風邪をひかないように、とか。どうでもいい話をしてなかなかホームルームを終わらせない担任にジリジリする。


 ――早く! そんな話、いいから早く!


 なんて送りまくった念が無事に届いたかはわからないけど――。


「それでは、皆さん。また来週」


 ようやくホームルームが終わった。

 ホームルームが始まる前に帰り支度は済んでる。机の横にかけてあったカバンを引っ掴んで私は速足で廊下に出た。

 ほとんどの生徒は昇降口に向かうために階段を下りていく。家に帰るため、部活に向かうため、階段を下りていく。でも、私は上がっていく。うちの高校は図書室が五階にあるのだ。


 試験前も試験期間中も図書室は開いてる。

 でも。だけど。


「結城先輩も早速、来たんですね」


 図書室の前で鉢合わせた笑顔に私は破顔した。


 だって、試験一週間前から試験が終わるまで、ひと学年後輩の椎名くんは図書室に来ない。いつもは放課後、毎日のように来るのに試験一週間前から試験が終わるまで絶対に来ないのだ。

 どうして来ないのかと尋ねたら大真面目な顔で椎名くんはこう答えた。


「赤点を取ったら家で本が読めなくなるので」


 だから、試験一週間前から試験が終わるまで椎名くんは図書室に来ない。

 だから、試験が終わった今日、私はこう尋ねる。


「試験、どうだった? 赤点、なさそう?」


 だって、赤点を取ってしまったら試験一週間前じゃなくても、試験期間中じゃなくても、椎名くんは図書室に来なくなってしまうかもしれないから。


「数学がちょっとあやしいですが……多分、大丈夫です」


 苦笑いしながら図書室に入った瞬間、目を輝かせて大股で本棚に向かって歩いていく椎名くんの背中を見つめて。本の背表紙を撫でてどの本を読もうか悩んで、迷って、口元を緩める椎名くんの横顔を見つめて。


「結城先輩は今日、何を借りていくんですか? あ、いや、それよりも先にこの間、面白かったって言ってた本の場所を……」


 図書室でだと人懐っこい笑顔を見せる椎名くんを見つめて。


「……!」


 私はしみじみと試験の終わりを噛みしめて、小さく、こっそり飛び跳ねた。

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試験が終わったら。 夕藤さわな @sawana

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