其の六

          壱


 村で初めて、おんまつりが開かれることになりました。

海辺の村からも手伝いの人達が来てくれて、あれこれおそわりながら準備をします。


海辺村人たちがここへ来る道中、道に迷った女の子を見つけて一緒に連れてきていました。

この子は自分の事も何も覚えてないらしく、天柱山の途中にある洞窟の所に座っていたそうです。

旅の仲間とはぐれたのか、どこかで頭でも打ったのか分かりませんが、身なりはちゃんとしています。

その子を見たとき、桃子は驚きました。


彼女は鬼の村のオンノコです。

あつらえられた着物には、あの子の大好きな花模様がたくさん縫い込まれてありました。


女の子のそばに来て、桃子は手をとって声を掛けます。

「自分がどこにいたのかも、全く思い出せない?」

女の子は不安そうに首を縦に振ります。

「大丈夫だよ。少しずつ思い出せるかも知れないし、ここで思い出せなくてもあなたはあなたよ。この村も隣の村も、みんないい人ばかりだから、大丈夫」

「あ、ありがと…」

桃子は彼女の着物に触れました。それは間違いなく、桃子が結ってもらった着物と同じ手触りです。

「花が、大好きなんだね」

「うん。ずっと花が見たくて、それで出かけた様な気がするんだけど…。あの…」

「ん?」

「あの、よく思い出せないけど、あなたの事、初めて会った気がしないの。…変かな」

桃子はにっこり微笑んで言いました。

「変じゃないよ。私も、同じ様に思っていたから」

桃子の優しい言葉に、女の子はやっと少し安心した様に微笑みました。




――鬼の村――


「人間になる代わりとして何かを差し出さねばならぬ掟とは言え、ここの記憶を全て消すというのは酷な事じゃった。しかし、無事に出会えて良かったわい。お前さんの娘っ子もよう気付いてくれたのう。これでわしも少し安心じゃ」

3本角の鬼の村長は鬼のお母さんに言いました。

「桃子なら必ず気付いてくれると思っておりました。あの子の記憶が無い事の理由も、きっと察してくれるでしょうと。それに、これから人間になる子の寿命を縮める訳には参りませんし…人間として生きるのであれば、ここの記憶が残っておらない方がいい。そう、お考えになられたのですね」

村長は「察しておられたか」と笑顔で頷きました。

「それにしても、誠に大したお子じゃ。幼くして天柱山まで登り、そうして随分長いこと途絶えとった村と村を繋ぎおったわい。まさか鬼祭りまで村に寄せるとはのう」

「本当に。これから人間たちの暮らしが楽しみです」

村長は独り言のように、

「…いずれこの鬼たちと人とが、また繋がる日が来るやもしれんなぁ」

と呟きます。

その言葉に鬼のおっ母さんも微笑んで、何度も頷きました。




          弐


今夜はいよいよ、村で初めての鬼祭り。

これには更に特別な意味が込められていました。

村で新しく夫婦(めおと)になる若い二人の、お祝いの宴です。

そして桃子が、ひとりぼっちでここに来た女の子を迎える歓迎の宴にもしたいと申し出て、村人みんなでそれに賛成しました。



今、桃子は彼女と一緒に大坊さまのもとに来ています。

大坊さまは随分長いことお考えになっておられましたが、やがて

「う〜〜ん……、うん、うん…。

野の花。ののかっちゅうのはどうじゃろうの」

と二人に、特に女の子の方を見て言いました。

「花の名にはそれぞれ言葉の意味があってのう。野の花の言葉の持つ意味は、上品な美しさ、素朴な愛、などなどじゃ」

「素敵……」桃子は思わず口にして女の子を見ました。彼女もとても嬉しそうに

「素敵なお名前を、おありがとうございます」

と座ったまま床に頭が付くほどお辞儀をします。

「これこれ、そんなにたいそうにせんでも良いわい。名前が無いと可哀想じゃと桃子に言われて、わしも確かに困るのうと思うて頼まれただけじゃて。しかしまぁ…われながら良い名じゃと思うわい。ののかや、これからそなたは名の通り、素直に自然に生きてゆくが良いぞ」

「はい。ありがとうございます。大切にさせて頂きます」

ののかと一緒に今度は桃子もしっかりと頭を下げました。

「ふぉっふぉっ。ささ、鬼火炊きの前に宴の支度も出来おる頃じゃろうて。そろそろ皆の所へお行きなされ。わしゃあ足が言う事をきかんもんじゃから、ここでしっかり祝わせて貰うでの」

「はい。ありがとうございます」

桃子とののかは手を繋いでお寺をあとにしました。


「ほんに。神様の様な子じゃわい。……神様と鬼様が、手を繋ぎおうとる」

二人の後ろ姿を見送りながら、大坊さまは嬉しそうに目を細めました。




「さあ風太、まずはこれだべなぁ!」

おじさんが、持ってきたお酒を風太の前に差し出します。

「まぁまぁ、あとで大事なお役目があるからほどほどにねぇ」

村の男衆に囲まれて、風太は伝統の盃を手にしました。

結びの日にだけ用いられる特別な盃です。

「美味すぎて飲み過ぎそうになったら、どなたか止めて下さいましね」

風太の言葉がみんなの大きな声な笑い声を誘いました。


「まったく、男ってなどうしてこうどいつもこいつも変わらんもんかねえ。村が違ってもみ〜んなおんなじだ」

手伝いに来てくれた海辺の村の女将さんが困った顔で笑います。

「ほんとうだねぇ」

風太のお母さんも嬉しそうに笑いました。


おなご衆たちはみんなで宴の用意をしたり、桃子のお化粧などをしてくれています。

男衆たちが総出で造った大鬼火炊きは、見事にそびえ立ち、その火が入れられるのをまるで今か今かと待っているようでした。




          参


白無垢に身を包んだ桃子は、それはそれは美しい姿でした。

おっ父さん、おっ母さんが揃って涙を流しながら眺めています。

ののかは、桃子がまるで古い友達の様な不思議な感じでした。

 かけがえのない親友で、恩人の桃子。

その彼女の幸せそうな笑顔に、ののかまで涙が堪えきれませんでした。


お酒が入ってすこし赤ら顔の風太も、袴を立派に着てシャンとしています。

ひとり親の風太のお母さんもまた、我が子のたくましく成長した姿に、そして桃子というとても素敵な女の子にお嫁に来てもらって、喜びと感謝の気持ちでいっぱいでした。

風太のおとっつぁんもきっと近くで見守ってくれてるに違いない。そう思いました。




祝儀が無事終わり、いよいよ鬼火に火が灯されます。

パチパチとあちこちで音をたてていた火は、やがて組まれた木と竹を大きく包む炎となり、村のみんなと海辺の村の人々も向こう村の人たちもみんな一緒になって手を取り合い、火を囲んで舞を舞います。

ののかはこの様子にも嬉しくて涙が出ててきます。

 いらっしやい、よく来たね。

みんなにも鬼火の炎にもそう言われているような、いえ、確かにそう言ってくれてる様な、そんな気がしました。




鬼火が収まり、待ちに待った焼きものが始まります。

祭りの途中でもみんな少しは食べていましたが、お目当ての海の幸と猪のお肉のためにお腹を空けておきました。



この村に、こんなにもたくさん人が集まって、そして賑やかに呑んで食べておしゃべりしている。


桃子はいつの日か憧れていた目の前の光景に、そしてとなりに座ってそっと手を握りしめてくれた風太に、幸せで胸がいっぱいでした。

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