第2話 魔王、ならず者を倒す。



「え? この女捨てんって」「どっちスかリーダー!?」

「こっちの奥の底だ! どこ運んでんだ馬鹿どもが!」


 余の耳朶を、荒くれ者らしき男どもの声が騒ぎ立てる。

 会話の様子や荷車の音から、複数人で行動しているらしい。

 下劣な声だ。品性のかけらもない。余の鼓膜が汚れるではないか。

 にしても、女を捨てるだと? 聞き捨てならん。

 余の居城を遺棄現場にするつもりか。行為の卑劣さはもちろんのこと、みすみす連中を生かして返せば人の出入りのアシが付く。配下と居城を築き上げたあとならばともかく、現段階で人目につくのはよろしくない。

 いずれにせよ不躾な輩どもめ。

 絶対君主たる魔王の余が、直々に制裁を下してやろうぞ……、などと考えていたものの。



「びぃやぁぁあああ!!!!!!!!」



 くっ、意識が……!

 余の意識は容赦なく、人間の赤子にしか過ぎない現実へと引き戻される。

 くどいようだが魔法も使えない。よって戦いようがない。

 冷静に考えれば敵との有利不利の次元ですらなく、余は絶対的弱者なのであった。屈辱だが認めねば。

 まずい。まずいことだ。

 このまま泣いてしまっていては、奴らに気づかれる!?


「……なんか聞こえねッスか?」「たしかに奥から、ガキの鳴き声みたいな」


 子分と思しき二人組の会話。

 さすがに勘付かれたか。


「はぁん? グダグダぬかしてんじゃねーぞ洞窟にガキ一匹いるわけねーだろうがよぉ!?」


 リーダーらしい下劣男は突っぱねたようだ。阿呆で助かる。……と、そうこうしてるうちに泣き声は治った。いい兆候だ。この体も最低限のコントロールが及ぶようになればマシなのだが。

 我が身の変化はともかく。

 足音と会話からして、やつらは洞窟のこちら側に近づいている。

 余はその場で寝返りを打ってはうつ伏せとなり、ハイハイと両手両脚で動いては岩のくぼみから覗き見る。戦うにはほど遠いが、そこそこの動きができるのは喜ばしいことだ。


「ひょっとして、幽霊じゃないッスか? 女の子捨てに来た罰ッスかね?」

「一丁前にビビってんのかゴミの分際でよ。そこの女のガキはここまで持ってくるために毒仕込んでんだ。じきに死ぬがな」


 余の両眼はやつらを捉えた。

 予想通り、リーダー格の男一人と手下が二人。

 引かれた荷車には、気を失ったシルクドレス姿の少女が雑に載せられている。


「リーダー、このコって結局何者なンすか? 服も絹だしツラもいいし、いいトコの娘?」

「仕事はできねえくせに良く口が回るな? まずテメーから消すぞ」

「いやいや、どのみち埋めて処理すんでしょ? もったいないなーって話で」


 手下一人のへらず口を黙らせるためか。

 リーダーは間髪入れずに手下の胸ぐらを掴んで制裁を加えようとした、まさにその時であった。


「死ぬのはアンタだ、オッサン」


 もう片方の手下が、唐突にリーダーの後頭部をハンマーで殴った。

 狙い澄ましたかのようなタイミングで、気づきすらしない。クリーンヒットで、沈黙。

 そういう謎の仲間割れに、余は静観を決め込む。

 好都合と思うのも情けないが、赤子の姿では致し方あるまい。


「……やった! ついにやってやった!」

「ああ。洞窟くんだりまで来て、やっと殺せたわ。多少魔法が使えるからって偉そうに、クソうぜえやつだったよな、このオッサン」


 ハンマーでの不意の一撃。

 倒れたリーダーに息はなく、洞窟の冷たい地面には、ぬるい血溜まりが広がっていく。

 即死であった。

 リーダーの死を確信した手下たちは、浮き足だったテンションで言葉を交わし合う。みるに余の存在は埒外に違いあるまい。


「つうか死体処理でテメーが死ぬとは夢にも思わなかっただろーなぁ! サンキュー!」

「で、これからは手筈通り動くよな」

「こんな組織、とっととおさらばだぜ! 溜め込んだカネはガメさせてもらうけどなぁ!」

「ところで相棒」


 元手下の一人は、荷車に寝せられた少女を指差す。

 もう片方の元手下も指を刺してニヤリと笑う。


「ってことは?」

「……決まりだな」

 

 共犯者的に結束する二人の元手下。

 状況からして、何が行われようとしてるかは明白であった。

 男どものよこしまな笑み。無抵抗の少女の身体へと伸びる下賤な手。

 そして、それを黙って見ている余(赤ん坊)……。


 余は思った。ありえぬ。

 獣の蛮行を黙って見ているだと!! この余が!? よりによっても無力にか? 

 断じてありえぬッ!!!!

 

 余の内側に、湧き上がる怒りが沸点に達したがためか。



「〈闇導術——地縛業〉ぉッ!!!」



 余の魔法が、発動した。

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