第8話

 大急ぎの乗車とのんびり休憩、緩急双方を短時間で十分に堪能した二人は個室を出る。汽車の中で出来る事は限られているが、狭い個室にいるよりは開放的な共有スペースに居た方が良かろうと考えたのだ。


「これ、向こうにも人が来るんですよね?」


 椅子に掛けてタビトは正面を指さす。自分達の部屋から大きな机を挟んだ反対側、三等五号五番の赤、の部屋だ。今は住人がいないようだが、次の駅では誰かが乗ってくる可能性もある。そうなれば一応個室はあるものの、最低一駅は同居人となるのだ。


「もち。知らない人との交流も旅の良さって奴だよ。それに自分の知らない場所の情報もらってそこに遊びに行っ、ぅうん!取材に行ったり出来るから、実利も兼ねられるのだ!」


 本心が透けるどころか顔を出していた気もするが、旅ライターなノーラとしては移動も旅の面白さの一つと言う事を言いたいのだろう。日本でも車旅、電車旅、船旅と、名は体を表すかの如くに旅人タビトは経験してきたため、彼女の言いたい事も理解出来る。


「どんな人が来るんですかね」

「三等客室って『丁度良い』から一人でも二人でももう少し多くても使うし、若い人も年取った人も、遊びに行く人も仕事な人も色々だからね~。どんな人が来るのかは、まーったく分からん!」


 わはは、とノーラは笑う。


 彼女曰く、このアイザドラク号には複数の客室等級がある。タビトたちが旅の居所とした三等客室は下から二番目、上には二つ。それぞれ特色があり、大急ぎで飛び乗った車輌の四等は最安、乗車賃は三等の半額だ。しかしその代わりに個室は無く、寝床は三段ベッド。カーテンで疑似的にベッドを個室化出来るものの、共有スペースのようなものだ。


 対して二等、一等という客室は料金が高い。当然ながら三等よりも豪華で、二等ならば今タビトたちがいる三等客室のように赤青共有で区切られておらず丸々使える。一等ともなると家族で使っても余りに余る程に広い、資産家な富豪が使うような等級なのだ。


「ああ、それと特等車があるか」

「特等?」

「そ。まあお金があるだけじゃ乗れない王侯貴族用の車輌だから、私ら庶民には無関係無関係」

「そうか、ここ王国ですもんね」


 王国ならば王がいる、王がいるなら貴族もいる。実際に領地を持つ貴族はもう少数で今では名誉職に近い家柄貴族ではあるが、過去の財産を使って商売で成功している者も多いのだ。そうした人々用に特等車が存在するのである。なんにせよタビトたちには全く関係のない、龍の喉にある逆鱗のように容易に触れてはならない場所だ。


「あ、そういえば」


 タビトはふと思いつく。


「この世界には飛行機ってまだ無いんですか?」

「ひこーき?なにそれ」


 文明水準が地球の百年前とすればライトフライヤーが初飛行した時代。それから数年で飛行機は進化し、十五年も経てば第一次世界大戦で活躍する事になったのがタビトの知る歴史だ。魔法が存在する世界ならば、それよりも進化が早い可能性があると彼は考えたのだが、ノーラの反応からそうでは無かった様子だ。


 飛行機がどういったものであるのかを聞かれて、タビトは非常に簡単に説明した。


「うーん。それ、多分この世界じゃ使えないね」


 腕を組んで唸ったノーラが出したのは否定の言葉であった。


「なぜです?汽車よりも早く遠くへ行けると思うんですが」

「無理無理」


 タビトの疑問に対して彼女はぷるぷると首を横に振る。


「あ、魔物ですか。空で魔物に襲われるから」

「いんや、違う」


 思い至ったそれまで否定されて、タビトは首を傾げた。怪訝な顔の彼にノーラは少しだけ真剣な顔になって言葉を繋げる。


「龍だよ、空は龍のものなの」


 彼女はそう言って窓を指す。その指が示す先をタビトは追った。ノーラが指していたのは彼が先程見た、遠くの山の上を飛ぶ影だった。あれは想像した通り、間違いなくドラゴンだったのだ。


「ドラゴン……は、魔物では?」

「なんてこと言うのよ……」


 タビトの言葉にノーラは眉間に皺を寄せる。どうやら相当に良くない事を言ったようだが、彼にはその理由がよく分からない。その様子を見て彼女もまた、そういえば目の前の人物は異世界の人だった、と思い至る。


「ごめんごめん。龍はね、神様に近いものなのよ。熱心に信仰するのとはちょっと違う、あー、なんて言えばいいのかな……」


 言語化するのは難しい感覚なのだろう。あーでもない、こーでもないとノーラは身体を右に左に傾けながら考える。タビトはふと、思い至る事があった。


「良い事も悪い事も見守ってくれている特別な隣人、みたいな感じですか?」

「あー、それが良い感じかも。って、なんでそんな的確に……」

「僕の国の神様、そんな感じなので」


 実際に見る事が出来るわけじゃないですけどね、と彼は付け加える。日本という国には八百万やおよろずの神がいると説明するとノーラは、沢山見守ってもらえてるんだねぇ、と笑った。どうやら異世界における神の在り方は案外と日本の様に緩いものだったようだ。


「まあそういう訳で龍の居場所は高い空。だから多分この世界で飛行機は飛ばせない、ってか普通に襲われると思うしね」


 はははとノーラは笑って、龍はこんなにも大きいんだ、と両腕を一杯に広げて表現する。どれほどかは見た事が無いゆえにタビトには分からない。しかし遠くの山の上を飛びながらもそれなりに姿が見えるという事は、ジャンボジェット機よりもずっとずっと大きいのではないだろうか。


 そんなものが生物としての意思を持って襲い掛かってきたとしたら、地球の兵器をもってしても勝てないかもしれない。尊く不可侵な存在である、とこの世界で考えられているのも納得というものだ。


「世界が違うと、常識が違いますね」

「そうだねぇ」


 お互いにしみじみと感じ入る。ああそうだ、とタビトはタブレットを持ってきて、それを窓に向ける。ずっと遠くの山、その上を優雅に飛ぶ影を最大倍率で捉えた。がピントが合わない、遠すぎるのだ。


 ぱしゃり、とそれを撮る。


「うーん……これ、人に見せても龍だとは思ってもらえそうにないですね」

「まあ仕方ないって。というか、龍の影を見られるだけでも幸運、って良く言われるんだよ?旅の幸先が良いじゃん良いじゃん」

「そうなんですか。それは何だか嬉しいな」


 パンパンとノーラに肩を叩かれる。タビトはタブレットの画面に写る影を拡大して、それが四肢がある生物だという事を確認した。鳥ではないという事だけは明確に分かるが、龍かと言われるとピントが合わずにボヤけてしまっており定かではない。


 だがしかし何故だかは分からないが、タビトにはその影がこちらを見つめていると感じた。まるで、良い旅を、と願われている様に。まるで、故郷へ帰還出来る事を願っている、と言われているかの様に。画面を見ているとそんな感覚になるのだ。


 走る鉄の龍は町から離れて速度を上げて。

 しかしタビトの感じる時間はとてもゆっくりで。


 次の町まではまだ半日は掛かる。

 王都まではまだ遠い。


 変わっていく景色と変わらない車内を眺め、そして彼はノーラと話して笑う。異世界へ来てしまった不安や焦りは今も彼の中にある。だがしかし今は、この旅においては、それを胸の奥に仕舞って。


 タビトは今この時を楽しく過ごす。

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