「ずばり、AV(アニマルビデオ)の撮影!」



「……は!? AV(おピンク系妄想爆裂映像販売物)の撮影ですって!?」



 有り得ない単語(実はそうでもない)が飛び出し、妹のまといは混乱した。


 姉・はるかの口から、年頃の乙女の口から、堂々と飛び出してきて良い話題ではないからだ。




(ちょちょちょ! え!? ちょ!? どういう事!? AVの撮影って、そんなの有り得るの!? あたしら姉妹、まだ未成年よ!?)



 そう、この姉妹は未成年。


 高校2年生と1年生、17歳と16歳のコンビだ。


 まかり間違っても、スケベな方・・・・・のAVの撮影など、有り得ないのだ。



(おおおおおおおおおお、落ち着け、あたし~。何かの間違い! そうこれは何かの間違いに違いないわ! いやまあ、売れないアイドルが闇落ちしちゃって、そっちに流れるって話は聞くけどさ、事務所に見切り付けられるの、いくらなんでも早くなぁい!?)



 顔は一応の平静を装っているが、動揺はプルプル震える手から発せられる。


 どう考えてもおかしな仕事であり、しかも、姉の方はノリノリだという態度が、妹には解せなかった。



(そもそもの話、あれじゃん! あの手の物って、未成年は出演不可だよね!? 法律に引っかかっちゃうよね!? ……あ、あれか、ちょいと小耳に挟んで聞いた事のあるやつ、“ウラモノ”ってやつか!?)



 芸能界の闇は深い。


 おピンク系統の映像物が売られていると言っても、それは“適法”の範疇での話。


 それらをはみ出した違法映像物、“裏ビデオ”あるいは“ウラモノ”と呼ばれる存在がある事も、なんとなしに知っていたのだ。



(未成年のAV出演なんて、完全に違法行為! つ~か、なんて仕事引っ張って来てんのよ、プロデューサーは!? そうまでしなきゃ、ここの事務所の売り上げ悪いんか!? あたしら姉妹、人身御供!?)



 表情は取り繕えども、身体の方は正直だ。


 汗はドバドバ出るし、手足の震えは止まらない。


 そんな妹の態度に、姉は怪訝に思う。



「ん? まとい、やっぱ気が進まない!?」



「進んでやる方がどうかしてるよ、お姉ちゃん!」



「あ~、纏は(犬派で猫は)苦手だもんね~。私は大好きなんだけど、ナデナデするのが」



「だ、大好き!? ナデナデ!? お姉ちゃん、まさかすでに経験済み!?」



「(猫派だから)そりゃそうよ」



 よもやの事態に、妹は愕然とする。


 “奇麗”だと思っていた姉が、まさかの経験済みであったなど信じたくはなかった。


 しかも、そんな恥ずかしい、あるいは闇深い話をしているであろうに、姉の方はあまりにも堂々としている。


 なんということであろうか、“場数の違い”を思い知らされた感覚だ。



「まあ、何事も経験だよ~。これもきっと今後に活きるから」



「活きる!? AVの撮影が!?」



「そうそう。クライアントからのお仕事はきっちりこなさないとね~」



 ここで、妹はピンときた。



(クライアントからの依頼……、“ウラモノ”のAVの撮影……、そうか、これは話に聞いている“枕営業”ってやつか!)



 違法な映像物を撮影し、それをこっそりどこぞの依頼主がお楽しみ。


 そう考えると、有り得なくはない・・・・・・・・


 問題があるとすれば、こうした話を姉の方がすでに経験済みで、色々とこなしてきたという点であろう。



「まあ、まといは(猫が)苦手かもしれんけど、そこはそれ、私がちゃんとリードしてあげるから」



「り、リード!? お姉ちゃんがあたしを!?」



「可愛い猫ちゃんを撫でるだけだし、(犬派であろうとも)何も怖くないよ」



「ね、ねこ……」



 姉の言葉に妹は愕然とした。



(クッ……、何て事だ! お姉ちゃんの会話から察するに、クライアントの依頼は『姉妹百合もの』の撮影! おまけによりにもよって、お姉ちゃんがあたしをあろう事か“受けねこ”呼ばわり!? そんなのは認めない! 姉妹百合は『妹攻め・姉受け』こそが至高! 異論は認めないから! クライアントの依頼と言えども、その真理・・だけは歪める事を断固拒否する!)



 それは妹サイドの“趣味”、あるいは“思想”に反する。


 姉妹百合、それはよいとしても、立場が逆でなくてはならない。


 “姉攻め・妹受け”など、断固として拒否の構えだ。



(そう、そんなのダメ! 受けねこはお姉ちゃんで、攻めタチはあたし! それじゃなきゃヤダ! ヤダヤダヤダ!)



 妹の頭の中にではおピンク妄想が疾走オーバードライブしている。



(そう、普段寝ているベッドにお姉ちゃんを押し倒して、『フフッ、このベッドを使う度に思い出すほどに、可愛がってあげるから♡』とか耳元で囁いた後、全身くまなくナデナデして、『やっぱりあたし達、姉妹だね。気持ちいいところ一緒だよ♪』とかぶちまけて、目からハイライトが消えるまでねっとりたっぷり愛撫して、モゾモゾ逃げようとするところをさらに追撃! ……コレ! コレやりたいの!)



 獲物を見定めた肉食獣のごとく、思わず口の端を吊り上げてニヤつく妹だが、姉は捕食の危機にある事に気付いていない。


 むしろ、妹が笑顔になったので、仕事に前向きになったと判断する始末だ。



「そうだ、まとい、撮影前に練習でもしておく?」



「れ、練習!?」



「ほら、纏って(犬派だから)猫には慣れてないでしょうし、ちゃんと撫でる練習しておかないと、嫌われちゃうよ?」



「いや、撫でられるのは受けねこでしょ?」



「そうだよ。猫を可愛がるお仕事だからね。撫でる時は繊細にしないと、気持ちよくなれないからね。ちゃんと上手に撫でれたら喜んでくれるし、練習はしといた方がいいよ」



「……………!? 撫でるのは(攻めタチの)お姉ちゃんじゃないの!?」



「何言ってるのよ。猫を撫でるのは私達姉妹よ。私達が猫を可愛がる画が欲しいみたいなのよ」



「お姉ちゃん、そうなの!?」



 想定外の事態に、混乱に拍車のかかる妹。


 全力で頭を回転させ、答えを求めた。



(よもや、あたしとお姉ちゃんの“ダブル攻めタチ”で、他の“受けねこ”を可愛がるパターンだったとは!)



 しかし、ここで妹の頭の中に懸念がよぎる。



「ねえ、お姉ちゃん、その仕事って他の人も呼ばれてる?」



「この事務所からは私達だけだよ。二人に回したって、プロデュースさんが言ってたし」



 その回答は妹を安堵させた。


 目の前の“標的あね”であれば、いつでも喜んで襲いかかる。


 隙あらばと、虎視眈々である。


 今も、昔も、これからも、だ。


 しかし、同じ事務所の、他のユニットメンバーを可愛がる・・・・のは、さすがに気まずい。


 それが回避されたのは、安堵すべき事であった。



「あとさ、猫はたしか五匹だったと思うよ。頑張ろうね」



「そんなにいるの!? それをあたしら二人で可愛がれと!?」



「前に行った時と、数が変わってなかったらそうだよ。でも、大丈夫だよ。みんなしつけが行き届いていて、割と大人しくて懐っこいし」



「し、しつけぇ!?」



 さらなる情報は妹の頭を爆発させた。



(くっ、まさか、“調教プレイ”までインストールしてる上に、タチ1ネコ5の“乱交プレイ”まで経験済みとは! お姉ちゃん、どこまで進んでるのよ!?)



 なんだか置いてきぼりにされた気分を味わった妹であるが、それが100%誤解である事には、毛ほどもない事を感じていなかった。



(いや……、これはむしろチャンス! 乱交状態にかこつけて、お姉ちゃんに襲いかかる好機! 不意を打ってお姉ちゃんを撫ですかし、周りの受けねこ達と組んず解れつ! お姉ちゃんが経験豊富であっても、これなイケる!)



 “反転攻勢リバースあり”の文字が、妹の頭を占め、いよいよ欲望を抑えきれなくなってきた。



 しかし、次の姉の言葉が全てを台無しにした。



「あとさ、撮影は社長宅でやるって」



「……は?」



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