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藤原くう

第1話

 ひんやりとした空気で目が覚めた。


 身を起こせば、カーテンが風にそよいでいる。窓がいつの間にか開いていたらしい。


「…………」


 ベッドの下を覗きこむ。


 そこには斧を持った男――ではなく、少女がいた。


 拳銃を抱きしめた少女が。


「おい」


 声をかければ、少女がビクンと震えた。起き上がろうとした少女は、頭をごつんとベッドにぶつけ。


「あう」


 少女の口から悲鳴がれる。目からは涙がこぼれていた。


「大丈夫かよ……」


 手を差しだせば、ギュッと握りしめられる。


 少女をベッドの下から引っ張りだす。


「ありがと」


「いいけど」


 出てきた少女は、近衛このえゆう


 逆の手には同じくらい強く握りしめてる――拳銃があった。


 金属光沢のない真っ黒な銃だ。その銃は、夕の手のひらにすっぽり収まっている。


「なんでいるんだよ」


空人そらとは狙われてるから」


「狙われてる?」


 夕がこくんと頷いた。


「命を狙われてるの――」


「それいつも言ってるけどさ。俺には命を狙われるほどの価値はない」


 俺は一介の男子高校生であり、それ以上でもそれ以下でもない。


 特殊能力があるわけでも、神様に愛されているわけでもない。特殊部隊の一員ってわけでも、親が金持ちだったり偉いってわけでもないし。


「空人に自覚がなくても、いろんな人の運命に関わってくるんだよ。だからさ、私が守らなきゃなの」


「だからって、不法侵入はよくないだろ」


 俺は窓に近づいていく。


 ひらりひらりとはためくカーテンを開けば、窓にこぶし大の穴が開いている。


 穴の向こうには夕の部屋がよく見えた。


 振りかえれば、幼なじみがぺろりと舌を出した。






 夕を連れてリビングへ向かえば、朝食が用意されていた。


「お兄様お早うございます」


「おはよう、色華しきか


 テーブルについて光を放つ色華に挨拶を返し、その正面にすわる。


 湯気をくゆらせるワンプレートの上には、スクランブルエッグとベーコン、トースト。そのほかにはグラス1杯の牛乳。


「今日は簡単なものにしましたの。ああ言わないでください。昨日は、満漢全席まんかんぜんせきのようにしてしまったこと、反省いたしましたのよ。確かに私やお兄様だけでは食べられませんし、もったいないですもの」


 俺は、いただきます、と言って食べはじめる。


 いつも通りうまい。色華の手料理は、この世のものじゃないみたいにおいしい。なんて、ちょっと妹をかわいがりすぎだろうか。


「いえいえ。そのような言葉、私にはもったいないくらいです。私よりもおいしい料理をつくられる方はたくさんいらっしゃいますに違いませんもの。でも、そうですわね、お兄様に対する想いだけなら負けてないつもりですけれども」


 あっという間に食べ終わって、俺は手を合わせる。


「お粗末そまつさまでした。あ、お皿はそのままで結構ですの。私が洗っておきますので。ほら、夕様だってお待ちでしょうし」


 そういうらしいので、立ち上がる。


 リビングを出て玄関へと向かえば、夕が待っていた。手には弾丸さえも受けとめられそうなほど分厚いスマホが握られており、その画面を食い入るように見つめていた。


「何してんの?」


「天気を調べてたんだ。毒ガスを散布されても風上にいれば大丈夫だからね」


「はあ」


「それより、誰と話してたの?」


「……いや」


 家はシンと静まりかえっていた。先ほどまで漂っていたベーコンの焦げた香ばしい匂いも、幻だったかのように思えた。


 でも、リビングの扉から漏れでる神々しい光が、嘘ではないと言っていた。


「じゃ、行ってくる」


 行ってらっしゃい――そんな言葉を確かに聞いた気がした。






 俺と妹が住んでるのは、高校から徒歩で約十分くらいのところ。俺んちの隣が、夕の家だ。


「窓を壊して入ってくるなよ」


「だって心配なんだもん。それに不用心なのがいけないよ。ブービートラップの一つでも仕掛けたらいいじゃん。窓を開けたらパンジャンドラムが出てくるとかさ」


 パンジャンドラムってなんだよ。


 そんな話をしながら、夕とともに登校する。


 いつもどおりだ。


 ふあとあくびしていたら、ブルブルとスマホが震えはじめた。


 誰からだろう。見れば、着信先は文字化けしている。


「用心してね。詐欺さぎかも」


「んなバカな――もしもし」


『ワタシだけど』


「どちらさま?」


 聞き覚えはない。というか、その声はノイズ交じりで、相手が男か女かさえ分からなかった。


「宇宙の向こうからかけてるのか?」


『世界の外からです』


「は……?」


『それよりも、覚えてないの』


「覚えてるも何もはじめてだよな……? 電話帳にも登録なかったし」


 電話の向こうの主が、息を飲む音が聞こえた。


『……世界がループしてる? いや、神様にリセットされてるのかな』


「宗教勧誘ならお断りだぞ」


『ワタシは事実を話してる……前もなかなか信じてもらえなかったんだけどね』


「だからはじめてだって」


『前のアナタは、ワタシのこと、好きだって言ってくれたのに』


 もう付き合ってられないな。


 ピッと通話を切れば、静かになる。


「電話終わったぞ――ってなにやってんだ?」


 隣を見れば、夕が俺に銃口を向けていた。正確には、俺が持っているスマホに。


「相手、絶対にヤバいよ」


「確かにヤバかったな。頭がって意味で」


「あと少しで撃つところだったよ……」


「胸をなでおろしてるところ悪いんだが、他人のスマホを狙わないでくれるか? まだ払いおえてないんだから」


『そうですよ。他人のものを傷つけようとするのは、道理に反しています』


 先ほどの声がする。


 その声がした方を見れば、個人経営の電気屋があった。通りに面したショーウィンドウにはテレビがあり、そこからガビガビの音声はやってきていた。


 画面はブロックノイズが走っている。が、ぼんやりと人の姿が見えた。


『こんな姿でごめんなさい。この世界との交信は不安定で』


「はあ……」


『信じてませんね? 大ウソつきかなにかだと――いや、この世界の枠組みで言えば、【電波系】だとお思いですね』


 俺はなにも言えなかった。頭がおかしいという意味なら、確かに電波系ってやつだろう。ちょうど、テレビに映ってるしな。


『そういう意味ではないんだけど。いや、ワタシのことはいいのです。不二空人さん、アナタはこの世界の救世主となる運命が――』


 パーン。


 乾いた音が鳴りひびく。


 直後、ボンッとちいさな爆発音がする。


 見れば、テレビに穴が開いていた。9ミリほどのちいさな穴が。


 夕の手にした拳銃からは、花火のような火薬くさい煙が一筋上っている。


 こいつまさか――。


「うるさい。空人に変なことをふきこまないで」


「いや、だからってお店のもんだぞ!?」


 俺は夕の手をひっぱり、その場から逃げだす。


 ちらと後ろを見れば、電気屋から飛び出してくる人影はない。


 だからって逃げないわけにはいかないだろ。片方は拳銃持ってんだ。


 冷や汗もんのはずなのに夕の顔が赤らんでいたのは、怒りのせいなのか、はたまた別の感情なのか。どっちにしろ、俺にとってはいい迷惑だ。



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