第24話 潜伏 9
炎に包まれた室内で、私は深く息を吐き出す。息がしづらい――。
窓もない地下室は黒煙が立ちこめていた。サラマンダーが吐き出した炎をかわし、地面に片手をつく。
まったく、厄介だな――。
このままでは、炎に巻かれて思うように動けない。目が余計にぼやけてきて、ふらつきそうになっていた。倒れる前に、片づけないと。
額から汗がしたたり落ちる。
「この程度の者なら、サラマンダーを呼び出すほどでもなかったな。君にはおおいに失望したよ。実につまらない余興だ」
キャンベル大司祭は、悠長に腕を組んで見物している。
うるさいなと、私は眉根を寄せた。
ローブのポケットから小瓶を取り出すと、蓋を外してその小瓶をひっくり返す。
サラサラと地面に落ちたのは魔力と合金を融合させて生成した金色の砂。
地面についた手に魔力を込めて、私は目を伏せる。
頭に浮かべた魔法陣を地面に転写すると、金色の砂が風に舞いながら一所に固まっていく。地面や壁の石が砕けて、見る間に大きな手の形へと姿を変えた。
私が呼び出したのは、ゴーレムの上半身だ。全身を召喚すれば、この地下室は崩れて私もろもとも瓦礫の下になっているだろう。ゴーレムはその腕を金槌のように振り下ろし、火炎ごとサラマンダーを呑み込んで叩き潰した。
炎と砂が舞い上がり、私もキャンベル大司祭も強風と炎をから身を庇う。
これしきのことでは、サラマンダーちゃんもやられはしない。大きな手の隙間から、炎が噴き出す。ゴーレムはそこそこ耐火性があるものの、サラマンダーちゃんの炎は高熱だ。手の表面が徐々に融解し始めていた。そう持たないが、時間稼ぎにはなるだろう。
その調子で、ゴーレムにサラマンダーちゃんの相手をしてもらう間に、私は余裕ぶっこいている飼い主の方を狙う。
槍を作り床を蹴って飛び出した瞬間、片目に激痛が走り、躓いて倒れそうになった。片手と膝を床について、私は霞む片目をもう片方の手で押さえる。焼けるように熱い。目の縁から血がこぼれ、頬を伝って流れ落ちる。意地でも声を上げるものかと、私は思いっきり唇を噛んだ。
キャンベル大司祭が近付いてくるのが足音でわかる。ゆっくり顔を上げると、ぼやけた片目に彼の薄く笑う姿が映った。
「その呪いを解く方法はただ一つだ。言うまでもなく、わかっているだろうがね。いつまで耐えて抑え込んでいられるだろうね」
彼は私に手を伸ばすと、乱暴に顔をつかんでくる。
こいつの目が邪魔だな――。
私は地面についた手を密かに握る。魔力を込めると、周囲の地面がパキッと凍りついた。先端の尖った氷を作り出して、彼の目を狙って投げつける。
それをかわそうと、キャンベル大司祭が下がった。
いまだと、私は切れた唇から溢れる血を地面に吐き捨てた。その血で地面にスペルを書き、避ける間を与えずに雷撃の詠唱を唱える。
直撃は免れられないはず。なのに、キャンベル大司祭の姿がその場から消えていた。
――逃げられた?
そんははずはない。転移魔法を使う余裕はなかったはずだ。
それに、あれは簡単に使えるものじゃない。私があの術式を考案するのに、どれだけ時間がかかったか。
息を凝らし、周囲を警戒する。となれば、この部屋のどこかにまだいるはず。それに、私を始末しないまま、立ち去るとも思えない。
私は壁際まで下がり、その壁にかかっている斧をつかんだ。その刃に、ピリッと電撃が走る。目を伏せ、気配を探りながら足を踏み出した。
「逃げ隠れするな、卑怯者っ!」
回転しながら真っ直ぐ飛んだ斧が壁に当たる直前、ガラスの砕けるような音がした。
鏡――。
割れた鏡に一瞬だけ、キャンベル大司祭の姿が映る。ハッとして振り返った瞬間、背後に回ったキャンベル大司祭の腕が伸びる。
喉をつかまれ、グッと歯を食いしばった。
宙づりにされた私は、締め上げる手をつかんで爪を立てる。
「聖女の姉にしては、まったくもって取るに足らぬ凡庸さよ……」
呆れているかのように、キャンベル大司祭が嘲笑う。
私は「そうだとしても……」と、息苦しさに耐えながら口を開いた。
「……魔族なんてものに頼るしか能のないあんたよりはマシだよ……っ!」
私はククッと笑って、宙返りする要領で大司祭の顔面を蹴り上げてやった。
手が緩んだ隙に逃れて、トンッと着地する。
鼻からボタボタと血を垂らしながら、キャンベル大司祭が「このゴミが……っ!」と忌々しそうに睨み付けてきた。
私は軽く跳ぶように二歩下がる。
キャンベル大司祭の足元から、黒い瘴気が吹き出す。分が悪くなれば、契約の魔族本体を召喚するつもりか。そんなことになれば、その身はもはや魔族に乗っ取られて自我すらも闇に飲まれて消滅するというのに。
私はさめた目で彼を見つめ、溜息を吐いた。
この当たりが潮時だな――。
私はパチンと指を鳴らす。その途端、キャンベル大司祭が絶叫を上げて膝をつき、口から吐き出した血が地面に散る。その目の縁や鼻からも、血が流れ出していた。
胸を押さえて悶絶しながら、「貴様っ、何をしたっ!」と喚く。
「私もあんたと同じ、闇魔術師だよ? 呪い返しの方法くらい知っていて当然だ」
私は歩み寄り、冷ややかに笑った。キャンベル大司祭はようやく理解できたのか、「あの時か……」と呆然として呟く。
この被害者の額の魔法陣に手をかざしたのは、ただ術者の痕跡を探るためじゃない。愚かだな。そんなことにも気付かなかった時点で、あんたの負けだよ。
「呪いには呪いを――だよ。そうだろう?」
キャンベル大司祭は立っていることもできず、瘴気の中でのたうち回っている。
さて、魔族の契約者は、最後にはその身を魔族に食われるのだったな。
実に哀れな最期だ。だが、同情はしない。
多くの者たちを、些細でくだらない望みのために、犠牲にしたんだ。
せいぜい、地獄で己の所業を悔やむがいいさ。
瘴気に呑まれていく姿を、私はただ見つめる。
その間も、キャンベル大司祭は「貴様も道連れにしてやる……覚えていろ……必ず……っ!!」と呪いの言葉を吐き続けていた。
最後の絶叫が響くと、瘴気も徐々に消えていく。
魔力も生気も、その魂すらも喰われたのだろう。潰れて人の姿も保っていない亡骸が、血だまりの中に横たわっていた。
ようやく片付いたかと、溜息を吐いた時だ。
不意に騒がしい人の声と足音が耳に入る。
「き、貴様……っ!!」
入り口の方で声がして振り返ると、聖騎士団長のドMメガネ君だ。しかも、甲冑を着た聖騎士たちをゾロゾロ引き連れている。
「キャンベル……大司祭……っ!!」
ドMメガネ君は床に転がる亡骸を見て、驚愕の表情になっていた。大司祭のローブは着たままだったからわかったのだろう。部屋に駆け込んできた他の聖騎士たちも、「うっ!」と口を押さえて顔を強ばらせていた。
私の足元には、血だまりができている。
その上、部屋の中は焼けこげていて、死体が転がっているのだ。誰が見ても、私がやったとしか思えないだろう。そして、それは――ある意味で事実だ。
「姉……様……?」
聖騎士の後にいたレーリアが、前に進み出ようとする。それをドMメガネ君が、「いけませんっ、お下がりください!」と腕で制した。
「姉様……っ!」
レーリアはその腕を押し退けて前に出ようとするが、他の聖騎士たちがすぐに周りを囲む。もちろん、レーリアを〝私〟から護るためだ。
「貴様……今までの呪いは……やはり貴様の仕業だったのだな! 口封じのために、大司祭まで手にかけるとは!!」
ドMメガネ君が、怒りの声を上げる。周りの聖騎士たちは抜いた剣を私に向けていた。「この、闇落ち魔女め!」と、若い聖騎士が震えた声で罵る。
「何を言うのです!!」
「聖女様は、危険ですから我らの後に!!」
「この者を捕らえよ!! 抵抗するなら、手荒なことをしてもかまわぬ。その者は闇魔術師だ!」
ドMメガネ君の声で、聖騎士たちが一斉に飛びかかってきた。
そうきたかと、私はフッと息を吐いて後に下がり、片手で魔法陣を描く。
「逃がさぬっ!!」
剣を抜いたドMメガネ君が、転移魔法の魔法陣に飛び込もうとする私に向かって剣を投げる。その剣が肩を抉り、血が頬に飛び散った。さすがは、聖騎士団長様だ。ただの変態ドMメガネってわけじゃない。
魔法陣の光に包まれる直前、私の目に映ったのは、「姉様っ!」と絶叫して手を伸ばすレーリアの泣きそうな顔だった。
ごめんね、レーリア――。
落ちこぼれで、役立たずのお姉ちゃんでさ。
『……どうして、れーりあとねえ様は、ちがうのですか?』
『え? ああ……それはね。レーリアは〝特別〟なんだよ。大切ってことだ』
『それなら、あねさまは……れーりあの〝とくべつ〟ですっ!』
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