イマジン〜私たちが共存するための100の方法〜
夜須香夜(やすかや)
第一章 四月の冒険
第1話 はじまり
櫛で猫耳の毛を整えるのが、毎朝の日課だった。
義弟の皐月とも、チィランおじさんとも違う形の耳だ。
朝は井戸まで行って、身だしなみを整える。
春先だし、まだ早朝なので少し肌寒いが、天気が良いので良しとした。
猫耳の毛を整えたら、顎までの長さの黒髪に櫛を通す。耳と髪が終われば、尻尾の毛に取り掛かる。丁寧にすいたら、櫛を持ってきた桶に入れて、家に戻る支度をする。
家に戻る途中で話しかけられる。
「杏奈ちゃん。パンを食べるかい? 焼きすぎちゃったのよ」
二軒隣のサキおばさんだった。
私はありがたくパンを受け取った。
「ありがとうございます! 美味しそう。今日のお昼に食べるね」
「気をつけて帰るのよ」
「はーい」
サキおばさんと別れて、パンをもらった私はウキウキ気分で家に戻る。
家は木でできた簡素な作りの一階建てだ。この村の建物は全て木造建築で一階建てだ。
家の戸を開けると、油の良い匂いがする。
「おかえりなさい」
台所からチィランおじさんに出迎えられた。
チィランおじさんは淡いオークル色の髪が顎まで伸び、外はねをしていて、青い瞳をしている。エプロンをつけていて、台所で鹿肉のソーセージを焼いていた。
「サキおばさんから、パンをもらったよ」
「良かったですね。カゴに入れておいてください」
肯定の返事をして、台所の近くにあるパンが入ったカゴにもらったパンを入れた。
私はそのまま桶を置きに共同の寝室に行く。
寝室に行くと、皐月がいた。
皐月はオークル色の短髪に、もみあげが茶色の髪型だ。緑色の瞳が私を捉える。ベッドを整えている所みたいだ。
「姉さん。一応、ノックしてくれない? 着替え中かもしれないでしょ」
「ごめんごめん」
私は軽く謝罪をして、タンスに桶や櫛をしまう。
「あと、ベッドくらい自分で整えて」
「後でやろうと思ってたの!」
「どうだか」
皐月は小さくため息を吐いて、ベッドを整えるのに戻った。
私は皐月を手伝うことなく、部屋から出て、チィランおじさんのいる台所に行った。皿を出して、朝食の準備を手伝う。
私たちは夕飯を食べない。この村には夕飯を食べる人も少しだけいるが、ほとんどが朝と昼だけで食事を済ませている。だから、朝食は昨日の昼ぶりなので、お腹がぺこぺこなのだ。
「今日はソーセージとパンですよ」
チィランおじさんは焼いたソーセージを二つずつ三つの皿に盛る。私はパンを切って、同じ皿の上に乗せる。パンは久しぶりのレーズンパンだ。
コップに水を注いで、食卓に並べる。テーブルは丸いもので、三人で座れるように均等に置く。
「皐月さん。ご飯ができましたよ」
チィランおじさんが皐月に声をかけると、皐月は部屋から出てきた。
「ベッドは後でで良いですから」
「わかった」
私たちは椅子に座り、朝食を食べることにした。
朝食を終えると、私と皐月は狩りに向かう。
今日は何か獲れると良いけれど。最近、鹿や鳥を獲れていない。村の皆のためにも、いくつか獲りたい。
皐月は大きなカゴを持ち、私は弓矢を二人分持って、森へと向かうことにした。
いつもの獣道を行き、拠点にしている草を倒した広く開いた場所に着く。
皐月はカゴを置く。私は皐月に弓矢を渡す。
「私は東に行く」
「俺は北かな」
一応、方位磁針を持って、私たちは狩りをしに行った。
皐月と別れてから、数分したら、足音が聞こえてきた。
鹿の足音だと思った私は近くの茂みに入った。弓を打つ準備をして、息を潜めて待った。
ガサリと音がした。もう近くにいる。
――鹿が現れた!
「え……?」
鹿だと思っていたが、思っていた鹿とは違う見た目だった。
私は驚きのあまり、茂みから立ち上がってしまった。
角が鋭利に尖り、前を向いている。目のあるはずの場所には何もなく、口は頬まで裂けていてギザ歯が見えている。背中には天に向かって生えた角と同じような鋭利な棘がたくさん生えている。
鹿のような生物はこちらをぐるりと振り返る。
まずい――!
私は本能で逃げなきゃと思い、弓矢を持って走り始めた。
走り始めると、鹿のような生物も後ろを追ってきた。
私は猫耳族なので、魔族の皐月よりも足が速いが、いつ追いつかれるかわからなかった。
「む、村まで……」
村まで逃げていいのか? 村にこんな奇妙な生物――多分モンスターだ。このモンスターを村に連れて行って良いのだろうかと思いながら、走る。
少し離したと思ったので、木や茂みの間に隠れるように入る。
上がった息を抑えるように、口を手で塞ぐ。
別の茂みから、鹿のモンスターが現れた。鼻はあるので、鼻で匂いを嗅ぐように地面を擦る。
こちらにどんどん近づいてきて、鼻先が茂みに来た時、別の場所でガサリと動く音がした。
鹿のモンスターの後ろに人影が見えた。
鹿のモンスターは振り返り、後ろに体を向ける。
「ぜええいやあああ」
掛け声と共に、鹿のモンスターの首が飛んだ。
私は立ち上がり、よく見ようと思った。
首のなくなった鹿のモンスターは紫色の血を流しながら、倒れる。
倒れた鹿のモンスターの先には人が立っていた。剣を持っている。
黒い短髪に黒い瞳、旅人であろう格好をしている。でも、荷物をほとんど持っていなく、身軽そうだ。
「あ、あの。ありがとうございます」
青年であろう人は私をじっと見つめていて、何も話さない。
「モンスターに追いかけられていたの」
青年はこちらに歩いてきた。剣を腰にさし、私の目の前に着く。
「君が……」
青年は私の両手を取る。
「君がイヴか!」
「へ?」
この出会いが私の生活をガラッと変えてしまうとは、今は思っていなかった。
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