第17話

「流石に見て覚えろとは言わんが、説明してるんだから見なきゃ始まらんだろ……」

「ごっ、ごめんなさい! だって、『赤かった』ので怖くて」

「そーいやさっきも言ってたな。『赤い』ってなんだ?」


 エネルジークの絶命を確認した俺が目を瞑ってたアホ花城にため息をついていると、彼女は『赤い』と意味の分からない言葉を返してきた。

 『赤い』……?と俺たちが首をかしげていると、花城があわあわしながらも説明してくれる。


「昔から、なんというか……感情? みたいなのが色で見えるんです。それで、さっきはエネルジークの『ころしてやるー!』みたいな赤い色が線になってお兄さ――『フクロウさん』の首筋に通ったので……怖くなっちゃって」

「…………」

「ごっ、ごめんなさいごめんなさい! いきなり変なこと言って、訳わからないですよね……」


 ぺこぺこと頭を下げている花城を前に、俺はぽかんと口を開け呆気にとられていた。たしかに、エネルジークの最初の攻撃は俺の首を狙った前足での一撃だった……もし花城の話が本当なら、彼女は。


「なるほど、お前が探索者として浸食空間で生きていられた理由はそれか」

「は、はい……?」

「もしかしたらその目は、これから先の手助けになるかもしれない。なおさら見ろ、見て自分がどう見えているのか事態を意識するんだ」 


 俺は花城にびしっと指さしてそうアドバイスする。花城は一生懸命にコクコクと青い顔をしながらも頷いていた。


 『感情が色や形になって見える』――凄まじい才能だ。浸食空間内ではエネルジークの攻撃を事前に予測できるし、日常生活でも自分に不利益をもたらそうとする人をあらかじめ避けることができる。


 ビビりな彼女が曲がりなりにも探索者としてやっていけていたのは、その才能を無意識に使っていたからなのだろう。

 だが、その目を使うためには『見なければならない』。怖くても見続けなければその才能も持ち腐れだ。


 どうやって恐怖と克服すべきかと俺が思案しながら目的地まで歩いている間、柊たちが後ろの方で花城と雑談している。


「なー、そんな良い目を持ってんのにこえぇのか?」

「あ、その……前に赤い線から身を守るために剣で防いだら、剣ごと折られてしまって。そこからあの線がトラウマに……」

「あぁ~、粗悪品っすねぇ。普通エネルダイト製の武器ならどれだけ乱暴に扱っても表層程度のエネルジークの攻撃では折れないっすよ」

「少なくともオレたちの工場でそんなん作ったら作り直しのレベルだぜ? どんな不良品掴まされたんだよ……」

「金属製の鎧にエネルダイトっぽい色を塗ったやつを買うぐらいだぞこいつ」


 俺がそう言うと、あちゃ~っと椿と柊が同時に顔を覆った。生産者として思うところがあるのだろう、今のうちに『良い装備の見分け方』でも教えておいてくれ。もしくは自分の工場のダイマでも。


 その間に俺は新たに現れたエネルジークと対峙する。獣型……元になってる動物は兎か。

 小型だがすばしっこいのが特徴で、長い前歯による噛みつきや爆発的な加速を生み出すエネル製の後ろ足による重い蹴りが注意点――ナイフを構えながら俺は相手の初撃を待つ。


 こんな風に、普通は事前知識を入れて戦うのが通常の探索者だ。この情報を手に入れるまでに、何度も傷ついたし何人もの人が死んでいった。

 だが……花城はそういった知識無しで戦える。知識は身を助けるから教えるつもりではあるが、実際に戦う時に必要な対応力という点では彼女の才能はほとんどの探索者を凌駕りょうができる。


 相手の重く鋭い蹴りを半歩後ろに下がりながら避けつつ、俺は花城の才能の大きさに勿体ないと歯がゆい想いを抱えていた。


「ひぃっ、はうぅ……っ!」

「はーい目を閉じないっすよ~」

「もうオレたちで開けておいてやろうぜ」

「あああぁ~! 目が乾いちゃいますぅ~!」


 ……後ろでわちゃわちゃしている三人の声を背中で聞きつつ、噛みつきに飛んできたエネルジークの突撃位置にナイフを置くと自分から刺さってきて一瞬で命を落とした。


 小型はすばしっこい代わりにどうしても直線的な動きになってしまう。自分より背の高い人間を相手にするなら飛ぶしかないからな。

 ……と、強制的に目を開けられながら見ていた花城に説明しながら歩いていると事前に聞いていたエネルダイト鉱床の座標についた。


「意外と時間がかかっちまったな」

「実戦を見せるためにわざとエネルジークと戦った節もあるからな。すまん」

「別にこの程度なら良いっすよ。さてさっさと調査を……?」

「だ、誰かいますね……」


 言われていたエネルダイト鉱床には、すでに誰かが来てその鉱床を見ていた。俺たちがそちらに近付くと向こうもこちらの足音に気が付いたのか振り返る。


「おや? これはこれは、『ヒイラギ工場』のみなさま! 鉱床に、何か御用ですかな?」

「あぁ⁉ なにが『我々』だボケ、危険な鉱床を安全にしたのはオレたちだ。オレたちの鉱床だ」

「いやはや、危険なのはわかってましたよ? 折角独占権を買ったはいいのに危険なエネルジークがいると聞いていてどうしようかと思っていたんですよ」


 浸食空間には似合わない高そうなスーツを着た男がニヤニヤとムカつく顔をしながら柊と対面した。んだこいつ?

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