第3話 魔王、少女を妖姫に作りかえる。
不埒な屑どもに怒りが抑えられなかったからだろうか。
魔王の余(赤子状態)は、本能で魔法を唱えていた。
超常の力。
一瞬にして隆起した岩は、意思を持つかのように屑どもを囲んで縛り——というより押し潰して、ぐちゃりと肉片にしていた。
「死んでおるな」
余は魔法を行使できた。
どうやら赤子の身体とはいえ、その気になれば雑魚連中を一蹴できるぐらいの自衛能力はあるらしい。
余の殺しに慈悲は無い。
無抵抗の存在に狼藉をはたらこうとしたのは連中だ。そんなやつらに情けを乞う資格などあるまい。
そもそも余は、無為な殺しなど趣味ではない。
有象無象相手にいたずらに威を誇るのは愚の骨頂。かえって君主たる権威を削ぐ。雑事は堂々と配下に任せておけばよいのだ。
もっとも、いまの余には一人の配下もいないのだが……。
「欲しいな。余のしもべが」
余の思考がクリアになる。
独り言も泣き声ではない。
れっきとした言葉を発している。これも魔法を発動できた影響なのか。
しかも、余とて衰えを見せていた晩年よりもコンディションが良い。さすがは若い肉体というべきか。
もっとも寝返りがせいぜいで、本気を出してもハイハイでしか動けないのが癪だが。
「……女よ」
余は荷車に積まれていた人間に目を遣る。
物のように無造作に載せられた少女。いや、少女だったもの。
生と死を司る余には解る。
毒がまわりきったのだろうか。たったいま、その者はこの世ならざるものとなった。
不憫な少女だが、現実とは酷なものだ。
それに、魔の総覧者として者どもを従えてきた余には、少女の生前の人格も一目で判る。
女と子供の境目のような、美しさと慎ましさを併せもった顔立ち。周りに愛され周りを愛してきた者に通じる優しげなものだ。
ならず者の手に掛かった経緯まではわからぬが、生きておれば大勢の者どもに救いと安らぎをもたらせたものを。
まことに、いたたまれぬことよ……。
いや、まてよ?
余はひらめいた。
現状、余の魔導力のコントロールがそれなりに戻っている。
ならば、目前の少女一人救うことなど造作もないのでは?
「よい。おまえに決めた」
これは余の気まぐれだ。
ちょうど配下が欲しかったところだ。
余の姿は赤子なのでな。完全無欠の余とて保護者が要る。
その名誉ある最側近の位には、人格者であるだろうおまえが相応しい。
「闇のチカラを授けよう。
余がてづから生み出す第一のしもべとなれること、光栄に思うがよいぞ……!」
余は空に掌をかざした。
洞窟一帯には妖しく輝く魔法陣が展開される。
やがて闇の瘴気がゆっくりと渦をなし、生き絶えた少女を中心に召喚術式の核を成す。
準備は万事整った。
余の掌はぷよぷよの赤子の手だが、秘術発動に支障はない!
「魔王たる余が命ずるっ!
名も知らぬ少女よ、余の眷属として新たな生命を得て、慎ましく仕えるがよいっ!」
†
すぅ……、すぅ……。
「ん〜よしよし。かわいいね〜」
なにかが聞こえる。
……。んっ? 柔らかくて温かい。
包まれている。抱かれている。
守られている。愛されている。
「よ〜し、よ〜し。いい子いい子」
ふわふわとした、ここにいれば間違いないという安らぎ。
なにも心配なんていらない。
ゆりかごのような安堵に身をゆだねて、意識はまどろみに沈んでいく……。
余は、余は……!
そうだ魔王たる余は!
こんなところで惰眠を貪っているわけにはいかんのだ!!
「ま……、ま……ぁっ!」
ダメだ。ダメなのか。
なんとか意思を振り絞ったもののマトモな言葉がでてこない。赤子のそれでしかない。
気がつけば余は肌ざわりのいい衣を着せられ、やさしげな少女に抱きかかえられていたわけである。
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