赤子魔王の迷宮建国伝 〜側近の妖姫少女に育児されてダンジョン造っていたら世界最強国家に?〜

ICHINOSE

第1話 魔王、赤子になる。


 目覚めてみれば。

 余は、赤子であった。


 光のとどかない洞窟深くには、ただ赤ん坊の声が「だぁたぁ」とひびく。



「……不覚をとったわ」



 と、余は発話したつもりなのだが、ただの「だぁ」になってしまう。

 仕方がないので言葉は諦める。

 そもそも考えをまとめるだけなのだから、いまは思念で充分。よもや人間相手に、死の間際に追い込まれようとは。


 かつてとは違う、赤子の姿。

 すなわち「転生の儀」を終えたであろう余は、なんとか現状把握につとめていた。

 なぜに余の容姿が、よりにもよって憎き人間にそっくりな赤子なのだ? と。


 「転生の儀」。

 すなわち死を超越した再誕魔法。

 術者があらかじめ意図した条件(全盛期の魔力や肉体など)下で、遠い未来への自己保存を図る魔族最高秘術である。

 無論、余は闇の軍勢の総覧者たる絶対君主であるから、最高秘術といえども容易く会得していたわけだが……。


 余は、こう結論付ける。

 とぎれとぎれな記憶のイメージから探るに、どうやら「転生の儀」の発動状況がよろしくなかったらしい。転生体が余の若かりし頃ではなく、よもや人間の赤子とは。

 だが余の奥底には、煮えたぎる人間への憎悪を感じる。

 そして思念や知能は前世同様に健在。魔王たる精神に問題はない。


 よって充分だと。余の口角は、にぃと上がるのだ。

 転生自体には成功した。そう急ぐこともあるまい。余の明晰なる頭脳には、ひとりでに野望の絵図が広がっていく。


 手始めに、優秀なる臣下を設ける。

 なにせ余とともに世界に覇を唱える者どもだ。手抜かりは許されん。

 再側近には、支配者たる余の孤独を分かち合える貞淑な妖姫がいい。ふとしたときに戯れる相手となるかわいい三頭獣も飼いたい。闇の軍勢を率いる将帥も六名は任ずることになるだろう。合成魔獣の召喚や叡智技法に長けた秘術師も欠かせん。


 そして難攻不落のダンジョンを築城する。

 忌まわしき地上の陽光ではなく、瘴鉱石が妖しく灯る地底の居城を築くのだ。十重二十重の罠を備えた、幾万を超える闇の軍勢の根拠地! 余の悪癖か、造るまえからつい気分が浮ついてしまう。

 この洞窟は余の生誕地としての栄誉に預かるのだから、なんとも幸運なことだな。

 

 余は魔王! 

 この世の闇を、あまねく統べる覇者なり!

 万事いかなことも、とるにたらぬ!

 余に為せぬことなど現世にあるだろうか! はははははははは!!!!!!!!



「きゃっきゃ!」



 ……これは困った。

 余は正真正銘の魔王だが、今はだぁだぁばぶばぶな人間の赤子にすぎんか。認めねばなるまい。

 そして懸念を感じて今しがた諸々と試してみたのだが、どうにも魔法が行使できない。

 それどころか自分の世話すらできない。

 そして魔法が使えない状況では、世話人の配下を生み出すことも不能。


 よって世話人はこの場に皆無。

 人間の赤子なのだから、乳だ。乳を飲まねば。下の世話もそうだろう。


 ゆえに全知聡明なる余は、余裕綽々であった先ほどとは真逆の、最悪の可能性に至ってしまった。





 余って、このまま死?





「……びぃぁぁぁ!!!!! ぁぁああ!!!!」


 余は泣いてしまった。

 怖いから。怖いんだもの。

 情けないが本能だ。本能がそうさせる。

 びゃぁぁ! びぃぎぃぃ! と理性が遠のく。調合しすぎてデタラメに召喚した合成魔獣ですらこうは叫ばんぞ。

 余は己の「赤子の本能」に振り回される。

 魔王たる知識教養も振る舞いも、どこぞのかなたに吹きとんでしまう。

 さっきは魔王として歩む覇道をイメージしながら笑っていたのに、人間の赤子とは山の天気よりもコロコロと喜怒哀楽が変わるものだな、などと客観視する間もなく、びぃぃぃ!!!! あっこら泣いとる場合か!!


 余は自分を俯瞰して叱咤したが、まるで無駄だ。 

 なけなしの理性を振り絞ったところで、濁流にさらわれる流木のごとくちっぽけだ。

 それにしても、余を魔王たらしめた覇道の道に艱難辛苦の経験あれど、そのいずれにも見込みや手立てが見出せたのだが……。


 しかし今の余には、文字通り手も足もでない。発話も不能。魔法の行使は言うまでもない。

 せいぜいぷくぷく膨らんだ手足をばたばたさせるだけ。

 針の穴に糸を通すほどの可能性すらない。

 


 余は戦慄した。

 人間の赤子とは、こうもなすすべが無いだと……!?



「おい! 例の女、このダンジョンの奥に捨てていくぞ!」



 唐突に響いたのは、粗暴な男の声。

 無論これは、余の声ではない。

 何者かが、洞窟内に足を踏み入れているらしい。


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