【一話完結】刑事総務課の羽田倫子は、安楽イス刑事でもある その二

久坂裕介

第一話

 私、羽田はねだ倫子りんこはスマホの時計を見て、ウキウキしていた。午前十一時だったからだ。もちろん、この警視庁内にある食堂で食べられる今日のランチにウキウキしていた。


 私は今朝けさ、今日のランチのメニューが気になって、思わず食堂のオバちゃんに聞いてた。今日の日替ひがわりランチのメニューは、何ですかと。するとオバちゃんは、今日はハンバーグランチだと教えてくれた。


 私は思わずその場で、飛び上がった。だって、ハンバーグランチだよ!  

おそらく日本の全国民が大好きな、あのハンバーグランチだよ! そりゃあ、テンション爆上ばくあがりですよ。そうならない方が、おかしい。


 だがその時、私は気付いた。しまった、ハンバーグランチのことを考えてテンションが爆上がりして、刑事総務課の仕事が手につかない! これじゃあ都民とみんに、『税金ぜいきんドロボー』って言われちゃうよ!


 私は思わず、胸の前で両手を組んだ。ゴメンナサイ、都民の皆様みなさま。ハンバーグランチを食べたら、午後からちゃんと仕事をするので許してください! でも、心の広い都民の皆様なら分かってくれるはず。昼食がハンバーグランチだったら、誰でもそうなると。うんうん。ありがとう、都民の皆様。


 そうして私が都民の皆様から、おゆるしをもらっているとスマホが鳴った。ま、まさか……。おそるおそるスマホを見てみると、やはりあのメッセージが表示されていた。『新藤しんどうだ 今すぐ、いつもの場所にきてくれ』。


 はあー……。天才だな、新藤刑事は。私のテンションを一気に下げる、天才だな……。はっきり言って、いつもの場所には行きたくない。どうせ何かの事件を、解決かいけつしてくれと言われるのは分かっているからだ。


 だが、行くしかなかった。なぜなら新藤刑事は、私の弱みをにぎっている。私が『青柳あおやなぎ真澄ますみ』というペンネームで、推理小説を書いていることを知っているからだ。


 私は警視庁の職員だから、地方公務員だ。公務員の副業は、微妙びみょうだ。だから口が軽い新藤刑事が、そのことを言いふらすとこまる。仕方しかたが無い、行くか。私はとなりの職員に、テンションだだすべりで告げた。

「ちょっと鑑識課かんしきかに、行ってきまーす……」


 鑑識課の一室いっしつに入ると、やはりニコニコしている鑑識課の由真ゆまさんと、けわしい表情をした新藤刑事がいた。私は、聞いてみた。

「今回は、どんな事件が解決できないんですか?」


 すると新藤刑事は、やはり険しい表情で答えた。

「いや。今日はお前に、試験を受けてもらう」


 私は、何が何だか、分からなかった。は? 試験を受けろって何、言ってんだコイツ? とうとう頭のネジが、ぶっ飛んだか。なので私は残念な人を見つめる目で、新藤刑事を見つめた。すると新藤刑事は、さけんだ。


「何、残念な人を見る目で見てるんだ! まったく! 今日はお前に国税査察官こくぜいささつかん適性てきせいがあるかどうか、試験を受けてもらう!」


 は? 国税査察官? やっぱり、何を言っているのか分からない。なので私は、アドバイスをしてあげた。

「あー、仕事でつかれてるんですね、新藤刑事は。大変ですもんね、刑事の仕事は。さあ、病院に行ってください。そしてそのまま一生いっしょう、入院してください」


 それを聞いた新藤刑事は、私をにらんだ。

「あ? 何だと、お前?」


 すると優しい由真さんが、私をなだめた。

「ちょっと、それはひどいんじゃないの、倫子ちゃん! とにかく新藤刑事の話を、聞いてあげて!」


 由真さんがそう言ったので、新藤刑事の怒りは少しおさまったようだ。そして、話し出した。

「俺の大学の時からの友達に、国税査察官をしている中越なかこしっていうヤツがいるんだ」


 私には、やはり何が何だか分からなかった。

「は? 何、言ってるんですか、新藤刑事。やっぱり病院に行って……」


 すると新藤刑事は、キレた。

「いいから、だまって聞け!」


 お? キレたぞ? 逆ギレか? キレたいのは訳の分からない話を聞いている、私の方なんですけど? するとやはり由真さんが、なだめた。

「まあまあ、倫子ちゃん。新藤さんの話を最後まで、聞いてあげて~」


 いつもお世話になっている由真さんにそう言われると、私も大人にならなければならない。しょうがない、聞いてやろう。だから話せ、今すぐ話せ。すると新藤刑事は、説明を始めた。


 中越たち国税査察官は、ある男を調べていた。最近、最もいきおいがあるITベンチャー企業きぎょうの社長の、豊島とよしまみつるをだ。


 中越たちは、不審ふしんに思った。去年の豊島の納税額のうぜいがくが、予想よそうしたよりも少なかったからだ。だから中越たちは豊島が脱税だつぜいしているのではないかと疑い、家宅捜索かたくそうさくをしたと。そこで新藤刑事は、聞いてきた。

「分かるかお前、脱税が?」


 私は、イラっとした。

「だからアンタが、お前って呼ぶなー!」


 だが新藤刑事は、余裕よゆうの表情だった。

「そんなことは、どうでもいい。脱税を知っているかと、聞いているんだ」


 仕方が無いので、私は答えた。

「当然じゃないですか! 私を誰だと思っているんですか?! 全く……。脱税っていうのは、収める義務がある税金の額をごまかして、納税額を少なくすることでしょう?!」

「ああ、その通りだ。そして脱税は、犯罪だ」

「そんなことも知ってます!」


 すると新藤刑事は、説明を続けた。だから中越たち国税査察官は、考えた。豊島は自分の収入しゅうにゅうの一部をどこかにかくして自分の収入を少なく見せて、少ない納税額を収めたんじゃないかと。


 だから中越たちは、豊島が住んでいる高級マンションに収入の一部を隠しているんじゃないかと、家宅捜索をしたと。そこまで聞いて、私は疑問に思った。

「うーん。それはちょっと、おかしいですね」


 すると新藤刑事は、聞いてきた。

「何がだ?」


「収入の一部を隠すとなると、普通は現金げんきんで、ですよね。株式かぶしきなどは調べれば、すぐに分かるので。だから普通はレンタル倉庫そうこ、レンタルオフィス、貸金庫かしきんこ、持ち家の場合は地下倉庫ちかそうこなどに現金を隠すのが普通です」


 それを聞いた新藤刑事は、答えた。

「ああ。それくらい中越たち国税査察官も、分かっている。だが調べた結果、豊島はそんなモノは借りていなかった。そして持ち家ではなく、高級マンションに住んでいる」


「なるほど。では、宝石や絵画かいがはどうでしょうか? 隠した収入の一部で、それらを買ったとか?」

「ああ。当然、それも調べた。だが、そんなモノも見つからなかったそうだ」

「うーん、なるほど……」


 そして私は、新藤刑事から聞いた。中越たち国税査察官が家宅捜索した時の、くわしい状況を。


   ●


 中越たち国税査察官が豊島のマンションに家宅捜索したのは、土曜日の昼だった。豊島には、妻と小学生の息子がいた。もしかすると収入の一部を隠しているのは、妻や息子かも知れない。だから家族が全員そろうだろう、休日の土曜日の昼にした。


 そうして中越たちは、それこそマンションをくまなく探した。玄関げんかん、リビング、キッチン、寝室しんしつはもちろん、トイレ、風呂ふろなど。だが現金は、どこにも無かった。


 そこで中越たちは、妻に目を付けた。中越は、妻に聞いた。

「お料理中ですか。ちなみにお昼のメニューは、何ですか?」


 妻は、無表情で答えた。

「カレーライスですが。主人しゅじんは会社の社長と言ってもベンチャー企業の社長なので、庶民的しょみんてきな生活をしているんです」

「ああ、そうですか」


 そして次に、息子に目を付けた。息子はリビングのテーブルで、豊島とカードゲームをしているようだった。中越は、息子に聞いてみた。

「パパと遊んでいるのかい、ぼうや?」


 すると息子は、笑顔で答えた。

「うん! パパと『ビッグ・モンスター』のカードゲームで、遊んでるんだ!」

「そうか。どっちが勝ったんだい?」

「僕だよ! パパが持っているカードはめずらしいんだけど、弱いんだ!」


 それを聞いた豊島は、微笑ほほえんだ。

「ああ、そうだね。パパは弱いね」


 中越が見てみると、豊島と息子の手元てもとにはカードが積み重ねられていた。そして結局、現金や価値がありそうなモノは、発見できなかった。


   ●


 そこまで聞いた私は、つぶやいた。

「うーん、なるほど……」


 すると新藤刑事は、聞いてきた。

「どうだ? 現金や価値かちがありそうなモノは、ありそうか?」


 私はイスにすわると、ふんぞり返った。

「まあ、ありそうですね」


 それを聞いた新藤刑事は、おどろいた表情になった。

「な、何? ど、どこにあるんだ?!」


 私は右手の人差し指で、机をたたいた。コンコンコンコンコンコンコンコン。そして、聞いた。

「それを新藤刑事に教えて、私に何のメリットがあるんですか?」


 すると新藤刑事は、ニヤリと笑った。

「うむ。報酬ほうしゅうをやろう」


 その言葉に私は、いついた。

「ほ、報酬ですか?! 一体、どんな?!」

「捜査第一課に、矢沢やざわ刑事がいるだろう? 彼女に、恋人ができたそうだ」


 な、あの美人で有名な矢沢刑事に恋人が?! 一体、どんな人なんだろう? うーむ。これは、警視庁が舞台の推理小説のネタになるな。そう思った私は、確認した。


「今度こそ、ガセネタじゃないでしょうね?」

「ああ」

「分かりました。それなら、教えましょう」

「ああ、聞かせてくれ」


 私は、答えた。

「豊島が持っているカードゲームのカードを押収おうしゅうして、その価値を調べてみてください」


 すると新藤刑事は、疑問ぎもんの表情になった。

「は? カードゲームのカード? それが一体、何なんだ?」


 私は、イラっとした。

「教えてくれって言うから、教えたんじゃないですか! いいからさっさと、調べてください!」

「わ、分かった、分かった。早速さっそく、中越に伝える。それじゃあな」


 と新藤刑事は、部屋から出て行った。すると由真さんが、聞いてきた。

「ねえ、倫子ちゃん。それって、どういうことなの?」


 私は、答えた。

「世の中には価値がある、レアカードがあるって言うことですよ。それじゃあ」と私も、部屋を出て行った。


   ●


 昼休み。美味おいしいハンバーグランチを食べて満足した私は、刑事総務課の自分の席で、まったりとしていた。するとスマホに、メッセージが表示された。『新藤だ 報酬をやるからくわしい話を聞かせろ。いつもの場所こい』。


 ほ、報酬! 私は報酬にられて、いつもの部屋に向かった。そこにはやはり、由真さんと新藤刑事がいた。新藤刑事は、小さなビニール袋を持っていた。それには、数枚の小さなカードが入っていた。そして、話し出した。


「これは、中越から特別に借りてきたものだ。中越が豊島から押収したカードゲームのカードを調べてみると何と、一千万円の価値があるカードが五枚あった。つまり、五千万円だ。豊島は五千万でカードゲームのカードを買って、所得しょとくを隠していたんだ。だが、どうしてそれが分かった?」


 私は、聞いてみた。

「それを説明したら、報酬をくれますか?」

「ああ」

「分かりました。それでは説明します」


 と私は、説明を始めた。普通カードゲームのカードは十枚入りで一パック、五百円くらいで買えます。つまりカードの一枚の値段は、五十円くらいです。でも世の中には、レアカードというものが存在そんざいします。特別なイベントでしか手に入らない枚数まいすうが少ない、カードです。それらは、高額こうがくの値段で取引とりひきされています、と。


 新藤刑事は、うなづいた。

「なるほど。でもどうして豊島が持っているのが、レアカードだと分かった?」

「それは、豊島の息子が話したことで分かりました」

「豊島の息子? 何て話したっけ?」


「豊島の息子は、言いました。『パパが持っているカードは珍しいんだけど、弱いんだ!』と。これは特別なイベントでしか手に入らない枚数が少ないカードの、特徴とくちょうです。だから私は、豊島が持っているカードがレアカードだと、気付いたんです。つまり豊島は所得の一部の五千万でレアカードを買って、所得が少ないことにして少なく税金を払った。つまり、脱税ですね」


「なるほど、そういうことか」

 新藤刑事が納得したようなので、私はかした。


「それじゃあ、報酬をくださいよ! 捜査第一課で一番、美人だと言われる矢沢刑事の恋人は誰ですか?! それは警視庁を舞台にした推理小説を書く、参考になります!」


 すると新藤刑事は、あっさりと答えた。

「そんなことは、知らん。矢沢刑事に恋人いるというのは、あくまでウワサだからな」

「へ?……」


 私は、キレた。

「それじゃあ今回も、ガセネタじゃあないですか?!」

「まあまあ。美人刑事だったらだれと付き合うのか、想像してみればいいじゃないか。推理小説家だったら、それくらいできるだろ?」 


 私は、何も答えられなかった。それも一理いちり、あったからだ。すると新藤刑事は、部屋を出て行った。


「それじゃあ、このカードは中越にかえしてくる。豊島の脱税の捜査に使う、大事な証拠品しょうこひんだからな。あ、それと試験は合格だ。お前は立派な、国税査察官になれるぞ」と言い残して。


 それを聞いて、私の怒りは爆発ばくはつした。

「うるさーい! あと私のことを、お前って呼ぶなー!」


 そして私は、落ち込んだ。またしても報酬に目がくらんで、新藤刑事にだまされたからだ。すると由真さんは、コーヒーを持ってきてくれた。

「さ、この美味しいコーヒーでも飲んで~。今回も、お疲れ様~」


 由真さんがれてくれるコーヒーは、確かに美味しい。だからそれを飲んでいると、これが今回の報酬のような気がしてきた。すると少し、心が落ち着いた。そうしていると、由真さんは呟いた。

「それにしても、あんな小さなカードが一枚、一千万円もするなんてね~。驚きだわ~」


 なので私は、言った。

「いやいや、由真さん。世の中には、もっと価値があるレアカードもありますよ」

「え? えーと、それじゃあ一枚、五千万円くらい?」


 私は、首を横にった。すると由真さんは、驚いた表情になった。

「ま、まさか一枚、一億円くらい?!」


 私は再び、首を横に振った。そして、答えた。

「私の記憶きおくでは一番、価値があるレアカードの値段ねだんは、七億円です」

「え? な、七億円?!」


 由真さんが淹れてくれた美味しいコーヒーを飲みした私は、完全に立ち直った。それじゃあ午後からの仕事を、がんばりますか! そして私は部屋を出て行った。


「由真さん。美味しいコーヒーを、ありがとうございました」とお礼を言って。だが由真さんは、まだ驚いていた。

「な、七億円……。あ、あんな小さなカードが七億円……」と呟いて。


 部屋を出た私は、考えた。今回も、新藤刑事に騙された。こうなったらはらいせに新藤刑事が脱税しているかもしれないというウソの情報を、国税査察官に流してやろうかとイケないことを考えたが、やっぱりやめた。

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