Ep0.
「ちょっとあんた、卒業する気あるの?」
「・・・」
私自身知らないことが尋常でないほど多く、周囲を質問の渦に巻き込み困惑させていただけに、題材となるであろう疑問は五万と浮かんできた。「壱足す壱が弐になるのはなぜか」や、「なぜ人は生きるのか」、「普通とは何か」、「結局一番しか受け入れられないのはなぜか」、「なぜ洗濯物は乾くのか」など。しかし、その五万とある選択肢の中にファッションに関する疑問は一つもなかった。せっかくファッションを専攻しているのだからファッションに関することを書くのがいいのではという意見もあり私もそれに賛同した。賛同したはいいものの、疑問がわいてこない。ファッションに関しても同様知らないことしかないはずなのに。
途方に暮れていたわたしは、どうしたものかと漫画のように寝そべりおせんべいをバリバリと頬張りながら誰かが録画したのであろう番組をぼーっと眺めていた。
そこでは建築現場で働く人のファッションについてやっていた。
建築現場(鳶職)といえばニッカポッカだ。頭には鉢巻かタオルを巻いて、耳には鉛筆が乗っている。そしてぴっちりしたトップス(野球部のインナーみたいなやつ)にフィッシングベスト、そしてニッカポッカを合わせて足袋を履く。まさにステレオタイプなスタイリングである。
しかし最近ではそんな典型的(ステレオタイプ)な服装の人を見なくなった。反感を買う言い方になるかもしれないが、鳶職(鳶工)にもファッションの流行はあるらしい。
しかし、最近の建築現場でニッカポッカを見なくなった理由は、流行とは関係ない。
そもそも建築現場の人たちがニッカポッカを履いていたのは、ニッカポッカの膨らんだ部分が飛び出た釘や木のささくれに引っ掛かることで粗が分かると共に、自分自身の足より先にニッカポッカが当たるため怪我を未然に防ぐことができるからである。また、ニッカポッカを履くことによってバランスを取りやすくするほか、足元を厳かにしない、足元に注意を促すなどのリスクヘッジとも言われている。
そんなこんなで定着していたニッカポッカ。その、完璧な仕事をするからこそカッコよく見えるニッカポッカを、近年ではただの服のカッコ良さだと勘違いした若手(新人)が身に付けるようになっていた。その結果事故が多発。そのあえての裾の膨らみがあだとなるようになってしまったのだ。その後ニッカポッカを禁止する建築会社が増え、ニッカポッカは表舞台から姿を消すこととなった。(ちなみにベテランはまだ履いているらしい。)
話をテレビの流行に戻すが、ニッカポッカが禁止となった今、建築現場ではデニムのセットアップが流行っているらしい。動きやすさは勿論、通気性や耐久性を完備した体にフィットするセットアップ。そこに安全靴、ハーネス、腰袋を装着する。確かに最近の建築現場ではこんな感じの服装の人をよく目にする。作業着にもブランドが存在する。私が知っている作業着のメーカーは、寅壱とSK11(エスケーイチイチ)しかない。少なっ!と思った人もいるかもしれないが、正直いうと以前ワークマンで購入した服のタグを確認し、あぁと思っただけなのである。この話をするにあたってすごく重要だとは思うのだが、テレビの中で若者が言っていたブランド名は覚えていない。番組名すらも出てこない…。
ふぅ~んとは思いつつ私は変わらぬ体制でテレビを眺めていた。
後ろで掃除機の音が始まる。
普段なら怒筋が出るほどテレビ時間を邪魔されるのが嫌なのだが、この時はどうでもよかった。
気づけば、家族の足音や話し声、ドアを開閉する音、車が走り去る音、猫の縄張り争い、カラスの鳴き声、時計の音、隙間風の音、これらがテレビの音を打ち消していた。そんな生活音や環境音の中に埋もれていたテレビの声がとある瞬間今度はそれらの音をテレビの音が打ち消し私の耳に飛びこんできた。私はそのテレビの声に釘付けになった。
「○○っていうブランドがあるんですけど、これです、これ。
これ買って揃えたくて、これ買えたら一人前って感じっすね!」
…………ん?
私は、芯径0.02㎜の芯先でチョンッとしたかのように目が点になってしまった。
リモコンを片手に私の脳は思考を停止した。
「…………おいっ……おい…………おーーーい、おいってば。おい、ガキ」
ふと我に返る。
「みんならけせよーー、電気代もったいないんだから」
…………
「おいっ、おい、聞け!ガキ!」
「……お?…………おぉう…………」
一応ある程度の正気を取り戻しテレビに目を向けた。
番組は終盤を迎え、天気予報の画面が映し出されていた。
我を取り戻し、姿勢を正す。覚悟を決め、私は巻き戻しボタンに指を置いた。
いざ、勝負! (誰と戦うわけでもないのだが、私にとってはそれぐらいの気構えが必要な出来事なのだ。)
十九分五七秒。
ふぅーっと一呼吸置き、再生ボタンを押す。
「建築現場といえばニッカポッカですがどうですか?」
「そうっすね(笑)でも俺たちんところ危ないからってニッカポッカ禁止なんすよ。」
「あっ!そうなんですね!知らなかったです!」
「そうなんすよ(笑)なんで今はデニムのセットアップが流行ってて、」
ここまでは何ともないインタビュー映像である。
「へぇそうなんですねー! なんか昔よりスタイリッシュですよね。動きにくかったりしないんですか?」
「あぁはいっ! デニムって言っても伸縮性?っていうんすかね、めっちゃ動きやすいっすね。」
「そうなんですね!」
「あっあと、○○っていうブランドがあるんですけど、これです、これ。これ買って揃えたくて、これ買えたら一人前って感じっすね!」
先ほどの強烈すぎる一撃のおかげで免疫ができたのか、意気阻喪的事態はなんとか回避できた。
そんな一つ成長したであろう脳みそを使い思考を巡らせる。
この少年は何を言っているのだろうか。なぜこれが買えたら一人前なのだろうか。私も買えば一人前なのだろうか。金銭的余裕のある人は今日にでも一人前になれてしまうということなのだろうか。
それとも私の受け取り方が間違っていて、これを買えるくらい稼げるようになったら、また、すべて揃う頃には一人前という意味なのだろうか。
この発言が前者なのだとしたら私にはまとめの言葉が出てこない。しかし後者なのだとしたらこのブランドの物を買いそろえることが彼にとって一つの目標や節目になっているということである。
私の身の回りに、ブランド物が好きな人や好きでない人、アンチ的な人、宗教的観点から選ばない人・選べない人、動物愛護の観点から選ばない人はいるのだが、ブランド物を買うことを一つの目標としている人は今の段階では存在しない。
初めての感覚に戸惑いながらも、新種の虫を探し当てた昆虫博士のように、誰も見つけていない新たな惑星を探し当てた宇宙物理学者のように、人類を救う新たな細胞を発見した医学者のように、私の心はひどく高揚していた。
こんな私の高揚感をしり目に誰かが話しかけてきた。
「なぁ、さっきからポカーンってあほみたいに口開けて何なの?かと思ったら今はニヤニヤしてるし。怖いんだけど…………。ってかテレビ変えていい?」
恐る恐る窓ガラスの自分と目を合わせる。さっきまでの高揚感が一瞬にして消え去り、チャッキーを見たかのような尋常ではない恐怖に襲われた。私は静かに自分と目をそらし、表情筋をすぐさま元の位置へと戻した。
「どうぞ。」
「おぅ…………どうも。」
結局本当の言葉の趣旨というものは分からないままだったのだが、私の心が高揚していることに変わりはなかった。
「なんだったん?さっきの怖すぎる現象は?」
「ううん、なんでもない。」
「いや地味に話かみ合って無くない」
「そうかなぁ」
「もういいわ、はよ寝ろ。」
「はーい、おやすみー」
「あっ明日寒いっていうから毛布出して掛けてる毛布敷いてあったかくして寝ろよ」
「はーい、ありがとう、おやすみー」
「おやすみ」
この新感覚がきっかけとなり、形のなかったものに「なぜ人はブランドを欲しがるのか・選ぶのか」という題名がつき、少しずつ形あるものへと変わっていくのだ。
なぜ人はブランドを選ぶのか 纞 @__x3X_____
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。なぜ人はブランドを選ぶのかの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
越痴園随筆/黒石廉
★21 エッセイ・ノンフィクション 連載中 90話
自分語り/軟体動物
★30 エッセイ・ノンフィクション 連載中 204話
ハヅルの酒の細道/羽弦トリス
★9 エッセイ・ノンフィクション 完結済 19話
【蕣より思う】/文屋治
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 7話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます