第25話 帰る場所
空が暗く、雨音がこもって聞こえていた。
細い路地を、私は壁に手をつきながらフラフラと歩く。押さえた肩からしみ出した血が、袖を汚していく。呪いの元凶であった術者はいなくなった。
片目の呪いは消えているはずだけど、後遺症と言うべきなのか、視界はまだはっきりしない。私は小刻みに震えている手をぼんやりと見つめる。
ちょっと、無理しすぎたかな――。
いくら闇魔術といっても不老不死でもなければ、万能でもない。実のところ、私の魔力値はそれほど高くはないのだ。正統魔法の実力は平均以下の凡人。情けないなと、自嘲を浮かべる。
全身、雨に打たれて、服も髪も濡れて肌に張りついていた。
闇魔術にのめり込んだのも、本当はそんな理由からだった。聖女様の姉で、いつでも比べられていて、『妹はあれほど素晴らしいのに、姉はこのていたらくか』と見下げられるのも嫌で、負けず嫌いの性格もあって、伯爵家の図書室にあった魔術関連の本を手当たり次第に読みあさり、試してみた。
そう、私はレーリアが嫌いだった。苦手だった。私には手に入れられない才能を、溢れるほど持って生まれてきたあの子が憎らしかったと言ってもいい。まったく、そんな素振りを見せずに、心にしまって見ないようにしてきた私の本心。
報われない魂――。
こんなに心が汚れて真っ黒だから、きっと闇魔術なんてものに手を出すんだと自分もわかっている。闇魔術に手を染めれば、ろくなことにならない。いずれ、あのキャンベル大司祭のように、魔族を召喚して、己の野望を果たそうなんて馬鹿な考えに至る。
魔族が、そんな人の心の弱さと隙につけ込むのか。それほどまでに、魔族の持つ闇の魔力は人を引き寄せ、誘惑して、堕としてしまう。私もきっと、そう――。
堕ちるところまで堕ちたら、きっと全部、嫌になって壊してしまうかもしれない。
そんなふうに、思う自分が怖かった。
レーリアのこと以上に、私は、私が忌まわしかった――。
何の才能もなく、人を恨めしく思うだけの自分。諦めて貴族令嬢らしく、パーティーにでも出て、結婚相手でも捜していればいいのに。
それもできなくて惨めったらしく魔術にしがみついている自分。
全部、嫌いだった。
路地の突き当たりまできたところで、私は立っていられなくなって壁に寄りかかる。そのまま、水たまりにペタンと座りこんだ。こんな小汚い路地の隅で私の人生は終わるのかと思うと、笑えてくる。これが分相応ってやつなのかな。
子リス君は、レーリアが助けたのだろう。あの場に駆けつけてきたのも、子リス君から話を聞いたからだ。それにしてもひどいタイミングだった。せめてもう少し早く来てくれていたら、キャンベル大司祭が呪いをかけた張本人だったと証明できたのに。死体になってから、やってくるんだから。あの場にいた全員が、私が呪いをかけた術者で、キャンベル大司祭を襲ったように見えただろう。その上、寝台の死体も消えているから、私が喰ったってことになっているかもしれない。
闇堕ち魔女に加えて、人食い魔女の噂まで広がるかもねと、私は疲れた笑いを浮かべた。まあ、いいさ。別に今さら、悪名が一つ、二つ増えたところでどうってことはない。一応、術者が死んだのだから、呪いは収まるはずだ。
レーリアに向けられる批判や怒りも、きっと消えるだろう。聖女様の力が弱いからだとか、偽物だからだとか、そんなふうに疑念を抱く人もいなくなる。あの子は、完璧で、高潔で、万能な聖女様でいなくちゃいけないんだから。
でも――私が呪いをかけた術者だと思われたら、やっぱりレーリアは悪く言われてしまうのだろう。こんな私は、見捨ててくれていいんだよ。レーリア。あんなやつは姉でも何でもない。国外追放にしろと国王陛下に嘆願してくれたっていい。聖女様に頼まれたら、聖女のレーリアを溺愛している国王陛下は否とは言わない。
まったく、あのドMメガネめ。剣を投げつけてくるなんて――。
血が止まらず、腕を伝い流れていく。水たまりが赤く染まっていた。
指をちょっと切ったとか、打ち身ができたとか、そんな簡単な子どもでも使える程度の治癒魔法しか使えないんだぞ。子リス君でもいてくれたら助かったかもしれないけれどね。
ダメだ――思考がまとまらず、ぼんやりしてくる。
立てないやと、私は諦めて座り込んだままでいた。
汚れた壁にもたれて、雨粒が落ちてくる空を見上げる。
そういえば、なんで王都に出てきたんだっけ?
ああ、そうか。
(トロールの目を手に入れるためだったんだ……)
急に眠くなってきて目を閉じる。
「……姉……様…………姉様っ!! 姉様っ!!」
うーん……騒がしいな。レーリア?
私はどれくらい経ってからか、目を開く。ぼやけた視界に映るのは、必死に呼びかけるレーリアの顔だ。可愛い顔も、涙と雨のせいでクシャクシャになっている。
私はどうやら、レーリアに抱き起こされているらしい。片手を私の傷口に当てて、治癒魔法をかけてくれている。おかげで、さっきより体が楽で痛みもない。
騒がしい声が路地の先から聞こえてくるのは、聖騎士たちを引き連れてきているからのようだ。そうか、私を捕らえるためか――。
「大丈夫……逃げないよ……」
私はもう十分と、肩を押さえているレーリアの手をつかむ。けれど、レーリアはイヤイヤをするように首を横に振って、なおも治癒魔法をかけ続けていた。聖女様の貴重な力を、私なんかのために使っちゃダメでしょう。ドMメガネが顔をしかめるよ?
ああ、でも――気持ちいいな。寄りかかっているレーリアの胸がフカフカのクッションみたいだからかな。私はフフッと笑う。羨ましい――。
私の胸なんてぺったんこだよ?
「姉様……なに笑ってるんですか……どれほど、私が心配したと思っているんですか。無茶ばかりして……どうして私に、言ってくれないんですか。あんなちびっ子より、私の方がずっと、ずっと役に立つのに……っ!」
レーリアはうつむいて、声を絞り出す。その涙が私の頬にポタポタと落ちてきた。ちびっ子? ああ、子リス君か。ちびっ子っていうほど、ちびっ子でもないでしょう。あの子はレーリアに憧れているんだよ。今はちょっと頼りがないけれど、心根は真っ直ぐだから、なかなかいい聖騎士になると思うな。
「ごめん、ごめん……でも、こんなことで、聖女様の手を煩わせるわけにはいかないでしょ。それに、事件を解決するって言ったのは……私なんだし……ああでも、あんまりうまくいかなかったかな……」
私は額に手をやって小さく笑う。レーリアは辛そうな、苦しそうな顔をして私を見ていた。サラサラの髪が濡れている。
「姉様が犯人じゃないことくらいわかっていますよ! 誰かがそんなことを言うなら、私が張り付けにしてやります。証拠だって、絶対見つけますから……だから、逃げる必要なんてないんですっ!」
「うーん……あの場にいたら、ドMメガネ君が……」
「あの者は、牢に繋いでおります。後で姉様の手で殺処分にしてください」
レーリアの声が急に冷たくなる。繋いだの? 牢に? 聖騎士団長を?
私はあのドMメガネが牢の中でしょげている姿を思い浮かべて、お腹が痛くなるほど笑いたくなった。だけど、笑うとまだ傷口が痛い。
そんな私を見て、レーリアはアワアワしてまた治癒魔法をかけようとしてくる。
本当に、この子ってば――。
なんでかな。私が嫌ってるってわかってるくせに、いつも後をついてこようとする。疑いもせず、私を信じようとする。
「レーリア……どうして、私を信じてくれるの? 私、いいお姉ちゃんじゃないよ?」
私は腕で目を押さえながら尋ねた。そうしていないと、目頭熱くなってくる。
「私にとって姉様は、姉様ですから。いつも私のことを宝物みたいに扱ってくれたじゃないですか。誰よりも、大切にしてくれたじゃないですか。私はその全部、ちゃんと覚えているんです。姉様が忘れてしまっても……何度も、身を挺して助けてくれて、今だって私のためにこんなに傷だらけになって……」
レーリアは私をギュッと抱き締めて、肩に顔を埋めてくる。
「大好きです、姉様……だから、もう……無茶なことしないでください。私は、そのたびに心臓が止まるかと思うんですから……姉様に何かあったら、私は全部全部、捨ててしまいたくなる」
泣きそうな声で言うレーリアの頭に、私はそっと触れた。
「君は聖女様だよ? 私のことなんかより、世の中のみんなを救うためにいるんだから……」
「この世界に、姉様より大切なものなんて、私にはありません」
顔を少し上げたレーリアは、はにかむように笑っていた。
困った子だな――。
私は軽く溜息を吐いて、レーリアに頭を預ける。
もうちょっとだけ、この心地よさを味わっていたい。
「姉様……私ね、知ってるです。姉様が私を嫌いだって言いながら、ずっとずっと、愛してくれたこと……」
そんな声が、眠りに落ちる私の耳を甘くくすぐる。
そうだね。
愛しているよ。
この世界でただ一人の妹だもの――。
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