第15話

 産まれた時から、私は貧乏でした。

 崩壊したこの世界では、運送は飛行機を使わないといけないので食べ物が高いです。物心ついた時から父親がいなかった私は、お母さんが一人で育ててくれていました。


「貧乏でごめんね美月。もっとお母さん頑張るからね」


 お母さんはいつも口癖のようにそう言って私の頭を撫でては、辛そうな『青い色』をしていました。そんなお母さんのいろを見たくないと、私は子供ながらに食べ物がいっぱい買えることを夢見ていました。


――ガシャァンッ!

「おかーさんっ!」

「う、うぅ……っ!」


 私も働ける年齢になお母さんと二馬力で働けるとなったある日、お母さんが倒れてしまいました。

 過労で免疫力が落ちていた時にエネルを大量に吸い込むことで起きてしまう人体が持つエネルを中和する器官の機能が低下する病気、『対エネル器官不全』――病院ではそう診断されました。

 

 日々を生きるのに精一杯だった私たち親子は、診察料を捻出するだけでギリギリ。入院して治療とまでなると、到底手の届かない金額でした。

 身体を動かすのも辛そうなお母さんは、ベッドで寝ながら涙を零していました。


「ごめん、ごめんね美月……」

「うぅん、いいよお母さん。私が稼ぐから」


 母をこんなにしたエネルという存在が許せなかった。過労で死にかけるほど働いても日々を生きるのに苦労するこの世界が許せなかった。

 ……なによりも、弱くて無力な私が許せなかった。

 だから私は探索者になりました。お金を稼いで、母の病気を治療して、エネルという存在を消し去ることを夢見て。


 でも現実は、不幸な分だけ幸運が訪れる……なんてそう甘くはありません。弱くて無力な私は、浸食空間でロクに成果をあげられませんでした。

 死の恐怖赤の色を前にして怖くなって足がすくむんです、エネルジークから逃げることしか出来ません。立ち向かうなんて……私には無理でした。

 そんな私が探索者として生きて行けるはずもなく。お金が必要なのに、現実の私は装備もボロボロで今日食べる物すらも困窮する始末。


「お金、どうしよう……」


 お母さんを助けないといけないのに、お金がない。いっそ、お金を作るためなら……私の身体を……。

 探索者を続けるために、まだ希望に縋るために……私は身体を売る決心をしました。少しでも良い色な人を、と路地裏から人を探していた時に出会ったのがお兄さんです。


「ふわぁ……あっ……」

「すー……すー……」


 緊張して眠りが浅かったのかまだ日も昇らないうちから目が覚めてしまった私は、ソファーから聞こえるお兄さんの寝息に昨日のことを思い出します。

 最初は冷たく突き放すように、お兄さんは「探索者を諦めろ」と言ってきました。


 分かってました、私が探索者に絶望的に合ってないことぐらいは。でも、それでも私が、私たちが幸せになるためには探索者を続けるしかなかった!

 そんな上手くいかない現実と、何も出来ない自分への悔しさで感情がぐちゃぐちゃになって泣きそうになっていた私に……お兄さんは手を差し伸べてくれました。


「……夢じゃ、ないんですね」

「すー……んぅ……」


 それだけじゃない。私の辺鄙へんぴな夢すらも肯定して、その夢を叶える具体的な道すらも導いてくれると言います。お腹いっぱいご飯も食べれて……ちゃんとしたところで寝られて……っ。

 八方塞がりで何も出来なかった私の運命に、いきなり光が差し込んだようで未だに信じられません。


 むしろ現実は誰か知らない人に抱かれていて、これは現実逃避に見ている幻想だと言われた方がまだ納得できます。

 頬をおそるおそる引っ張ってみますが……痛いいひゃい。現実です。


 こんな幸せがあっていいんでしょうか?降って湧いて来た幸せを失うのが怖くて、昨日の私は謝罪ばかりしていたような気がします。


「ん……ふわぁ~……おはよう」

「あっ、はい! おはようございます!」

「朝から声が大きい……」

「あっ……ごっ、ごめんなさい……」


 お兄さんが起きられました。私が反射的に声を大きくしてしまったことを謝罪するなか、お兄さんは眠たそうに眼を擦りながらキッチンに行き、やかんに水を入れて沸かし始めます。


「今日は……あぁ。花城は母親を病院に連れて行くんだったな」

「は、はい。何から何まですみません」

「別に構いやしねぇよ。お前も家にいる母親が心配なんだろ、やれることはやれるうちに済ませちまおう」


 急須にお茶葉を入れてるお兄さんの言葉に、私はジーンと胸の奥が温かくなる感覚を覚えます。こんな世界でも、人に優しくなれるお兄さんはどこまで聖人君子なのでしょうか……。


 その後、朝食までいただいてしまった私は何度もお礼を言いながらお兄さんのお店おを後にしました。


「絶対に帰ってきます。こんなに良くしてもらった人を裏切るのは、人として駄目ですよね」

 

 お兄さんのお店の看板を見上げながら、私はグッと両手の拳を握りしめます。エレナ様も、『商売の基本は双方が互いの条件に納得して初めて成立する契約』とおっしゃっていました。


 私は私を売った。それをお兄さんが買ってくださった。私を救ってもらった感謝は、お兄さんに尽くすことでしか表せないと思います。

 帰ったらお母さんに言わなきゃ。きっとびっくりするだろうし、自分を売ったことをすごく怒られる……。


 『幸せをくれた人に、幸せを返す』――それが出来るように、私は頑張ります。初めて出会った温かい色に触れた私がやりたい、新しいこと。

 まずは今まで私を育ててくれたお母さんに、返すところから始めます。

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