第2話 燃える村

「イヴにやっと会えた」

 青年はそう言ったまま、手を離さない。

「あの、誰かと間違ってますよ? 私は杏奈」

「そうか。杏奈というんだね、イヴ」

 話が通じないのか。

 イヴというのは名前なのだろう。その人と私を間違っているんだろうけど、認めないつもりなのか。

「ああ。そういえば」

 青年は何かを思い出したのか、私の手を離して、後ろを振り返る。

 倒れた鹿のモンスターは灰化はいかが始まっていて、体や頭が灰になりかけていた。灰化は初めて見たので、しげしげと眺めた。

 青年は鹿の角や背中の棘をどこからか出した短剣で丁寧に取り除く。

 灰化が終わる前に、特定の部位を取り除けば、素材として手に入れられるのだ。

「イヴ。君にあげるよ」

 青年はそう言って、私に角や棘を差し出した。

「もらえないですよ。私が倒したわけじゃないし。あと、イヴではないです」

「そうかい? ああ、今は杏奈という名前なんだね。ごめんね」

 青年はそう言って立ち上がり、腰にあるポーチに角や棘をしまった。ポーチと角の大きさが合わないが、どうやって収納されているのだろうか。

「俺はアキラ。君を探していたんだよ」

「アキラね。あの、やっぱり、誰かと……!」

 私は鼻がよく効く。焦げた匂いがした。それがどこから来ているのか探ろうとした。山火事になるのなら、何とかしないと。

「どうかしたのかい?」

「どこかで火事が起きているのかも」

「俺は南のヴァストークから来たけど、何もなかったよ」

「……もしかして」

 私は村の方が燃えているのかと思い、村の方へと駆けた。

 後ろを振り向く余裕はないが、足音でアキラもついて着ているのがわかった。私の脚力についてこれる動物族以外の人なんているんだ。猫耳族や兎耳族うさみみぞくなどを総称して、動物族という。アキラの見た目だと、魔族か、魔法の使えないヒュー族だろう。私の住んでいる村はヒュー族の村なので、猫耳族の私や、魔族の皐月とチィランおじさんは珍しい。

 村に向かう途中、拠点にしている場所に着いた。カゴに鳥を入れている皐月がいた。

「姉さん!……って、その人、誰?」

「話している暇ない! 火事!」

「え!?」

 私はそう言って、再び駆け出した。皐月もついて来たが、私たちの脚力にはついて来れないので、段々引き離している。

 村に近づくにつれ、煙が見えてきた。少し熱気も感じる。

「……そんな」

 村に辿り着くと、村中が燃えていた。

 所々に人が倒れていて、私は火があるのも気にせずに、駆け寄った。

「サキおばさん!」

 先ほどパンをくれたサキおばさんが胸から血を流して倒れている。血はすでに流れ切った後のようだ。

「死んでる……?」

 アキラがそばに来て、しゃがみ込む。サキおばさんの口に手を当てる。

「息をしていないな。亡くなられている」

「そんな」

 私は燃える家々を見て、呆然とした。

 皐月が追いついてきたのか、足音が止まる。

「姉さん!」

「皐月……」

 私は皐月に駆け寄る。皐月は私の肩を掴む。

「サキおばさんは?」

 その言葉に、私は首を横に振った。

「他の家を見てくるよ」

 アキラはそう言って、燃えている家の間を歩いて行ってしまった。

「私たちの家を見に行こう」

 チィランおじさんが心配だった。

 モンスターか山賊が現れたのだろう。村中が燃えていた。所々に倒れている人がいて、確認しても全員死んでいた。

 涙が込み上げてきそうだったが、皐月がいる手前、私は我慢していた。

 自分たちの家に着くと、燃え尽きた後なのか燃え崩れていた。火は消えていたので、崩れかけた中に入る。

 台所の近くに倒れている人……のような塊を見た。

「これって……!」

 逃げ遅れたのか、多分チィランおじさんだろう。

 お父さんの友人で、亡くなった両親の代わりに私と皐月を育ててくれた人。

 私は膝から崩れ落ちた。

「うっ……」

 もう涙が出るのは止められなかった。

「なんで、こんなことに」

「……姉さん」

 皐月が隣に膝をついたのがわかった。

 私の手を取った皐月の手は震えていた。皐月は泣くのを我慢しているのだろう。

「杏奈!」

 声をかけられて、顔を上げるとアキラがいた。

「アキラ……」

 顔を歪めているアキラは、私たちを見下ろしていたが、同じ目線になるようにしゃがんだ。

「どうだった?」

 アキラはさらに顔を歪める。

 それが何を物語っているかは、わかる。

 誰も生きていないのだろう。


 私たちで村の人たちを村の中央に集めた。焼死体となっている人もいて、運ぶのは大変だった。

 その間に、村の火は消えていた。村の家々は燃え尽きて、少しのかけらを残しているだけだった。

「誰の仕業なの」

 私がそう呟くと、アキラが答えてくれた。

「ここまで大規模だと、群れのモンスターだと思うよ」

「群れ?」

 モンスターが群れで動くのは聞いたことがない。チィランおじさんがたまに街に行く途中で出会ったモンスターのことを教えてくれるが、群れで出たというのは初めて聞いた。

「最近、群れで出るらしい。旅人の間で噂になっているんだ」

 アキラは、俺は群れには出会ったことはないと付け足した。

 その時、複数の足音が遠くから聞こえるのを感じた。

 こちらへ向かっている。

「足音が聞こえる」

 アキラが私の言葉に、腰のポーチから青い球を出した。親指より少し大きいくらいで、上下に金の装飾がある。

 それは青く光りだした。

「モンスターだな」

「それは何だ?」

 皐月が聞くと、アキラはそれをモンスターの気配を探知する『サーチャー』というものだと説明してくれた。

「たくさん来ている。逃げた方が良いと思う」

 アキラにそう言われて、私と皐月は顔を見合わせた。

「弔っている場合じゃないかも」

「……うん」

 皆を弔いたかったが、それをしていたら、皐月まで失ってしまうかもしれないし、自分も死ぬかもしれないと考えた。

 私たちはモンスターが来るであろう方向と逆の南のヴァストークタウンに向かうことにした。

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