まといは激怒した。


 必ずや邪智暴虐の社長を除かねばならないと。


 まといは芸能事務所の経営など分からぬ。


 しかし、それだけにアイドルじぶんの撮れ高には人一倍敏感であった。



(今回の仕事、黒幕は社長かぁぁぁ!)



 妹は心の中で大絶叫。


 姉のはるかから聞いたAV撮影の仕事。その裏事情を知り、これは決してあってはならない事だと、強く感じるのであった。



(アホか! 可愛い女の子が組んず解れつするからこそ、画に無限の可能性と価値が生じるのであって、その百合の空間に異物おっさんが混じるなど論外! 百合に挟まる男は、すべからく排除すべきだっての!)



 理想を言えば、姉のはるかを前後不覚になるレベルにまで可愛がりたいが、他所から“受けねこ“を連れてくるのは、百歩譲って認めることはできる。


 そんな百合の咲き乱れるおなご・・・の園に、刺だらけの“薔薇よけいなもの”が入り込むなど、あってはならない。


 オヤジ臭漂う発光体・・・なんぞ、当然ながら断固拒否だ。



(社長、あんたはあたしを怒らせた! その罪は海よりも深く、マグマ煮えたぎる程の憤りを感じる……。“有罪か無罪かギルティ・オア・ノットギルティ”などと生易しい事は言わない! あんたに捧げる言葉はただ一つ、“有罪か重罪かギルティ・オア・もっとギルティ”よ!)



 心の中に刃物を仕込み、社長をボコる事を決意する。


 なにしろ、相手は紛う事なき重罪もっとギルティという事は、確定的に明らかなのだから。



(社長、あんたは分かっていない……、分かっていない! そもそも異性愛ノンケには純真さがない! 色恋の純粋な形とは、同性愛ホモ・オア・レズに他ならない! これは例え、お日様が西から昇って東に沈む事があろうとも、絶対、絶っっっ対、大宇宙における究極で完璧な法則だぁぁぁ!)



 もう止まらない。


 妹の熱量はいよいよ危険な領域へと突入する。



(耳の穴かっぽじって、よぉく聞け、ハゲ散らかした珍チンパンジーめ! 同性愛と異性愛の差はなんだ!? それは“連結箇所”の相違に他ならない! 異性愛は“穴と棒”で連結するのに対し、同性愛は“魂と魂”によって結ばれている! それこそ、究極の愛の形だ!)



 止まらない。どうにも帯びた熱が鎮まらない。


 目の前に姉がいなければ、感情をぶちまけ、壁にでも拳を叩き込んでいるだろう。


 自制の要因は、あくまで姉がそこにいるからなのだが、姉が目視できない心の内は、もはや暴風に等しい荒れ模様だ。



(同性愛こそ究極の愛である事は、すでに古代ギリシャで証明されている! そう、最強の男達、英才教育スパルタの語源にもなった都市国家スパルタの戦士団すら倒したのが、テーベ神聖隊テーバエ・ヒエロス・ロコスよ! 神聖隊は数こそ三百人程度の少なめの部隊だけど、その構成員全員が同性愛者だという事! 少年愛者である半人半神の英雄ヘラクレスの恩寵を受けしテーベの戦士達! 愛する人(♂)同士が鎖で繋がれ、戦場では決して離れず、片方が盾を、もう片方が剣を持ち、二人並んで戦い抜いた。彼らは決して下がらない。なぜなら、愛する者がすぐ隣にいるからこそ、無様を晒すような真似は決してしない! 互いに守り合い、そして、敵を屠る! まさしく愛(♂×♂)! 完全で究極の完成された“エロス”! ……って、学校の歴史の先生が言ってた!)



 授業はちゃんと聞いておくものだ。


 知識と言うものは、必ず血となり肉となり、知識を得た者を守る。


 無知は罪であり、罪を免れたくば学ぶより他になし。


 なお、妹の知識には偏りがあり、それゆえの偏見、偏狭も度し難いものであるが。



(そう、かつていたとされる神聖隊、まさに今現在の私だ! お姉ちゃんがすぐ側にいるからこそ、一生懸命歌えるし、踊れるし、臭い男共に笑顔だって振り撒ける! それはお姉ちゃんがいるから! そりゃ、『一緒にアイドルやろう!』なんて言われた時は、どうしようとは思ったわよ!? でも、お姉ちゃんがそう言うならって、一緒にユニット組んだわよ! お姉ちゃんと一緒なら、なんだってできる! むほぉ~、たまらん! 辛抱たまらん! あのスベスベお肌の可愛らしいお姉ちゃんにチュッチュしたい! スリスリしたい! むしろ、食べちゃいたいわよ! 可愛いは罪! 当たり前よね!?)



 もはや一度芽生えた肉欲は抑えきれない。


 何しろ、欲して止まない愛する者は、目の前にいるのだから。



(だがしかし、社長! あんたには失望したわよ! 『シスター☆クエスト』は姉妹だけで編成された、純真で、純粋な、姉妹の恋愛を具現化させた、究極の愛の形を示す場所だと思っていたのに……! あれか!? 育てたアイドルを食っちまおうって言う、低俗極まる発想の発現か!? そりゃ、お姉ちゃんは可愛いし、萌え豚どもがすり寄って来るのも分かる! でも、偶像アイドルは決して汚さないし、汚してはならない! “男”などという汚物は金だけ落として近寄るなって考えてるわよ! しかし、すでにそんな悪魔の魔の手がお姉ちゃんにすり寄っていて、しかもすでにお手付き・・・・していただと!? 許せん! 絶対に許さない! 排除! 排除! 汚物は排除! 汚物は消毒だぁぁぁ! 焼き尽くしたい、何もかもを!)



 被害妄想もここまで来れば、むしろ清々しいレベルではあるが、当の本人は正当な権利としか思っていない。


 顔にこそ出してはいないが、すでに頭の中は『社長、許すまじ!』の文言で埋め尽くされていた。



(これは大仕事になる。今までにない規模での、超絶殺戮劇になる。近寄る男共を問答無用で薙ぎ払い、血だまりに沈めなければ……。かつて人類史上で類を見ない凄惨な粛正劇が繰り広げられる事でしょうが、お姉ちゃんを救うためだもの。オリンピックで使われる大型競泳用プール三杯分くらいまでの流血であれば、神様だって許してくれるわよ! ヘラクレスよ、我に加護あれ! ……って、ヘラクレスは半人半神だったわ。んじゃ、ゼウスか? それともアフロディーテかな、お祈りする先は? とにかくお願い、愛する者の守護神よ、オリンピアの神々よ、どうかお願いします!)



「あの、まとい?」



「はひぃ!?」



 自分の世界で爆走していた妹も、姉の一言で現実へと逆戻り。


 危うく感情の渦に飲み込まれそうになっていたが、どうにか立ち直れた格好だ。



「お、お姉ちゃん、何!?」



「いや~、なんか思い悩んでいるみたいだったから、仕事断る?」



「いえ! むしろバッチコ~イです!」



「良かった! (犬派だから)猫が苦手かと思っていたど、大丈夫そうね」



「(妄想の中で受けねこは)やった事ないけど、多分大丈夫だよ!」



 なお、性的な経験値はゼロであり、あくまで妄想の中だけのお話だ。


 その無意味な自信も、妄想の中で姉を万回は犯している、事に起因する。



「お姉ちゃん、やっぱりさ、練習とかした方がいいかな?」



「練習? ん~、まあ、触り方一つで気持ちよくもなれば、怖がられて逃げる場合もあるし、初心者はちゃんと“心得”くらいはやっといた方がいいかもね」



「き、気持ちよく……」



「上手く触るとさ、もっとナデナデしてって、喜ぶんだよね。そうなったら、向こうからすり寄って来るわよ」



「ほ、ほほう。さすがはお姉ちゃん、経験豊富なのね……」



 やはり姉は手強いと、妹は強く感じたが、すでに引き返す事はできない。


 なにしろ、撮影の依頼が来て、しかも姉はやる気満々と来ている。


 ここで自分だけ下がってしまうのは、あまりにも無様。


 それこそ、“神聖隊”失格の烙印を押されるに等しい。


 これ以上になく恥ずかしい行為であり、それに比べればAVの撮影なんぞ、児戯にも等しい。



(お姉ちゃんの期待を裏切るわけにはいかない!)



 これに尽きる。


 これが行動原理であり、成すべき事なのだ。



「それじゃ、まとい、プロデューサーさんが戻るまで少し時間あるし、練習しよっか」



「ちょ! お姉ちゃん、まだ外、明るいよ!? 真昼間っからやっちゃうの!?」



「…………? そりゃそうよ。夜なら猫ちゃん、寝ちゃうじゃない。昼間の方が活発なのよ。それに、場所は近所の公園だし」



「公園!? すでに、スタンバってたの!?」



 まさかの準備の良さに妹は絶句。



(くっ……、ここまで用意周到とは! まさか、お姉ちゃん、私がお姉ちゃんを食べようとしていたように、お姉ちゃんも私の熟れた体を求めて!?)



 そうなれば、まさに万々歳。


 相思相愛、究極で完全な姉妹へと昇華する道筋が出来上がったと言えよう。


 しかし、そこに巨大な壁が立ちはだかる。



(ならば当然、お姉ちゃんは『我こそは攻めタチなり!』で来るはず。しかし、何度も言うように、私が“攻めタチ”なんだからね!)



 ここだけは譲れない一線。


 姉は可愛がるものであって、可愛がられるものではないというのが持論である。


 経験豊富(と勘違いしている)姉に対して、ちゃんとやれるかどうかは当然ながら未知数だ。


 しかし、引き下がるという選択肢はない。



(やってやろうじゃないの! お姉ちゃん、見ててね! 今日私は大人の階段を登り、お姉ちゃんのいる高みを、更に飛び越えてみせるから!)



 覚悟完了。


 頭の中に『想い出がいっぱい』をフルボリュームで響かせながら、いざ決戦の地へと向かう姉妹であった。


 なお、誤解は一瞬で溶けた。

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