第23話 潜伏 8

 シエラン君は私とキャンベル大司祭を、「こちらです」と救護室の地下へと案内する。細い階段を下りていくと通路が続いており、その奥に部屋がある。その入り口の前で足を止めたキャンベル大司祭が、灯りを持つシエラン君を振り返った。


「誰かが来ないとも限りません。終わるまで、見張りをお願いできますか?」

「……そうだな。君は外で待っていてくれ」

「ですが……」

 シエラン君は躊躇するように、私に視線を移す。

「そう時間はかからないさ。すぐ終わるよ。ちょっと確かめるだけなんだから」

「わかりました……そうだ。検死の報告書は置いてあります」

「うーん、君は実に優秀で気が利くな。君のような弟子を持って、先生は嬉しいよ」

「誰が弟子ですかっ!」

 むくれるシエラン君の肩をポンポンと叩いて、「じゃあ、頼んだよ」と笑った。


 彼は私に灯りを渡すと、「外にいます。何かあれば大きな声を上げますから」と言い残して踵を返す。足音が遠ざかるのを待って、私は「さて」とキャンベル大司祭を見上げた。彼はなかなかの長身だ。私の背が平均よりも若干低いせいで、そう見えるということもあるけれど。


「じゃあ、行きましょう」

「彼はあまり、頼りになりませんね……大丈夫でしょうか」

「大丈夫ですよ。ああ、見えて機転が利く男ですから」

 私はシエラン君の名誉のために、そう答えておいた。

 

 遺体安置室の中は広く、中央に寝台が並んでいるようだった。うすぼやけているが、棚や洗い場らしき場所も見える。壁からぶら下がっているのは、鎖や手錠のようだった。そのほかにも、刃物類があるようだが、それの用途については今は深く考えないでおこう。


 昔は、魔族と契約した闇魔術師が異端と見なされて尋問や拷問にかけられていた時代もあった。今でこそ禁止令が出されているが、闇魔術に対する偏見や嫌悪感といったものは残っている。とくに、聖職者にとって対局にある闇魔術は、歓迎されないものだろう。だが、光があれば影もある。影だけを消すことはできない。それが神という絶対的な存在が定めた摂理だ。だとすれば、それは受容せざるを得ない。

 

 さて、そんなことはどうでもいいとして――。

 私はシーツのかぶせられた寝台に歩み寄る。安置されている遺体はこの一体だけだ。シーツをめくって、露わとなった遺体の額部分に手を伸ばす。

 その私の手首をつかんで止めたのは、隣に立ったキャンベル大司祭だ。


「この遺体は呪いを受けています。あまり触れないほうがいい」

「そうでなんですが……あいにくと、私は片目がよく見えなくて。確かめるには触れるしかないんですよ」

 私は「ほら」と、自分の片目を指差す。

 キャンベル大司祭は「ああ……そうでしたね」と、私の手首を離した。


「では、私があなたの目となりましょう……何を調べればよいのですか?」

「まさかっ! 大司祭様にそんなことをさせるわけにはいきませんよ」

「遺体なら見慣れていますから、心配はいりません」

「ああ、そうでしょうね……教会は葬式もやっているんですから」

「いいえ、そういうことではなく。私は昔、騎士だったのです。ですから、戦場にも度々赴いていたんですよ」

「それなのに、どうして聖職者に?」

「……一度、死にかけたことがあるのです。その時に神の声を聞いたと言えば、信じていただけますか?」

「神の声ですか。さあ、私は聞いたことがないので。それに……実を言うと、信仰心は薄い方なんです。神様がいたって、一人一人の人間にかまっていられるほど、暇ではないでしょう?」

 私は肩を竦めて答える。でなければ、闇魔術になんて傾倒していない。


「ええ、そうですね……ですから、神の代わりにこの世を教化する者が必要なのです。それが己の役割と、信じたからでしょうか」

「それを否定はしません……否定するほど、この世の全てを知っているわけでもない」 

 私は寝台の周りを見回して、小さな作業台に上に置いてあったファイルに手を伸ばす。シエラン君の言っていた検死の報告書だろう。


「すみませんが、これを読み上げてもらえますか?」

 開いた報告書の文字は、ぼやけてまったくと言っていいほど読めない。キャンベル大司祭に遺体を検分させるよりはまだいいだろう。

 キャンベル大司祭は、「わかりました」と私が差し出したファイルを受け取る。


 遺体の性別、年齢、名前、外傷、死因など、細かく書かれているようだ。それを読み上げてもらう間、私は遺体の額に手を翳して目を伏せる。

 小さく呪文を唱えると、額から瘴気のようなものがゆらっと立ち上った。それは宙で炎に変わり、魔法陣の形を浮かび上がらせる。

 キャンベル大司祭も読み上げるのを中断して、驚いた様子でそれを見ていた。

 私は魔法陣に向けた片手を開く。


 黒い小さな小鳥が現れてふわっと浮かび上がり、それは魔法陣に向かって飛んで行く。魔法陣の炎がパッと散るように消えて、黒い小鳥も姿を消した。

 灰がゆっくりと散り、煙が一筋残る。

 

「今のは……?」

「術者を辿れないかと思ったのですが」

 私は「無理でした」と、ヘラッと笑った。

「そうですか……犯人に繋がるような手がかりは見つかるでしょうか?」

「さあ、どうでしょうね。なにせ狡猾な犯人のようですから。ただ、一つだけわかったことがあるんです。被害者は犯人との接点がありません。無差別に狙っているからです。では、どうやって犯人は呪いをかけるのでしょう?」

「さあ……私は呪いに詳しくありませんから。あなたはもうわかっているのですか?」

 キャンベル大司祭の声に変化はなく、落ち着いている。不自然なほどに。

 私は彼を横目で見て、寝台に片手をかけたまま微笑んだ。


「被害者との接点があったのは、最初の被害者だけです。その後の被害者は、私も含め……いっさい、接触していない。ただ、呪いをかけた時、術者はその近くにいた。少なくとも、被害者の視界に入る程度の距離には」

 レーリアと遭遇した路地の被害者男性。あの時、茶色のローブを着た男がいた。騒ぎに乗じてすぐに姿を消してしまったし、フードのせいで顔も見えなかったけれど、ローブの下から覗いていたのは、教会の聖職者が着る衣と靴だった。


 教会の関係者ならレーリアの顔は絶対に知っている。普通なら、すぐに駆けつけてきてその身を案じるはずだ。だけど、あの男はすぐに立ち去った――。

 

「呪いの発動条件は、おそらく……被害者が何かを見ること。たとえばそう、術者の目とかね」

「それは、興味深い考察ですね……ですが、その術者を特定することは難しいのではありませんか? 今回の被害者が倒れた時も、礼拝堂には多くの者がいました。もちろん、私もその中の一人です。全ての者を捜し出して調べることは困難……といいうよりもはや不可能でしょう」

「でも、方法はないわけではない……」

 私が答えると、沈黙した後でキャンベル大司祭は口を開く。


「……というと?」

「それは秘密です。呪いというのは、いずれ本人に返るものです。呪わば穴二つ……と、昔から言われているでしょう? 私が呪いを受けた時に、何もしなかったと思いますか? 私はアデリア・ブルー・ウィンダートンですよ! この私にケンカを売ったんですから。ただですむわけがないんです。地獄の底まで追いかけていって、この世に生まれてきたことすら後悔するような目に遭わせてやりますよ」

 私は片目を手でおおい、ニターッと笑った。この場に子リス君がいたら、きっとドン引きしていただろう。

 彼がこの場にいなくて本当によかった。

 私の残虐さなんて彼は知らない方がいいからね!

 

 キャンベル大司祭は「魔女が……」と、低い声で吐き捨てる。

 作業台が倒れて、ガンッと音を立てた。飛びかかってきた大司祭が私を遺体が寝かされている寝台に押さえつける。

 片腕で喉を押さえられ、息苦しさに私の顔が歪んだ。

 ようやく、尻尾を出したか――。


「聖職者が……魔族に魂を売るとは……っ!!」

 私は彼の腕を押さえながら、声を絞り出す。ああ、それとも――最初から、魔族に魂を売るために、聖職者の皮を被って成りすましていたのかな?

「君にはまったく驚かされる。あの呪いを受けてその身が無事とは……君のその右目にどんな術がかけられているのか、実に興味深い。是非とも、抉り出して調べてみたいものだ」

「私はあんたのその目の方が興味深いねっ!」

 おそらく、彼自身の目ではない。最初の被害者から奪い取った目だろう。

 そんなものを埋め込むなんて、まったく正気じゃない。

 歪んだ笑みを浮かべた彼の目の縁から、黒い瘴気が滲み出していた。目の周りに黒い筋が浮かび上がり、それは皮膚の下で蠢めいている。


 首に爪が食い込み、痛みとともに血が滲む。

「人であることもやめたのか……」

 私は哀れみを込めて呟いた。契約の主である魔族と、その目を介して意識と魔力を共有している。けれど、それだけですむわけがない。

 脳も体も、魔族に操られ、乗っ取られる。己の願いを叶えるための代償に、その身を差し出す。

 闇魔術というものは、契約と代償によって成り立つものだ――。


「いいや、違うな。私は人を超越するのだ……愚かな人間どもを教化するために、神となるべき存在が必要だろう?」

 笑いながら、キャンベル大司祭は押さえつける私の手に力を込める。

 首の骨がへし折られそうなほどの力で、私は声が出せなくなった。額から脂汗が滲み、歯を食いしばる。

 神――まったく、これだから聖職者ってやつは!


 寝台の縁をつかんでいる片手に魔力を集中させ、鋭く尖った氷の塊を生み出す。私は渾身の力でその氷の先端を彼の目に突き立てようとした。

 けれど、寸前でキャンベル大司祭がのけぞり、片手を払うようにしてその氷を砕く。


 押さえつける手が緩んだ瞬間、私は彼を力一杯蹴り飛ばした。

 こういう時には原始的物理攻撃に限る。

 彼がよろめいたすきに、私は寝台を飛び越えて反対側に逃げ込んだ。


 あいつが契約したのが、どれくらいの階級の魔族か分からないけれど、低級ではないのは確かだ。上位魔族なら手を焼くなと、私は舌打ちする。

 その間にも、キャンベル大司祭――否、だったものは常軌を逸したように笑い続けていた。


「虫ケラ如きが……我らの邪魔をするな……っ!」

 放たれた業火を、咄嗟に魔法の障壁ではね返す。その炎はシーツに燃え移り、瞬く間に寝台に燃え広がり、遺体の焼けるような臭いと煙が室内に充満した。


 私は口を袖で押さえて、すぐさま離れる。炎はまだ消えず、天井や壁、一面に燃え広がっていく。ただの炎ではない。魔族の力で生み出された炎だ。簡単に消えるわけもない。


 その炎が集まり、甲高い咆哮が響く。その炎の中から姿を現したのは、厚い鱗に覆われた魔獣だ。トカゲのような姿だが、かなり大きい。

 ルビーのような瞳で、大きく口を開き炎を四方八方に吐き出していた。

「あ、あれは……っ!!」 

 私は息を呑む。

 サラマンダーッ!! 


 きっと今の私は、涎が垂れそうな顔になっている。

 ほ、ほしい……かわいいっ。

 だって、あの伝説級の魔獣、サラマンダーだよっ!? 

 か、飼いたいに決まってるじゃんっ!!

 ああっ、あのつぶらな瞳。

 うっとりしそうになっていた私は、はたと我に返る。

 って、あやうくはしゃぐところだった――。

 熱風にさらされながら、額の汗を拭う。

 

 感心している場合じゃなく、このままでは私も黒焦げだ。

 木の寝台が崩れると、転がり落ちた遺体にサラマンダーちゃんが飛びかかる。

 一のみしてしまったその姿に、さすがに私も顔が強ばった。


「あの女の首から上は残しておけ……その目玉には利用価値があるからな」

 キャンベル大司祭はクククッと愉快そうに笑っている。

 うげっ、捕獲後にバラバラにされるトロールの気持ちが、今ようやくわかったわ。

 サラマンダーちゃんは、炎をまといながらこちらに向かって突進してくる。


 私は真顔に戻って、片手で槍を作り出す。飛び退きながらその槍を投げたけれど、サラマンダーちゃんの体は硬くて弾かれてしまう。


 ますます、ほしい――。

 生け捕りは難しくても、あのサラマンダー皮だけでも手に入れたいっ! 

 きっとすばらしいバッグに――じゃなくて、いい防火素材になるだろう。それに研究のしがいもある。


 私が詠唱を唱えると地面に魔法陣が浮かび上がり、サマランダーもろとも地面が凍りつく。だけど、足止めできたのは数秒だけ。やはりこの程度の術じゃ、サラマンダーの業火には対抗できない。氷が罅割れて、あっという間に溶けてしまった。


 ふーむ、なかなか厄介だな。そう思って対策を練っていると、サラマンダーの咆哮が響く。炎と熱風に襲われて、咄嗟に身を庇った。

 

「……アデリア様……っ!!」

 通路の方で声がして、ハッとする。シエラン君がギョッとしたように入り口に立っていた。どういう状況か飲めないのだろう。

 口を開こうとした彼に、キャンベル大司祭が無造作に片手を向ける。 

 まずいっ!!


「シエラン君、離れろっ!!」

 叫んで彼に向かって防御壁を作ろうとしたが間に合わなかった。

 シエラン君は弾き飛ばされて、石の壁に叩き付けられる。

 私は飛び出し、彼に駆け寄った。

 崩れ落ちる彼の口から、血が溢れ出す。全身、切り傷だらけになっていて強打したらしい後頭部からも血が流れ落ちている。

 息はあるけれど――意識は失ってしまっている。

 頭に触れた私の手が血で濡れていた。


「できれば秘密裏に進めたいと思っていたのだが……そうもいかなくなったようだ。まったく、残念だよ。君さえ王都に来なければ、もう少し順調に進んでいたものを」

 ゆっくりと歩み寄ってくるキャンベル大司祭の気配に、グッと唇を噛んだ。

「あんたの計画など……知ったことか……」

 私は腹の底から怒りを感じて、声を絞り出す。

 赤く染まった手を握り締めてゆっくりと立ち上がった。


「目撃者がすべていなくなれば、 誰の仕業かなどわかりはしないだろうがね。あとしばらくは、まだこの体に用がある……我が主は君の妹をご所望なのだ」

 なるほど――聖女を〝花嫁〟として、魔族に献上するつもりか。それなら、なおさらこいつを野放しにしておくわけにはいかないな。

 私は血で濡れているシエラン君の頬に手を添える。


「すまないな……君をこんなことに巻き込んで……」

 小声で呟くと、わずかにシエラン君が目を開いた。

 その唇がわずかに動く。すぐにむせるよう、血を吐いていた。

 私は地面に広がる血で、魔法陣を描いていく。


「逃がすものかっ!」

 キャンベル大司祭は、その魔法陣が転移魔法のものだと気付いたのだろう。すぐにサラマンダーをけしかけていた。

 迫る炎の熱を背中に受けながら、私は詠唱を短く唱える。


 魔法陣の放った光に、シエラン君の体が包まれる。

 その光が消えた時には、シエラン君の姿はそこにはなかった。

 転移先はレーリアの寝室に設定した。

 きっとレーリアなら、状況を察してくれるだろう。 

 聖女様の癒やしの力なら、大丈夫――シエラン君も助かる。

 

 私は振り返り、片手を振って迫る炎をかき消した。

 炎の中でこちらを睨んでいるキャンベル大司祭と向き合い、薄く笑う。


 さて、遊ぼうじゃないか――。

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