第16話

 花城は無事に母親を病院に入れることが出来たそうだ。朝早くから出かけて行ったからあのまま逃げられるかもと一瞬頭をよぎったが、昼前には帰ってきてそんな風に報告してくれた。


 そして一週間後……。


「行くか」

「は、はいっ!」

「いいか、浸食空間内で俺のことを呼ぶときは『フクロウさん』な」

「分かりましたお兄……フクロウさん!」


 いや別に名前で呼ばなければ『お兄さん』でも全然問題ないのだが、と俺は苦笑を浮かべながら浸食空間に足を踏み入れる。

 後ろから花城もついて来て浸食空間に入った瞬間、彼女はガチガチに緊張し始めた。


「……肩の力を抜け」

「は、はいっ……」

「浸食空間での活動は基本的に長時間になる。気を抜いたら駄目だが、緊張のし過ぎも駄目だ。自分の胸に手を当てて心拍数を落ち着かせるよう意識しろ」

「わっ、分かりました」


 新調した軽鎧に手を当てて目を瞑る花城を後ろに俺は周囲を警戒する。エネルジークは今のところいないな……柊たちとの集合場所はここからすぐだから、危険もそこまで高くない。

 花城の上がっていた肩が徐々に落ち、彼女はふぅ~……と一つ長い息を吐いた。


「……大丈夫です」

「よし、花城はまだ武器を買えてないから今回は俺がエネルジークを受け持つ。武器を買ったらお前にもエネルジークの戦闘に参加してもらうから、それまでに慣れろ」

「はうぅ……慣れますかね……?」

「慣れろ」


 弱気な花城に俺は無情に告げながら集合地点へと向かう。エネルジークと戦闘しないに越したことは無いが、『戦わない』と『戦えない』では天と地ほどの差がある。

 今回のような警備依頼ではエネルジークと戦闘することも充分考えられる……だから花城には俺という助け舟があるうちに、恐怖心を克服させようという魂胆だ。


「が、がんばります……っ」

「ここで前向きな回答が出来るだけ上出来だ。っと、ここだな」

「おう! 時間通りだな『フクロウさん』!」

「一週間ぶりっすね~、今日はよろしくっす」


 転移される感覚が身体を通り過ぎると、目の前の空き地に戦槌を肩に担いで笑っている柊とローブを持って手を振っている椿が待っていた。

 付けている仮面をそっとなぞって顔が隠れていることを再確認した俺は、『フクロウさん』として意識を切り替える。


「『同行者を連れて行きたい』なんて、突然無理を言ってすまなかったな」

「良いってことよ。お前の実力は前に見せてもらっているからな、依頼料も随分安く請け負ってくれたみたいだし」

「わ~っ、可愛い娘っすね! もしかして『フクロウさん』って意外とモテるっすか?」

「はうぅ……ありがとうございます……」


 いきなり褒められて赤面している花城をよそに、椿が俺にローブを手渡ししながら満面の笑みで聞いてきたので、俺はそれを受け取りながら首を横に振る。


「残念ながらからっきしだ、こいつも後輩育成の意味合いが強いしな」

「あー、なるほどっす。指導と一緒にしたいから安くしてくれたんすね」

「オレたち、探索者が強くなるってんならパトロンになってもいいんだけどよ……すまん、金がねぇんだ」

「俺もこいつ以外に受ける気は無いから気にするな。それより受け取っちまったけど良いのか? このローブ、おっさんの形見なんだろ?」


 暗に自分で持っておかなくても良いのかと遠回しに聞く俺に、柊は悔いが無いような晴れやかな笑顔で首を横に振った。


「『装備ってのは使われて初めて価値を持つ』って、お父様がよく言っていたんだよ。それに……お父様がそのローブに使っていたは、オレたちがしっかり引き継いだ。お父様はこれからも、オレたちの手の中に生き続けていく」

「だからそのローブは今まで通り『フクロウさん』が使ってくださいっす。うちらの先代の最高傑作なんすから」

「……分かった。ありがとう」


 黒いローブをいつもの装備の上から羽織る。いつもの自分の姿に戻り安心感を覚えていると、ローブから青い燐光が漏れ出た。


「これは?」

「お父様がいなくなってからも、オレたちはただ立ち止まってたわけじゃないってことだ! 少ないエネルダイトで効率よく推進装置スラスターを付加するために、エネルからエネルギーへ変換するタービン効率を上げてな――!」

「はーいストップっすよボス~、専門的な知識のない人にいきなり言っても分からないっす。フクロウさんも後輩育成の時間も必要なんすから、そういうのはエネルダイト鉱床の調査の待ち時間にでもやってくださいっす」

「うぅ~……今すぐにでもうちらの凄さを伝えたいってのによぉ……わぁったよ」


 柊は口を尖らせながら不満げに頬を膨らませる。本当に自分たちの技術に誇りを持っているんだな、と職人気質な『ヒイラギ工場』の二人を見て笑いつつ俺たちは揃ってエネルダイト鉱床の座標まで歩き始めるのであった。


――ウウウウゥ……ッ!

「いいか、獣型のエネルジークの弱点は腹だ。背中の毛皮は硬くて刃が通りにくい、ナイフのような武器ならまず攻撃するより相手の大振りを待つことを意識しろ」

「は、はいいいぃ~!」

「……両目を塞いでたら見えねーだろ」

「だっ、だって『赤い』んですもん! 怖いです!」

「赤い? あのエネルジークはどちらかと言うと『黒』だろ」


 道中のエネルジークを例にして俺が花城に戦闘方法を教えているのだが……後ろから聞こえる会話的に、まさかの見ていないということが発覚。

 前途多難すぎる……。

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