犬のショートショート
山谷麻也
夢タウン・レトロストリート
その1
二三日昼から粉雪が舞い初め、二四日には周囲の山々が雪化粧した。予報に
盲導犬・エヴァンは興奮を抑えきれないようすだ。庭に出ると、リードをピンと張って、右に左に忙しく駆ける。
散歩道は静まり返っていた。処女雪に私たちの足跡が印される。エヴァンはますますスピードを速めた。
勾配の急な坂道にさしかかった。いつもならここでUターンするところだが、エヴァンは前のめりだ。
「いいよ。行きたいところに行きなさい」
私たちは銀世界を独占した。
「だけど、エヴァン、ここはどこなの」
エヴァンはキョロキョロしている。そのうち、私は体が冷えてきた。
エヴァンが確かな足取りで、歩き出した。いつしか、アスファルト道に入った。覚えがあった。
その2
大雪で交通機関はマヒしていた。シャッター商店街はほぼ完全に臨時休業していたが、一軒、明かりが漏れている店があった。
昔、一度だけ入ったことのある居酒屋だった。高齢女性がひとりでやっていた。二度目に訪れると、
「犬の毛が落ちて、掃除が大変なのよ」
と、入店を拒否された。
恐る恐る
「いらっしゃい。寒かったやろ」
椅子を引いてくれたので、私はカウンターに腰を下ろした。
すっかり気を良くして、翌日も遠出した。
エヴァンはもう迷うことなく商店街に足を踏み入れた。
お好み焼き屋の提灯が揺れていた。ここも、ひと
「犬はダメです」
「盲導犬なんですよ。店は入店を断れないのですよ」
「そんなことくらい分かってます。とにかくウチはダメ!」
なぜか、けんか腰だった。
店内からソースが匂ってくる。エヴァンが私を引っ張った。
「あっ、可愛いワンちゃんやなあ。どうぞ」
アルバイトの女子高生みたいだった。奥で女性経営者の明るい声がしていた。
その3
徳島の山奥とはいえ、三日目には道路の雪も解けはじめていた。
それでも私たちの足取りは軽かった。やはり商店街に一軒だけ食料品店が営業していた。
この店にもいい思い出はなかった。
「犬は外に
女性店長が入り口に立ちはだかった。
私は盲導犬であることを説明した。
「何がいるの? 私が買ってきてあげるから、外で待っとって」
と、聞く耳を持たなかった。
「二度あることは三度ある。エヴァン、行って見ようか」
私はエヴァンと店に入り、レジに声をかけた。
「フィッシュカツ、ありますか」
徳島名産のこのカツは、酒のつまみにいい。思いついて、香川県は観音寺産のいりこもお願いした。予定外のものも買ってしまうが、買い物は楽しい。
その4
雪がすっかり解けた。街はいつもの表情を取り戻した。
この三日間で、商店街に対する私の認識は変わってしまった。郷土に誇りさえ感じた。
商店街でウロウロしていて、中学生のグループに声をかけられた。
「何かお困りですか」
私は三軒の店の名前をあげた。寄って、お礼も言いたかったからだ。中学生たちは何やら話している。
「あまり外出しないのですか。三軒とも、おととしの暮で店を止めましたよ」
中学生たちは心配してくれた。
私は気を取り直した。
「ありがとう。ほかにも知ってる店があるから」
エヴァンは心得たもので、何も言わなくても、馴染みの居酒屋に直行した。
犬のショートショート 山谷麻也 @mk1624
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