第13話

「……うーん、色々思うことはあるけど。まずは助かったわレンジ」

「あ? 何がだ?」

「未来ある探索者が潰される前に救ってくれて。本部長として礼を言うわ」

「別に……花城みたいな奴は何人も見てきたからな。救える手段が手元にあって、救われたいと思ってたこいつがいただけだ。こいつの運が良かったんだよ」


 次同じことがあっても同じ選択肢は取れん、と俺は花城の方を親指で指さしながらそう言った。金も無くなったしな。

 喋り疲れて置いていたお茶を飲んでいると、エレナがいきなり爆弾発言をぶっこむ。


「で、抱くの?」

「ぶーーーっ!」

「かっ、かきゅごはできてましゅっ!」


 突然のエレナの発言に、飲んでいたお茶を吹き出す!

 花城も目をぐるぐるさせながら噛み噛みで前向きな言葉が飛んできた。混沌カオスここに極まれり。むせながらも俺はエレナに反論する。


「ごほっごほっ……やらんわ!」

「そうなの? 彼女は自分を商品にして売って、レンジはそれを買った。しかもご丁寧に口外禁止まで契約事項に取り付けたんでしょ? むしろここまでやっていて据え膳を食べないとか、チキン超えてるわよ?」

「口外禁止を条件に入れた理由は主にお前の存在だけどな⁉ モグリの探索者と懇意にしてますとバレたら困るのはお前だアホ!」

「やーん、いつでも私のことを考えてるなんてレンジったら私のこと好きすぎじゃな~い? ……まぁ、冗談は抜きにしても『金だけ払って何もしません』じゃ二人にとってよくないわ」


 そう真面目な顔してエレナが俺たちに商売とは何かを力説してきた。

 商売とは売り手と買い手がお互い納得した条件の上で成立する行為で、後からどちらかが条件を変えるのは揉める原因になる。


 もし花城がこれで何もされずに大金だけが手に入れば、今度同じ状況になったときに安易に同じ選択肢を取るだろう。そうならないためにも彼女は売ったものは買い手に渡さないといけないとエレナは言う。

 また俺も金を払っているのにその売り手の商品を受け取らないというのは、売り手の価値を『受け取る価値が無い』と宣言しているのと同義だと彼女は懇々こんこんと説教してきた。


「九十万なんて激安で自分を売ったミツキも悪いけど、その価値すらないって言ってるレンジも大概よ」

「はうぅ……ごめんなさいぃ……」

「だから俺は従業員として雇うって契約時に言ってるじゃねぇか。俺は悪くない」

「客が来ない店の仕事とかたかが知れてるわ。ほぼ何もせず金を受け取ってるのと同じじゃない」


 エレナが腰に手を当てながら前かがみになってこちらに指をさしてくる。スーツのジャケットの下に胸元の緩いブラウスを着ているから胸の谷間が見えて非常に煽情的だ。


「……説教している時に谷間をガン見してくるとか良い度胸ね?」

「お褒めにあずかり光栄の至りだな。ちょっとそのまま五分ぐらい居てくれ」

「褒めてるんじゃなくて皮肉で言ってるのよ……はぁ。なんでこんなエロに前向きなのに変なところで奥手なのかしら」


 五分も前かがみとか腰痛めるわよ、とエレナは姿勢を戻して腕を組む。顔を真っ赤にしながらもエレナの商売の話に感化されて「何でもやりますっ!」と息巻いている花城を落ち着かせつつ、これ以上この話を続けても悪い方向にしかいかないと思った俺は話題を変えた。


「そ、そういえばエレナ。何の用で来たんだ? むしろそっちの方が重要だろ」

「……強引に話を変えたわね、まぁいいわ。こっちも優先度の高い話だし」

「あ、あの……私、席を外した方が?」

「口外しないって契約結んでるんでしょ? 別にレンジが良いなら私は構わないわ」


 あなたが連絡を無視しなければ済んだ話なんだけどねぇ~?とエレナが俺の頬をつっつきながら迫力のある笑みを浮かべている。怒ってるなエレナ……すまんと俺が素直に謝れば溜飲を下げたのか、エレナはため息を一つ吐くといつも通りな態度に戻った。


「先日の『ヒイラギ工場』からの依頼よ。内容はエネルダイト鉱床の正確な調査をしたいから、調査している間の警備をしてほしい……だって」

「おいおい、警備ぐらいなら他の――それこそ正規そっちの探索者を使えばいいだろ」

「理由は二つ。中層中位のエネルジークが出てくる可能性があるからそれに対応できる探索者が欲しいというのと、あなたの装備を返したいとのことよ」

「は? 昨日の今日だぞ、もうメンテナンス終わったのか⁉」


 俺があまりのメンテナンスの速さに目を見開いていると、エレナは店の本棚の方から脚立を持ってきながら「いくらマヒルのところでも流石に無理よ」と笑う。


「依頼料をあなたと調整して、マヒルたちに伝えて実際に日程が決まるまで最速でも一週間ほどかかるわ。その間にメンテナンスを終わらせるとのことよ」

「それでも充分はえぇけどな……で、先方はいくらまで出せるって?」

「『アイツならいくらでも』、なんて言ってたけど私の方で制限させてもらったわ。マヒルったら本当にいくらでも払いそうだもの。どれだけの日程がかかるか分からないから日給計算で三万までよ」

「気前がいいというか、向こう見ずというか……姉御肌っつーのかね?」


 俺たちが仕事の話をしていると、横で黙って聞いていた花城の姿が目に入る。ふむ……エレナに言われたことも消化できるし丁度いいな。


「半分の一万五千でいいから、代わりに条件がある」

「あら、いつもなら上限いっぱいに請求するくせに。条件って?」


 首をかしげるエレナに、俺は意地悪い笑みを浮かべながら花城の方を指さして言った。


「――こいつを連れて行きたい。こいつに探索者としてのいろはを叩きこむためにその依頼を使わせてくれ」

「ほえ……ほええええぇ⁉」

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