第7話

「やばいやばい!急げぇ!」

「もぅ!ノーラさんがのんびりしてるからですよ!」


 どたどたと二人は走る、荷物が揺さぶられてガッサガッサと音を立てる。ただでさえ時間がない状況だというのにノーラは買い忘れた物があると商店に寄り、色々と物色していた事で更に余裕が無くなったのだ。


 窓口で手のひらサイズの切符を購入し、大急ぎで改札へ。鬼気迫るノーラの顔に驚きながら駅員は、はさみのような形状の改札印で切符に印を押す。返されたそれを引っ手繰るように受け取って、二人はホームへと続く十数段の階段を駆け上った。


 そこには、巨大な黒鉄の龍がいた。


 タビトが知る日本の電車とはまるで違う、写真で見る機関車デゴイチよりもずっとずっと巨躯である。連結されている車輌は五十輌で見上げる程の車高があり、駅のホームも龍の体躯に合わせて、とても広くて、すごく長くて、かなり天井が高い。


 つまり、改札から切符に書かれた車輌まで距離があるという事だ。


「王国基幹鉄道、アイザドラク号まもなく発車致します。お乗り遅れ、乗り過ごし無きよう、お気を付け下さい」

「やばいやばいやばいっ!!!!」


 駅構内に響くアナウンスの声。天井を支える柱に取り付けられたスピーカーから発されるそれを聞いて、ノーラとタビトは駆ける速度を更に上げる。


「ちょ、これ間に合います!?何処かの車輌に飛び乗った方が!」


 ジリリリリと鳴り響く定刻を告げるベルの音。それを聞いてタビトは声を上げた。


「その手があった!!!!」


 ノーラとタビトは方向転換、最寄りの車輌ドアへ向かう。係員が今まさに扉を閉めようとしている。


「待った待った待ったぁ!乗ります乗りますぅっ!」


 猛烈な勢いで突っ込んでくる二人。

 よくある事なのだろう、係員は笑いながら乗車を促す。タビトたちが乗り込んだ所で彼は、駆け込み乗車はご遠慮くださいね、と声をかけて重量のある分厚い扉をスライドさせて閉じた。


 ぶおおお、と龍が鳴く。

 その角から白い蒸気が噴き出し、ゆっくりゆっくりと、多くの足が動き始める。


「はぁ、はぁ、はぁぁぁ……」


 ギリギリで乗り込めた二人は廊下でゼイゼイと荒く息をする。ノーラに至ってはその場でペタンと座り込んでしまっている、非常に迷惑だ。


「な、なんとか、間に合いました、ね……」

「ふ、ふふ、完璧な時間管理、見たかぁ、うぶ」


 豪勢な朝ごはんが口からまろび出そうになるのを何とか耐えて、ノーラはよろよろと立ち上がった。


「私達の客室はあっち……」

「はい……」


 彼女は列車の進行方向を指す。

 現在地は十二輌も連なる四等車輌の前の方、目的地は十輌続く三等車輌の真ん中だ。車輌左寄りにずうっと続く廊下、右側には鉄のスライド扉が並んでいる。扉の向こうは客室だ。


 ガラガラとキャリーバッグを転がしながら、二人は前へ前へと進んでいく。


「一つの車輌が大きいですね」


 車輌を一つ歩き切った所でタビトは気付いた。通勤で使っていた電車や旅行等で乗った新幹線、一つの車輌がそれの長さの二倍以上ある。外見通りに天井が高い、廊下も腕を広げた状態で二人がすれ違える程の幅だ。何もかもが日本よりも大きい。


「まあ、そりゃ大柄な種族もいるからねぇ。私よりも血の濃い獣人の中には三メートル近い人も結構いるし、他の種族なら五メートルの人もそれなりに見かけるよ」

「え!?」


 日本、というか地球では考えられない事だ。地球人類の最大値でも三メートルには全く届かない。それなのにこちらの世界では当たり前のようにそれを越えてくるなど信じられない。


 しかしながらよくよく思い出してみると、街中で大柄な人を結構見かけていた気がする。それを気にするどころではなかったために驚く事も出来なかったが、二メートル以上の身長の人物と何度もすれ違っていた。


 そうした人々が日本サイズの電車に乗ったら、屈むどころか座った状態で歩かないと身動き出来ないだろう。そうならないためにアイザドラク号は大きく造られている……いや、そもそもこの大きさが規格寸法なのだ。


「ええと、三等五号五番の青……」


 この旅の居場所を口にしながら、ノーラは壁のプレートを確認していく。


 三等五号の十番、九番、八番。

 七番。

 六番。


 五番、ここだ。


 スライド扉の取っ手、その上に取り付けられた白い宝石のような物に切符をかざす。がちゃ、とドアに施されていた鍵が開いた。


「おお」


 思わずタビトは声を上げる。

 魔法だ。切符とそれに捺された改札印に魔法が掛けられているのだ。前者は部屋を示すと同時に鍵であり、改札印がそれを鍵として使う事を許可するトリガー。二つが合わさって初めて客室に入る事が出来るのである。日本でいうならばホテルのカードキーが近いだろうか、とタビトは考えた。


 鉄道の旅、一番下の四等から一つ上の三等客室。それゆえに彼はドミトリーのような形式の部屋を想像していた。


 しかし。


「おおお」


 彼は再び声を上げた。


 入ってすぐ目に付いたのはクリーム色の壁と真っすぐ正面にある大きな窓。その透明な長方形には大地を進む龍の速度に合わせて景色が流れていた。その手前には窓に接する形で取り付けられた机と四脚の椅子があった、どちらも床に固定されている。


 左右には当然壁がある、がそこには先程と同様にスライドドアがあった。しかし取っ手上部の宝石の色が違う、タビトから見て右が青、左が赤である。ノーラの切符に書かれていた『青』とは、この事だ。


 それに気付いてタビトは切符を確認する、彼女が青ならば自分は赤だな、と考えて。だがしかし。


「あの、ノーラさん」

「なに~?」

「僕の切符、青、って書いてあるんですけど……」

「ん?それがどうしたの?」

「いや、ノーラさんと同じ部屋になりますよね?」

「そだよ?」

「え?」

「え?」


 お互いに首を傾げる。


「ええと、男女が同じ部屋は色々と駄目なのでは……?」

「ああ、そういう事!あはは、大丈夫大丈夫、仕切れるようになってるから」

「それなら安心……」

「とりあえず荷物を下ろそうよ」


 タビトは胸を撫でおろしてノーラが開いた個室の扉を潜った。


 奥行きおよそ三メートル強、入った正面は壁だ。右を見る、そこには水回りが纏められている。扉横に洗面台、奥にはトイレの戸があった。ドアから右斜めの所には脱衣所に繋がる扉があり、その向こうはシャワールームである。


 左に視線を移す。

 そこには共有スペースと同じ大きな窓と、キングサイズで随分と縦に長いベッドが二つ。寝床は人が二人すれ違えるくらいの間が空いており、天井から足元までの長さのダークグレー色カーテンが吊り下げられている。寝床を区切るちゃんとした仕切りだ、これならば安心———


「じゃないですよ!?え、完全に同室じゃないですか!」


 タビトは吠えた。

 そんな彼に対してノーラは人差し指で下を、列車を指した。


「い~い、タビトくん。この列車の乗車賃は高い」

「……そうですね、さっき支払いを見てましたから知ってます」


 窓口では一万が書かれたお札を五枚渡して、千と書かれたお札を二枚返された。金銭価値が日本と同じと考えるならば、東京大阪間をグリーン車で往復してもお釣りがくる金額だ。


「で、この金額、部屋に対しての料金なのよ。だから複数人で同室使えば一人あたりは安くなる。逆に別部屋になれば倍額どかーん」

「うぉ」

「ついでに言うと、同じトコの青と赤で部屋取れるとは限らなかったからね。全然別の所になっちゃったらタビトくん、困るでしょ」

「うぐ……まあ、それは、そうですねぇ」


 日本円が変換された財布の中身は限られている。ノーラが一括で払っているのでこの後割り勘するわけだが、資金を大分と消費する事になるのは確実。それでも王都までの道中で飲んで食べてしても十分な財産だが、節約できるに越した事は無い。それを考えてノーラは自分と同じ部屋にタビトを叩き込んだのである。


「ま、家に招いた時と同じで変な事をしようとしたら引きちぎるからだいじょーぶ」

「しませんよ……というか何を引きちぎるつもりですか」

「え?ナニを―――」

「やめなさい」


 下品な話になろうとするのをタビトは止めた。一応二つ年上、ノーラが淑女の道から飛び降りようとするのを阻止するのは年長者の役目だ。人前でシモの話を大っぴらにして笑ってる、そんな娘が世間を闊歩していてはご両親も安心できないであろう。


 渾身のネタを潰されて、荷物を置いたノーラは随分と不満そうにしながら左側のベッドにダイブする。一度バウンドした彼女は宙に舞った枕をキャッチして、マットレスの上でゴロゴロと転がった。とても二十三歳とは思えない行動である。


 彼女の様子を笑いつつ、タビトもリュックサックを置いてベッドに腰掛けた。


 右を見る。


 時速五十キロメートルといった所だろうか。日本の鉄道と比べればずっと遅く、しかし自分の足で歩くよりは遥かに早く景色は流れていく。遠くの山、その上空に影が見える。鳥だろうか、いやそれにしては大きい。異世界らしくドラゴンかもしれない。


 未知の世界、だがどこか日本の田園風景を見ているかのようだ。


 そんな事を考えながら、タビトは鉄の龍に揺られていた。

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