第14話

「それで依頼が失敗しないなら私は異論はないわ。ただ一つ聞かせて」

「なんだ?」

「彼女――ミツキを連れて行くのは何故? 浸食空間は危険な場所、探索者は基本的に自己責任というのがあなたの考え方じゃなかったかしら?」

「……それは今でも変わんねぇよ。だけどな――」


 ――こいつの夢を叶えさせるために俺が出来ることは、これしかないと思ったからだよ。

 俺がそう言うと、エレナも花城も驚いた表情をしていた。んだよ、俺が他人のことを考えるのがそんなに珍しいか?

 あまりの反応に俺が口を尖らせ不貞腐れているとエレナは噴き出して、花城はボロボロと泣き出してしまった。


「えぇ……」

「あっははははは! 人の夢のため、ね。やっぱり変わったわレンジ」

「あり、ありがとうございまずううぅ~!」

「うるせぇよ。こんな崩壊した世界だ、夢ぐらい持って何が悪い」


 ぷいっと二人から顔を逸らしながら俺はお茶を口に含ませる。

 崩壊したこの世界は完全な能力至上主義。能力のあるものはどれだけ若くても上に行けるし、能力の無い者はいつまでも上がることは出来ない……それが今の現実。


 だが、そんな超格差社会の中でも夢を持つことは誰だって平等だ。『出来ることをやること』が美徳とされているのなら、『やりたいことのために出来るようになること』だって美徳だと証明してやりたい。


 こんな苦しい現実で夢追い人をしている俺だからこそ、花城が本気で『エネルの根絶』を夢見るのなら、それを支えるのが俺のやることだと思ったんだ。

 夢ってのは、人が見ると儚くなってしまうからな。


 チラッと横目でエレナの方を伺うと、エレナは少しまぶしそうに俺の方を見て微笑んでいた。おおかた長年の仕事の付き合いがあった相手である俺の変化を楽しんでいるのだろう……悪趣味な奴め。

 必死に涙を手で拭っている花城の頭を撫でながらエレナは『ヒイラギ工場』に俺の条件を伝えることを約束してくれた。


「今のあなた、とても素敵よ」

「はいはい。お世辞を言ってもこれ以上はまけんぞ」

「……褒め言葉をもうちょっと素直に受け取ったらもっと素敵なのに。ねぇミツキ~?」

「え? あ、はいっ私もそう思います!」


 そんな花城の『何も聞いてなかったけどとりあえずエレナに逆らったら不味いので同意しておこう』という思いがありありと分かる頷き方によって多数決に負けた俺。

 イチャイチャしている美少女二人を前にコップに残ったお茶を見ながら、俺は自分の家だというのに居心地の悪さを感じるのだった。


 その日の夜。エレナが帰って花城に本屋の仕事を一通り教えた俺は、ベッドをどっちが使うかでもめていた。


「お兄さんをおいて私が使うなんて……むっ、むむむ無理です! 申し訳ない気持ちで潰れてしまいますっ!」

「監視されるために住み込みで働けっつったのは俺だ、ソファーもあるし俺はそっちで寝る」

「で、では私がそちらをっ!」

「いーから使え。明日は母親を病院に連れてかなきゃいけないんだろ、少しは身体を休めろ」


 こんな風に譲り合って話は平行線だ。いっそ二人で寝ませんかと折衷案も出されたが断った、その提案は俺が寝れそうにない。

 こうなりゃ実力行使しかねぇな……俺は毛布一枚持ってソファーにダイブ。あぁっ!と背もたれの後ろから花城の声が聞こえるが無視無視。


 遠慮するなとは言わんが、自分のことで精一杯でボロボロになっていたんだ。他人のことを考えたいなら、まずは自分に余裕を持たなければならない。

 ……こいつの謝罪癖も、『ここからいつ叩き出されるか分からない』という余裕の無さから来ているのかもな。


「はうぅ……」

「…………」

「あ、ありがとうございます。失礼します……」


 がんとして動かない俺の様子にやっと諦めたのか、いそいそとベッドにもぐりこむ音がする。部屋の電気を消して、寝るかとまぶたを閉じていると遠慮がちに花城が声をかけてきた。


「あのお兄さん……まだ起きてますか?」

「……なんだ?」

「……ありがとうございます。見ず知らずの私に、こんなにも良くしてもらって」

「全てはお前の運が良かっただけだ。たまたま声をかけたのが俺で、たまたま俺がお前と似た境遇を経験していたから同情した……それだけだ」


 どんな事情であれ俺は金で人を買った、その行為は褒められたものじゃない。未海がいたら、めちゃくちゃ怒ってただろうな……なんて、眠くなってきて夢うつつの中で俺はそう思った。


 「おにぃちゃん! そんなことしたら『フクロウさん』に怒られちゃうんだよっ!」って……ははっ、未海なら間違いなく言うだろうな。

 未海のお気に入りだった本に出てくる、フクロウの騎士――いつもフクロウの仮面をつけて素顔を見せないその騎士が、魔王にさらわれた姫様を助けに行くという王道な物語。


 今ではいろんな本を見つけてそんな物語が崩壊前の世界では主流だったと知っているが、当時はすごい新鮮で……未海はそんな希望にあふれた本が大好きだった。

 フクロウの騎士がやられそうになるとハラハラしながら薄めで次のページをめくっていたっけか。それでボロボロになりながらも強大な敵を打ち倒したシーンが来たときは興奮して俺に見せてきたもんだ。


「ふっ……」


 馬鹿馬鹿しい想像に微笑みながら、俺は夢の彼方へと旅立つ。今日はいい夢が見られそうだ。

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