其の五

          壱


「皆さん、どうもありがとうごぜえました」

「たくさんごちそうになりました」

「いんえ〜何のお構いも出来んと。またいつでもいらしてくんせえな」

三日間も居させてもらい、初めて海に降りて触らせてもらったり、冷たい塩水を舐めてみたり。風太は若いお兄さんに狩りのやり方を山で教わったり、おっ父さんはちょっと遠いけど良い呑み仲間が出来たり。

これ以上ないほどに充実して、貴重な経験ばかりでした。

その上お土産に海の幸まで持たせてもらって、桃子たちは何度もお礼を言いました。


「本当に、ありがとうございました。皆様の事、鬼の神様の事、他にもたくさんのお土産話を、村に戻って皆にも話して聞かせたいと思います」

桃子は長老様の近くに行って伝えました。

「どうか皆さんも、うちの村にも遊びに来てください。山ばかりで珍しいものはありませんが

。それから、きっとまたここに来ます。今度は一人でも大丈夫そうだから」

それを聞いておっ父と風太は同じ顔でソワソワしました。


「ほいじゃあ、行って来るでの!」

この村のおじさんを先頭に、一行は帰りの道を歩き始めます。

桃子は何度も振り返っては、大きく手を振りました。




          弐


「長旅を案内して下さって、ほんにありがてえ事でございました」

おじさんの家に着いて、おっ父と桃子、そして風太はしっかり頭を下げました。

「こちらこそ。…なんちゅうか、来てもろうて、嬉しかったです。ほんに、ありがとう」

最後の感謝の言葉は、桃子に向けられました。

「こちらこそ。私、天柱山に登った旅と同じくらい、ううん、もっともっと楽しかったよ。またここにも遊びに来るね」

「あ!おれ…、じゃない。自分も、遊びに来ます。みなさんもいつでもいらして下さい」

「ああ、ありがと…」

涙もろいおじさんはグスッと鼻をすすりました。


夕焼けに向かって歩いていく離れ村の三人を、おじさんは目を拭いながら見送りました。




帰り道はおっ父さんの方が早足です。きっとお土産のサンマとお酒を早くみんなに振る舞いたいのでしょう。

少し離れて歩きながら、風太が桃子に言いました。

「おれ、今度の旅での事をこれから大事にしていきたい。狩りのやり方もそうだけど、もっと大事な事も」

「うん…」

風太が一緒に居てくれて良かったと桃子は思いました。

「それから…もっと大事にしたいもんが出来た」

「へぇ~…。なに?」


風太は立ち止まっていたので、桃子が振り返ってもう一度訊こうとしたとき、

「……おめぇさだ」

と、ボソッと言いました。

よく聞こえなかったので、桃子は風太の所に戻リます。

  今、なんて言ったの?

「おめぇさだ、桃子。おれは…、これから桃子を大事にしてぇ」

桃子を真っ直ぐに見て、風太は言いました。

「風太…」

桃子はちょっと下を向いて

「…ずっと?ずっと大事にしてくれるの」

と呟きます。

風太はさっきよりしっかりした声で言いました。

「ああ、ずっとだ。ずっとずーっと、桃子を大事にして生きていく」


桃子は風太の手をそっと握ります。

「私も…。風太をずっと大事にするね」


泣きそうな顔でにっこりしながら、二人は手をしっかりつないで歩いて行きました。



夕焼けがいつもよりうんと綺麗に見えました。

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