現世転生~戦乱にくたびれた最強戦士は転生先でも魔物討伐を命じられる~

本懐明石

第1話 前世

 そこは真っ白な空間だった。

 どこに壁と天井があるかも分からない、無限に真っ白が続く空間だったが、ある一区間だけにはいくつかの人工物があった。

 年季の入った焦げ茶色のデスクとチェア、そしてダイヤル式の黒電話。


 椅子には、いかにも神経質そうな、白髪を七三分けにした中年の男が座っていた。

 彼は黒電話を耳に当てたまま、目の前の少年に告げた。


「お前が転生するのはその男だ」


 ブレザー姿のその少年は、手渡されたファイルをパラパラと捲っている。

 傍から見れば紙束のにおいを嗅いでいるようにしか見えぬほど、のめり込んでいた。


「名はアバドン。別名は炎王、荒神。勇者と共に魔王を討つも相打ちになり瀕死の重傷を受け、魂が遊離している。……そこにお前の魂を入れ込めば、転生は完了する。傷はこちらで治すからすぐ死ぬことはない。不明点は?」


 早口で淡々と説明する白髪の男に対し、ブレザー姿の男子高校生は顔を上げて答える。

 興奮気味に、的外れな返しをする。


「最高じゃないですか。……顔もかっこいいし、魔王討伐の実績もある。きっとチヤホヤされるんだろうなぁ…………」

「元の体に戻りたいとは思わないのか。お前のその、野田解人かいととして生きてきた十七年間の人生は、これで終わりになるわけだが」

「構わないですよ、そんなの」


 野田は自嘲気味に笑み、目線を外して呟く。


「僕が死んだって誰も悲しまない。アレとしての人生を続行するなら、僕は死んだ方がマシです」

「そうか。それは何より」


 白髪の男は野田の方を見たまま、


「こちらは終わったぞ、第5宇宙の神よ」と報告した。



   *



 そこもまた、真っ白な空間だった。

 どこに壁と天井があるかも分からない、無限に真っ白が続く空間だったが、ある一区間だけにはいくつかの人工物があった。


 高校までの学校で使われるような学習机と椅子、そして四方をガラスで仕切られた公衆電話。


 椅子には、いかにも穏やかそうな、長い黒髪をゆったりと伸ばした青年が座っている。

 褐色肌の上から、上下一体型の白い布を纏っており、隣の公衆電話から受話器を引っ張って耳に当てたまま、泣き言をした。


「ええ、もう終わったの? ちゃんと説明してあげた? 人の命が関わる話なのにさぁ」


 その間、褐色の男の前に立つ赤髪の男は、手渡されたファイルをただ眺めていた。


 彼には字が分からなかった。従ってそこに書いてある文言を理解することが出来ず、ただ眺めるということしか出来ていなかった。


 褐色の男は「もうちょっと待っててよ。いま来たばかりなんだよね」と電話越しに言い、笑顔で目の前に立つ男を見上げた。


「どう? 大体どういうことか分かったかな? アバドン君」

「何も分からん。俺は文字が読めんのだ。お前の口から全て説明してくれ」

「……うん、出来ないことを出来ないとちゃんと言えるのはいいことだよね。OKOK」


 褐色の男が左手で指を鳴らすと、彼の左上あたりにモニターが出現する。


 画面は左右で分割されており、左の画面にはアバドンが左胸に槍を刺されて倒れている映像が、右の画面には野田が車に撥ね飛ばされてうつ伏せになっている状況が映し出されている。


「宇宙はたった一つじゃない。複数存在する。……君は第63宇宙で生まれ育って瀕死に至り、同時刻に第5宇宙で生まれ育った野田解人が瀕死に至った。交通事故でね」

「コウツウジコ?」

「えーっと、……アレだね、野生動物に頭突きされたような感じだよ。君の宇宙の価値観に照らし合わせるとね」

「ふむ。大体分かった。で、なぜ俺がその小僧と入れ替わらねばならんのだ? そもそもここはどこで、お前は誰だ」


 アバドンは腕を組み、値踏みするような眼差しで相手を見下ろす。甲冑に加えて上背200cmに及ぶ長身が、「妙な企てでもしようものなら殺すぞ」と睨んでいる。


 褐色の男は動じない。以前として柔和に笑みつつ答える。


「現在、とある事情により、君の住む世界である第63宇宙から、野田の住む世界である第5宇宙に魔物が侵略してきている。……彼ら地球人は魔物との戦い方を知らない。地球人が魔物に攻め滅ぼされるのは時間の問題なんだ」

「だから俺が助力しろと? たったいま魔王を討ちおおせたこの俺に?」

「そう。世界平和のためには君の助けが必要なんだ」

「第5宇宙の神からの頼みというわけだな」

「察しがいいね。その通り」


 神は立ち上がり、受話器を耳に当てたまま左手をアバドンにかざす。


「相手方の了承は取れている。後は君が頷くだけだ。もちろん拒否してくれても構わない。君は君の世界を救った英雄として人々からもてはやされる権利が」

「俺は名誉のために魔王を討ったのではない」


 アバドンは口を挟み、


「俺は平和のために戦うのだ。理不尽な死から人々を守るために」と豪語した。


「この天界で次に君と会うのが、五、六十年後であることを願うよ」

「随分長生きなのだな、第5宇宙の人間は」


 神が微笑むと、アバドンは自らの視界がより一層真っ白になっていくのを感じた。


 意識が薄れゆく中、元の世界に置いてきた人間はと思考を巡らせた。


 しかし、その大半は激戦の中で命を落とし、少なくとも自分の中身が入れ替わっていることに気付くであろう人間は、きっと存在しないだろうことを悟った。


 ノダカイト。

 どうにもパッとしない名前だなと、そのことだけがアバドンの気がかりだった。

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