其の四


           壱


 大池には、村の人達が作ってくれた小さな船が付けてありました。

" 鬼が山 “ と呼ばれ、人々が近寄ろうともしなかった天柱山。

少しずつ、みんなの気持ちも変わりつつあります。

桃子はこの旅で、向こう村との交流が更に深く、良いものになって欲しいと願いました。


霧も出ておらず、かなり遠くではありますが向こう岸の小屋が見えます。それは桃子たちが旅で真の姿になった祠。巨木の根の御神体が納められている所です。

行く先々で、桃子はみんなと旅した思い出が思い浮かびました。

 もう三人とは一緒に行けないけど、これから

 村の人達と、いっぱい旅が出来るよね。

寂しい気持ちを、桃子はそう思うことで少しでも慰めていました。


櫂(かい)と呼ばれる平べったい棒で、みんなで協力して船を漕ぎます。

いちばん最初に張り切っていた風太は真っ先にくたびれてしまい、岸が見える頃に「もう着くぞい」と声を掛けられるまで横になって寝ていました。



小舟をしっかりくくりつけて祠の中に向かいます。

中に入ると、前に来た時よりも中がうんと小さいなと桃子は思いました。あの時は外から見るよりもずいぶん広いと感じたので、もしかしたらこれが普通の大きさなのかも知れません。


向こう村のおじさんに習って、みんなで、大きな木の根の御神体に手を合わせます。

これから登る山に、人間が立ち入る許しをもらうためです。

裏口を出ると、すぐそこが天柱山のふもとになっています。

「さあ、これからいよいよ頑張らにゃな。洞窟の所まで頑張って、今夜はそこで寝泊まりしよう」

おじさんの言葉に、「おじさんも、あの洞窟に入った事があるの?」と桃子が尋ねました。

「ああそうじゃ。家族みんなで広々寝っ転がるぐらい広かったが、奥は行き止まりでなんも無かったよ」

 …やっぱり、そうだよね。


その行き止まりの奥で、みんなが変わらず楽しく暮らしていることを、鬼のお母さんやあの娘が幸せでいてくれることを、桃子は誰にも知られずに願っていました。



 霧深く高い尾根。霊峰天柱山。

ここには守神もなく、祠もありません。ただただ険しい山道が続くだけです。

山道とは言ってもほとんど人の行き来がないため、登れそうな傾斜を何とか登って行く、という感じです。


向こう村のおじさんは何度も天柱山には来ると言っていましたが、こちらのほうが傾斜が急で登りにくいと話しました。

向こうは緩やかな上に、人がいつでも入山出来るよう、小道や手すりが備え付けられているそうです。

長い間、鬼を恐れて人が近寄らなかったこちら側。今その山を、鬼を神様として奉る村へ歩いているのが不思議な気分でした。


山歩きに慣れないおっ父と風太のために、おじさんは頻繁に休憩を取りました。桃子も前に来た時よりキツいなぁと感じていたので、こまめに休めるのは助かりました。

険しいのに加えて森などもあまり無く、川も流れていないので、持って来た干物や焼き米をみんなで大事に食べます。

それでもようやく洞窟が見えた時には辺りは暗くなり、食料もほとんど残ってはいませんでした。

「今夜は腹すかして寝るしかねぇべな。朝になったら早いうちに何か獲りに出るか」


食料調達は風太の弓矢で、道案内は少し土地勘のあるおじさんが請け負う事で話がまとまり、ようやく着いた洞窟でみんな「ふぅ~」と座り込みました。



「ここで少し休んだら、寝るときはもっと奥にしよ。夜中に獣がウロウロするかも知れんでな」

ここには人間の味方も、守ってくれるものもありません。一休みしてから、みんなで洞窟の一番奥に移動します。


途中で風太が「水が流れてる!」

と、壁づたいに流れる小さな滝を見つけました。

「こりゃあ、いい。山に溜まった雨水が地下を通ってここに来たんじゃろ。食い物はともかく、水が飲めるのはありがてぇこった」

みんなで順番に冷たい水で喉を潤し、竹筒などに入れて持ち運べるようにしました。


奥まで行く途中、桃子は空の見えるあの穴を探しましたが、今は真っ暗で松明の炎では分かりません。

 またあの子に会いたいな。

この場所が好きだと言っていた鬼のあの娘を思い出して、桃子は彼女に思いを馳せました。



          弐


「外はええ天気じゃわい。今日は山越えて行けそうじゃ」

一番早起きしたおじさんがみんなに元気よく声を掛けます。

桃子はすぐに目を覚ましましたが、おっ父と風太はくたびれているのかまだ起きません。

「朝の空気を吸ってくるね」

桃子はおじさんに伝え、一人で洞窟の出口に向かってみます。


途中の天穴から陽の光が美しく差し込んでいました。

その傍に綺麗な花が添えてあります。

 (あの子が来たんだ!)

桃子は辺りを見回しますが当然のように彼女の姿はありません。花を手に取り、匂いを嗅いでみるととても良い香りがします。

何だかあの子が、ここに来た自分に気付いてくれて、久しぶりの気持ちを込めた挨拶にこの花を置いて行ってくれたような気がします。

桃子は花を懐にしまって、代わりに美味しい木の実をいくつか置いておきました。

 あの子なら、きっと気づいてくれる。

桃子は自分の気持ちが伝わるように願い、また出口へと歩き始めました。



おじさんの言った通り、外はすごくいい天気です。山の上に近いはずですがお日様が照らしてくれて今日は珍しく霧も出ていません。

「最高の山登り日和じゃ!」

元気に先頭を歩くおじさんはおっ父さんより歳が上だと思うのですがしっかりした足取りで登って行きます。

桃子は疲れつつ、山頂を楽しみにわくわく登ります。

風太は、まるで桃子が転がり落ちないようにぴったりと後ろを付いて歩きます。

おっ父はフウフウ言いながら「みんな…、元気じゃのう」

と何とかついてきています。

うねになった山の形は、もうてっぺんかと安心したおっ父を何度もがっかりさせました。


一行は、ようやく山の頂上の森を抜け、周りがよく見渡せる場所に出ました。



桃子にとって二度目の頂上。

そこは変わらず、美しく大きな海を遥か先に見下ろせます。

「きれい…」

何度見ても、その雄大さに心を揺さぶられます。

横に並んだ風太も「すっげえ…」と言ったきり、それ以上言葉が出ないようでした。

「こっから先は下りじゃて。近道もあるでの、ちいとは楽じゃろうわい」

おっ父は感動も去ることながら、その言葉にホッと息を吐きました。

そのおっ父が辺りをキョロキョロ見回して

「鬼の角は、どこにあるんじゃろうのう」

とおじさんに尋ねました。

おじさんはちょっと考えてから「ああ、神柱の事じゃな。それならあそこにおらっしゃる」

そう言って少し離れた場所にある、険しくきりたった山を指さしました。

少し見下ろした所に同じ様な高さの岩山が、間をあけてそびえ立っています。

「へっ?山のてっぺんにあるんじゃねえですかい?」

「村からはてっぺんに見えたけど…?」

風太も驚いた顔をしました。


桃子も最初来た時に驚いた事です。

「お日様の光と、辺りの霧がうまいこと混ざって、時々わしらの村からも見えることがあるですじゃ。わしらんとこからは重なって1本、まるで柱が立っとる様に見えるもんで、" 神柱 ” とか、" 御柱(おんばしら) ” っちゆうて呼んどるがの」

織流が " しんきろう ” と教えてくれたのを、桃子は懐かしく思い出します。


「鬼の角」と恐れられていたその蜃気楼による突き出た山も、見る場所が、村が変われば違う呼び方になるんだな、と桃子は思いました。

そしてその「蜃気楼」も、大きな大きな自然という神様がつくった代物なんだということも。あれはいたずら好きの神様が造ったのかも知れないと、ちょっと微笑ましい気持ちになりました。


「さ、一休み出来たけ。こっからはゆっくり歩いて行くべな」

おじさんの掛け声に、おっ父だけは「ふうっ」とため息混じりの勢いをつけました。

 


          参


 同じ山とは思えないぐらい、こちらの斜面は穏やかでした。それに村の人たちがこしらえた道は日頃から手入れがされているのか、滑るような小石などもほとんどありません。


川を越えて林を抜けると

「さぁ、ついたぞな」

とおじさんが元気に言いました。


桃子たちの村と同じくらいか、もしかしたらそれ以上の家々が立ち並んでいます。

村には鬼の面を飾る家や、屋根に鬼の顔が描いてある家もありました。

「みんな、鬼さんに守られているんだね」

桃子が胸をほっこりさせておじさんに話しかけます。

「そうじゃよ。この村は鬼に守られて大きな厄災もなくここまでこれた。村のみんなそう思うとるんじゃ。だから季節の変わり時には毎年感謝を込めて " 鬼祀り(おんまつり) ” を村中総出でやるんじゃよ」

「おんまつり…。それはどんな祭りなの?」

「みんな好き好きに鬼の面を被ったり、鬼の格好をしたりして大きな鬼火を囲んで歌い躍るんじゃ。鬼さんは賑やかなのが好かれるでのう。秋には、その年の最初にとれた米で酒を造って神社と、天柱山に納めるんじゃ。鬼祀りは恩祭り。鬼さん達や日頃の平穏に " 恩 ” を伝える祭りでもあるんじゃよ」

おじさんの話は桃子をわくわくと、そして嬉しくさせました。

それからもしも今度お酒を納める時は、ぜひあの洞窟の奥にも持って行って貰うようお願いしました。

おじさんは特に不思議がらずに「おぅそうか。分かったよ、娘さんや」

と言ってくれました。


お酒の大好きなお年寄りの鬼さんを思い出して、桃子はニコニコしながら「ありがとう」

と伝えました。



桃子たちはひとまず神社で一休みさせてもらいます。おっ父さんはぐた〜っと横になり、風太も横でホッとしたように寝っ転がります。

しばらくそうしておりますと

「遠い所を。よう来んさって、ほんにご苦労さんでしたな」

とお年寄りがやって来ました。

しわくちゃの顔はかなりのご高齢を思わませましたが、腰も曲がっておらず、にこやかに皆を迎えます。

ここまで一緒に案内してくれたおじさんが紹介してくれました。

「この方は村で一番のお年寄りですじゃ。みんなは、長老様と呼んでおります」

長老さまは「フォッフォッフォッ」と笑って

「なあに。みんながそう呼んでくれとるだけじゃよ。長〜く生きとるだけで、大した事はしとりゃあせんわい」

にこやかなおじいさんを見て、桃子は木の根の仙人さまを思い出しました。あの方も長く生きれば偉いという訳では無い、と桃子に言葉をくれたのです。

なんとなく、このご老人に親近感を覚えました。

「ところでのう、今夜珍しいお客さんをお迎えして、特別に恩祭りを開こうと皆張り切っておるんじゃが。肝心の皆さん方はちいとお疲れじゃないかと思うて、どうじゃろうかと伺いに参ったのじゃ」

 恩(鬼)祭り。

桃子は楽しそうなお祭りをぜひ見たくてたまりません。が、おっ父さんに続けて風太も寝てしまってました。

そんな桃子の様子を見て、

「おん祭りの鬼火たきが始まるのは夕方、日が落ちてからじゃ。まあ、それまでは若いもんに準備は任せて、村の年寄りは先にのみ始めておるしの。それまでゆっくり休めたら、良かったらおいでなされ」

と言ってくれました。

 二人が疲れて眠ってても、私だけでも行こう。

桃子はそう思って

「はい!ぜひ行かせて頂きます」

と元気に答えました。

「フォッフォッフォッ。それは楽しみじゃ。ほんじゃあ、良い時分になったらおいでなされ」

おじいさんとおじさんは揃って神社を出て行きました。



一人になって、桃子は神社の中を改めて見回してみます。

神棚には本物なのかどうか、大きな鬼の角が祀ってあり、灯籠に灯された火は鬼火を思い起こさせます。

 鬼の村でもお祭りをやったりするのかな。

お酒好きなおじいさん鬼だけは、毎日「祭りじゃ」といってお酒を飲んでそうだなと想像して桃子はクスクスと笑いました。



          四


日が落ち、たくさんの竹や枯れ木などを結び合わせて立てられた大きな塊に、いよいよ鬼火が灯されます。

男衆たちがあちこちに火を入れると、パチパチと音を立てて燃え始めた鬼火はどんどん大きくなり、村のどこからでも見える程の炎の塊となりました。

桃子はその音と光と暖かさにうっとりしながら頂いたお酒を口にします。

ことしの米で熟成されたお酒はスッキリとした味わいで、何だか鬼の村で初めて飲んだ味に似てました。

この味を、お酒の作り方を教えたのももしかしたら大昔の鬼さんだったのかも知れないと、桃子は遠い昔に思いを馳せました。

ぐっすり眠った風太は元気を取り戻し、いい飲みっぷりを気に入られてどんどん勧められています。

後でまたバターッと横になるんだろうな、と想像して桃子は微笑みました。


お酒も食べ物も珍しい物がいっぱいで、良い感じにお腹も満たされたあたりで、いよいよ待ちに待った御祭の踊りが始まります。


手作りのお面で躍る子や、顔を直接塗って格好までこだわったおじさん。お面を頭にちょこんと乗せた女の子、角の飾りを付けただけの若い女性。

村のみんなで輪になって鬼火を囲み、太鼓のお囃子に合わせて体を動かし、時々みんなで手を繋いだりして踊っています。

桃子はその輪がとても素敵に見えて、途中から見よう見まねで輪の中に入って踊り出しました。

この頃になって、やっとおっ父さんも起きてきて美味しいお酒を楽しんでいるようです。


踊らない人達も離れて眺め、一緒になって楽しみます。

手を挙げたり降ろしたり、手拍子打ってくるりと回る。そうして時々手を取り合って鬼火の周りを歩きます。

何度か踊っているうちに桃子もだいぶ慣れてきました。


手拍子打ってひとまわり。

その時、廻りで踊りを眺めている親子に目が止まりました。

手の込んだ鬼の格好をした二人。にっこりと微笑みながらこちらを見ています。

「……お母さんっ?」

もっと良く見ようとしましたが、踊りは火を囲んで手を繋ぐ所になりました。


踊りながらもう一度同じ場所に目を向けましたが、あの親子はもう居ません。

村の人ならば、ずっとそこで眺めているでしょう。でも女性の鬼と幼い鬼の子は空気のようにそこから消えていました。


 お母さんだ。きっと、見に来てくれたんだ。

 珍しい時期に開かれたこの祭りを。そこで輪 

 になって踊っている、私の姿を…。


手を繋いで一緒に居た鬼の子は、あの元気なオンノコか、もしかしたら新しく生まれたオンノコだったかも知れません。一瞬の事でしたが、

まだ小さく幼なそうでした。


桃子は踊りながら涙がこぼれました。

寂しかったからではなく、心から嬉しかったのです。

桃子が涙をこぼしながら踊っていたので、隣のおばあさんが「煙が入ったかい?ちょっと一休みおしよ」と優しく声をかけてくれました。

「ありがとう…」

そう言って桃子は踊りの輪を離れ、先ほどの親子の所へ行ってみました。


綺麗な桃の花が、そっと置いてあります。

今は桃の花の季節ではないのに、その花は優しく風に揺れていました。

桃子はその花を、大切に手のひらに乗せます。

「お母さん…。ありがとう。そして、良かったね…!」

優しく両手で胸に抱き、桃子は誰にも知られない様に片隅でそっと嬉し涙を流しました。



          伍


激しく炊いたあとの残り火で、村の人達はそれぞれ好きなものを焼いて食べます。

海を知らない桃子は、サンマや鯛など初めて口にする魚の美味しさに感動すらしていました。

風太はかなりお酒が効いたのかまた横になっています。

彼にこの美味しい魚を味あわせてあげようと、桃子は焼いてもらった分の一匹をとっておきます。

他に猪の肉やお餅も一人分残しておいてやりました。


「ほんに、ええ祭りじゃ…」

程よくお酒を頂いたおっ父が村人に呟きました。 

「わしゃあ、いんや、わしらはみんな鬼は恐ろしいもんじゃと、天柱山からも随分離れた所に住んだった。先祖の代からそうしてきたんじゃが。こうして知らない村に来て、こんなにも歓迎してもろうて。道中はきつかったけんど、わしゃこの旅に来てほんに良かった」

道案内のおじさんも、周りの人達もにっこり微笑みます。

「わしは村へ戻ったら、この話しをよ~く聞かせてやろうと思うんじゃ。ほうしていつか、わしの村でも鬼の神様の祭りをやりたいもんじゃのう。そん時ゃ、ぜひあんた方たちもいらっしゃっておくんなまし」

道案内のおじさんは、「ありがとう。そん時にゃぜひ、うまい魚をたくさん持ってこさせるでの」と約束しました。そのおじさんは思わずポロッと涙が出ます。

「おんやぁ、こりゃまた煙が入ったわい」

目をこするおじさんを見て、おっ父もつられそうになりました。


村の外には誰にも知られず、ひっそりと鬼様を祀って暮らしてきた村人たち。

変わりモンと思われるかも知れないと思っていましたが、こうして一緒に祝ってくれたおっ父さんに、そして何より、遠い村から急に訪れた自分たち家族を誰よりも真っ先に、誰よりも喜んで迎えてくれた桃子に、感謝の気持ちが込み上げてまた涙が出ました。

「けむたいのぅ…」

と言いながら何度拭いても、喜びと感謝の涙は止まりませんでした。




「あ、起きた」

目をしょぼしょぼさせながら、はてここは何処だっけとぼんやりキョロキョロする風太に、そばに座って居た桃子が声を掛けます。

「よーく眠ってたね〜。みんなほとんど帰っちゃつたけど、まだ火が残ってて良かったね。

魚、炙り直してあげる」

そう言うと桃子は村の人達がやっていたように魚を表にしたり裏返したりして温め直してくれました。

「ほれ、食べてごらん。すっごく美味しかったよ!」

差し出されたサンマを「あ、ありがと…」と受け取って風太はかじりつきます。

お酒は飲んだけどそんなに食べてなかった風太は「うめえ!」と言ってガツガツ食べます。

ハッとして、意地汚いところを見られたかと気になって桃子を見ると、桃子は優しい目で楽しそうに眺めてくれていました。

「良かった〜、とっといて。もう一匹あるからね。あと、猪のお肉も。食べた事ないでしょ?」

せっせと葉っぱの皿に乗せてくれる桃子の顔を、風太はぼんやり眺めました。

柔らかい炎で照らされた桃子の横顔は、昼間に見る、桃色で元気な頬っぺとは違う大人の美しさをのぞかせます。


「はい、どうぞ」

食べ物の乗った葉っぱを差し出されてハッと気がついた風太は「あ、あぁ、ありがと…」

としどろもどろします。

「あらあら風太くんはまだお酒が残ってるのかなぁ〜?ほっぺが赤いよ」

「お、お前も残ってるじゃねーのか?ほっぺ桃色だぞ」

「これは、もともと!私の気に入ってるとこなんだから!」

照れ隠しに思わずからかってしまった事を風太は後悔しました。

「桃色の頬っペだから桃子。だからおっ父さんとおっ母さんが名前付けてくれた大事な名前なんだから。私は好きだよ。この名前も、桃色の頬っぺも」

桃子はちょっとムッとした顔でお酒を口にします。

「ご…、ごめん。その…。 お…おれも、好きだ…。桃色の頬っぺも。桃子の事も…」

と言ってしまってから、風太はまた後悔しました。


おそるおそる桃子の様子をうかがうと、桃子はにっこりしています。

「良かった。私も、好きだよ。風太」


真っ赤な顔で猪のお肉にかぶりつく風太を、桃子は優しく見つめていました。

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