第8話

「あ、もうひへは」

「エレナはしたないぞ。俺の前でも、もう少し『本部長のエレナ』を取りつくろうぐらいはしろ」

「んぐっ……ぷはぁ。嫌よ、会食で散々マナーに気を使ってるもの。普段から気にしてたら食事が楽しくないわ。卵焼きもう1個もーらいっ」

「おいそれ俺が残してた最後の一切れだぞ!」


 朝からやかましい朝食風景の中、俺はエレナと最近のことについて話し合っている……といっても基本的にはエレナの愚痴がほとんどで、俺がその愚痴を一方的に聞かされていているだけなのだが。俺は箸を置いてため息を吐きながら話をうながす。


「ったく。で、何が『そういえば』なんだ?」

「ん~? 卵焼きが美味しいから忘れたわ」

「今度からテメェの飯は全部不味く作ってやるよクソが」

「あら、私に毎日ご飯を作ってくれるってこと? それって遠回しな告白?」


 ニヤニヤしながら指でぷにぷに頬をつついてくるエレナがウザい。からかって遊んでいるのが目に見えて分かるから俺がジト目のままスルーしていると、しばらくして満足したのか「あ、思い出した」なんて白々しい演技をしながらエレナは話を進めた。


「ほら、『ヒイラギ工場』が見つけたエネルダイト鉱床あるじゃない」

「あぁー、なんか噂で聞きつけたからって探してたやつか」

「ちょっと違和感なのよねぇ……『私の報告に無い』鉱床だったから」

「おいおい、エネルダイト鉱床は確か発見した探索者が権利を持つはずだろ? まぁほとんどの探索者は鉱石だけあっても仕方ねーから企業に権利を売ってるが……金が要らねーのかそいつ?」


 おかずが無くなったので戸棚から海苔のりの缶を取り出しながら、俺は不思議な話に首を傾げた。

 普通、探索者が鉱床を見つけた際は第一発見者として全ての権利を得る。ただ『誰が見つけたか?』を明確にしていないと権利譲渡の関係で問題を起こしかねないため、探索者ギルドに発見者は名前を登録しておくのが通例だ。


 そのギルドの本部長であるエレナが知らない鉱床……あのデカいエネルジークがいた危険な場所だから金にならないと踏んで報告しなかったのか?

 

「謎だな」

「でしょ~? あ、海苔もらうわね」

「俺からおかずを何もかも奪い取る気かテメェ」

「レンジが食べてたら私も食べたくなっただけよ。人聞き悪いわね」


 パリパリ海苔を摘まみながら文句を言うエレナ。せめてご飯と一緒に食べろよ。

 しっかし……『噂』ねぇ。金にならない鉱床を見つけたってところから『金にならない』の部分が抜けて伝わってしまったのかね。


 噂ってのは得てしてそんなもんだしな、と俺は一人納得して2枚目の海苔に手を伸ばしてるエレナの手をはたきつつ朝食を食べ進めるのであった。



「あ、やば。そろそろ行かないと」

「優雅に朝食とってるからだアホ。洗っとくからさっさと行け本部長様」

「助かるわ、次の依頼も楽しみにしてなさい」

「持ってくんな。まず依頼を」


 慌ててバタバタと出て行ったエレナにしっしっと追い払うように手を振った後、俺は食器を片付ける。

 朝から騒がしかったから二度寝をする気も起きないな……俺は布切れを口元に巻いて、店内の掃除を始めた。


「毎日掃除してても……っと! 本棚の上には埃が溜まってんなぁ」


 はたきを片手に脚立に乗り、本棚の上に溜まっている埃を取り払う。天井までぴっちりはまる本棚の購入も考えたのだが、そもそもそんな大きな本棚が需要が無いから売ってないってのと……冊数自体が少ないので、スカスカ具合が凄まじくなると思ってやめたんだった。


「初期の頃よりちょっとは本の貯蔵量は増えてるんだけどな。この本棚が全部いっぱいになる日は来るんだろうか……」


 いつかの夢を独り言のように呟きながら掃除を進める。といっても毎日掃除しているとそこまで汚くない……来客もほぼ無いから床はきれいなままだ、悲しいことに。

 そんなに大きな店でも無いので一時間もしないうちに掃除が全てが終わってしまった。


 このまま開店してもいいのだが、今日は休むと決め込んでいるから他の事をしたい。折角だし本の入荷があるか探索者ギルドにおもむくか。

 俺は店の鍵を閉めて外に出る。高いビルが立ち並ぶ新千代田区は朝日が昇り、本屋のあるこの狭い路地からでも見える赤レンガ調の東京駅は、日が当たって暖かそうな雰囲気を醸し出していた。


「そういや昔の東京駅は、もっと別の場所にいけたらしいな。限られた地区間を走る路線しか運航してない今とは大違いだ」


 電車に乗るために東京駅へ向かった俺は、途中に飾られている当時の路線図を見て崩壊前のこの駅に想いを馳せる。

 人の往来が多く、遠い所からも人が来ていたらしい。『新幹線』という電車よりも速いものが人々を乗せて区間外を高速で往来していたという。


「今じゃ線路が浸食空間に飲み込まれて使えないところばっか、数年前に『浸食空間を避けて県外に線路を伸ばす』みたいなニュースがあったが……あの後なんも話を聞かねぇな」


 浸食空間が陸にも海にもあるせいで、他の地域で生産したものをここに輸送する方法が空路しかない千代田区、その影響で全ての値段が地方よりも高いのが地味に悩み。

 その輸送コストを線路を繋げることで削減し、値段も下がるだろう――みたいなニュースをどこかで聞いたことがあるが……続報が今のところ全くない。


「っと、やべぇやべぇ。このままボーっとしてたら探索者ギルドに行く時間が無くなっちまう」


 俺は改札を抜けホームに到着した電車に乗り込む。探索者ギルドがある駅に着くまで、規則的な揺れのせいで眠くなった俺は目を瞑って夢の彼方へと旅立つことにするのであった。

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