第9話

 目が覚めて探索者ギルドの最寄り駅に着いた俺は改札を出る。人の多い繁華街、ウチの近くと違って探索者ギルド周辺は人で賑わっていた。

 酒場に装備品売り場、長い間エネル浸食空間に潜るための保存食専門店から浸食空間から持ち帰ったよく分からないものを何でも売る質屋まで。


 探索者ギルドを中心に探索者たちの需要に合わせて作られたこの繁華街を、人は『探索者通り』だなんて呼んでいる。

 その証拠に、俺みたいなラフな格好をしている人よりも装備を固めているいかにも探索者っぽい格好をしている人の方が多い。この時間帯だ、これから潜りに行くんだろう。


 俺はそのまま探索者ギルドに足を向ける。質屋も後で見に行くが、あそこは倉庫みたいに『とりあえず積みました』感強いからなぁ……本を探すのも至難のわざだ。

 その分、探索者ギルドはエレナが「情報記録媒体は全部買い取る」宣言してるしな。本や雑誌情報記録媒体を探すならギルドに行った方が確率が高い。


 足取り軽く探索者ギルドまで行くと、俺は入り口で丁度ギルドから出てきた人にぶつかってしまう。


「新しいもの入荷してないかな……っと! ごめんな」

「っつー……すまん、オレも前方不注意だった」

「ん?」


 反射的に俺が謝ると、聞いたことのある声で謝罪が帰ってくる。俺の視線の先には誰もいないってことは――。

 俺が少し視線を下に下げてみると、白いツインテが見える。おぉう、昨日の今日で会ってしまうとは……俺が思わず硬直していると、向こうも俺に何かを感じたのかいぶかしむような表情で立ち止まっていた。


「「…………」」

「何お見合いしてるんすかボス?」

「椿。あぁいや……なぁ、あんたどこかで会ったか?」

「人通りの多いこの場所で逆ナンを受けたのは初めてだ」


 柊からの追求をそうかわすと、いきなり顔が赤くなる彼女。「ち、ちがっ!」と慌てふためきながら両手をぶんぶんしている姿に、周りがほっこりしている。

 すまんな柊、俺がモグリの探索者だとバレたら捕まるんだ。正体を出してしまうと色んな方面に迷惑がかかる。


 注目を浴びていると思ったのか、柊はさらに顔を赤くして椿の後ろに隠れた。恥ずかしかったんだろうな……。


「可愛いっすねぇボス~」

「う、うるさいっ! 早く行くぞ!」

「このまま入り口にたむろしてても邪魔になりそうっすもんね。うちのボスがすみませんっす~」


 そそくさと退散していった彼女たちの背中を見送っていると、周囲の目が俺の方に集まっているのに気が付いた。

 ……なんか『ロリ』で始まって『コン』で終わる4文字を見るような目を向けられている気がする。俺もその場の居心地の悪さに、そそくさとその場から離れて探索者ギルドへと入るのだった。


 ギルドに入ると、探索者ギルドの1階の受付には多くの探索者が並んで自分の順番を待っている。

 依頼の達成報告だったり昨日に持ち帰った素材の売却だったりと様々だが、そんな探索者の光景を見ていると「小説によく描かれていた『冒険者ギルド』の様子ってこんな感じだったのかな」と想像がはかどる。


「な、なぁジーナちゃん。今夜一緒に呑みにでもいきませんか!」

「ごめんなさい、仕事で忙しいんです~次の方―」


 受付嬢をナンパしている探索者がいるところも含めて。金髪緑眼の美少女ってのはいつの時代も人気なんだな……なんてどうでもいいことを考えつつ、俺は受付カウンター――の横にある人が並んでない寂れたカウンターに行く。


 『取引所受付』のプレートが下げられている受付には誰も人が並んでいない。ここに用事があるやつは基本的に探索者の少ない昼とか夜とかに来る。じゃあなんで朝に来ているかと言えば……エレナに朝早くから起こされたからだな?


 まぁ来てしまったものは仕方ない。臨時収入が入ったからちょっとお高いものでも買えるぜぐへへ。

 端末に入金された金額を見ながらほくそ笑んでいると、奥の方からめんどくさそうに一人の男性が出てきた。


「げ、なんで蓮司がいるんだよ」

「俺が客だから以外にあるか? 仕事しろ。商品目録を見せてほしいんだが」

「絶対客が来ない時間帯だからってここにシフト入れたってのによぉ……ほらこれだ、分からないことがあったら後で聞いてくれ。具体的には俺が帰った後の昼頃に」

「相変わらず仕事嫌いだな、陣内じんない。お前があっちの受付をやってたころはもう少しやる気に満ちていたぞ?」

 

 俺がさっきのかわいい子が受付をしている方を親指で指さしてやると、目の前の男はダルそうに髪をかき上げる。黒髪の裏に入っている赤いメッシュが露わになり、耳に付けたピアスが光っていた。


「人生なんざ適当に生きりゃいいんだよ。『長生きするコツは頑張らないこと』、これ俺の至言な」

「そういう態度がたたって窓際部署ここに飛ばされたくせによく言う」

「おいおい、給料はそのままで仕事は少ない。裏でだらけていても誰もうるさく言わない環境だ、最高じゃね?」

「……まぁここに来る奴なんて旧文明時代のジャンク品が欲しい奴ぐらいだもんな。ギルドの主力商品である『情報媒体』も企業や政府が何千万単位で取引するから、ここじゃなくて本部とやり取りするし」


 ちっ、目新しい本は無いか……目録を陣内につき返しながら俺は彼と世間話をしていると。


――ざわざわざわ……。

「おい、あれって……!」

「うおおおおお、エレナ様だ!」

「こんな至近距離で……っ、なんかちょっといい匂いする」


 エレベーターからエレナが下りてきて探索者たちが騒ぎ始めた。

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