第7話

――ガンガンガンッ!

「ふわぁあ~……まだ開店前ですぅ~……」

「早く開けないとこの扉粉砕するわよ」


 朝。昨日は疲れたからゆっくり休もうとソファーで寝ていたら、入り口の扉が強く叩かれる音がして目が覚めた。

 欠伸をしながら俺が客を帰そうとすると、聞き慣れた声で物騒な脅迫を受ける。


 破壊されても困るので仕方なく開けると――。


「おはようレンジ、今日もいい天気ね。早く私を入れなさい」

「すまん、まだ目が開いてないから誰か分からん。帰ってくれ」

「何寝ぼけたこと言ってんのよ」

「寝起きだからに決まってんだろ、寝ぼけさせろ」


 チラッと腕時計で確認してみれば午前五時、おはようすぎるだろ……。重いまぶたを上げてみれば、そこにいたのは見慣れた美人の顔。

 このまま外に放置したい気持ちに駆られるが、エレナを放置したら色んな意味で注目が集まってしまう。

 俺は渋々エレナを店に入れるのだった……くそっ、今日はゆっくり寝ようとしてたってのに。


「昨日の依頼、助かったわ」

「何が『遺留品探し』だ、バカでけぇエネルジークと戦う羽目になってよ……」

「だから『出来れば』って言ってたじゃない。失敗しても遺留品を回収すれば依頼完了、私も救助要請が来た時点で八割ぐらい死亡してるものだと思ってたし」

「んだよ、骨折り損かよ……」


 カウンターに頭を載せながら俺がぼやくと、そうでもないわよ?とエレナが自身の端末で俺のつむじをぐりぐりしてくる。

 俺が鬱陶しそうに顔を上げると、そこには事前に聞かされていた依頼料の倍額が入力されていた。


「まじか」

「大マジよ。マヒルは私の旧友っていう個人的な感情もあるけど、それ以上に探索者の未来に繋がる功績に対して、ね」

「あー、『探索者の質が下がってる』ってやつ」

「そうなのよ〜、企業全体が金儲けに走ってて探索者の装備はもう最低……是正しようにも献金を貰ってる政治家どもが法整備しないから直る見込みが無いのよ」


 ギルドの方から装備指定するのも違うし、かといってギルドから支給してたらギルドの方が先に破産するし……と本部長らしい悩みを吐露するエレナ。


 大変なんだなギルドも、と同情した俺はあったかいお茶を淹れてやる。

 エレナはそれを受け取ったかと思うと、側にあった脚立を持ってきてカウンターの対面に座り始めた。


「……おい」

「いいじゃない、こんな早い時間に客なんて来ないでしょ」

「それは側が言うセリフだ、客側が言ってどうする」

「どっちが言っても客数に変わりはないでしょ?」


 だから良いの、と湯気立つカップを両手で包み込んでフーフー息を吹きかけてるエレナ。それでも熱かったのか、一口すすって「あちっ」と舌を火傷していた。


「猫舌め」

「うるさいわね……話を戻すわ。こんな現状で真っ当に装備を作っているところは貴重なの、『ヒイラギ工場』はそういった意味で失いたくない会社だったのよ」

「へぇ……」

「というわけで、マヒルたちを生きて侵食空間から助けたあんたには感謝しているわ」


 ピロンと俺の端末に通知が来る。エレナが入金したのだろう、不適な笑みを浮かべているエレナに俺は片手を上げて返す。

 

 探索者ってのは人類の文明を発展させる重要な職業だ、すでにやめた身とはいえこの問題は看過できるものじゃない。

 元探索者として少しでも力になれたのなら良かった……って、あ。


「そうそう思い出した。俺しばらく依頼受けられねぇから」

「あらどうして?」

「メンテだよメンテ。ヒイラギ工場が請け負ってくれてな、装備が無いから副業はお休みだ」

「あぁ、あの黒いローブ。貰い物って言ってたけど……そう、彼女の……」


 エレナが少しだけ表情に影を落とし、俺も無言で頷く。エレナもヒイラギ工場の先代だと察したのだろう……旧友らしい柊のことを考えているのかその顔は同情しているかのように曇り、眉尻を下げていた。

 そんなエレナを元気づけるために、俺は一緒に淹れていたお茶をすすりながら声を明るくする。


「ま、大丈夫だ。おっさんの想いは今の柊や椿たちに伝わっていた、あいつらが生きてる限り……おっさんは心の中で生き続けるさ」

「……ふふっ、素敵な考え方ね」

「だろ? とある小説からの受け売りだ」

「あら残念、オリジナルなら格好よすぎて惚れていたかもしれないのに」


 いつもの調子が出てきたエレナに「ほざけ」と俺もいつものように返し、俺はやっと日常に戻ってきたと実感する。

 タイミングがエレナとのふざけ合いなのが何とも決まらないが……まぁ、ただの本屋が格好良く決める必要もないだろう。


「ところでレンジ、朝食はまだ?」

「5時に起こされて朝食食えてると思うか? まだだぞ」

「ん? 私は『朝食はまだか』と聞いたのよ」

「? ……お前まさか、俺んちの朝食たかる気か⁉」


 当たり前でしょとばかりに胸を張るエレナ。結局、「朝早くから依頼の達成報酬払いに来て上げたんだからそれぐらい良いでしょケチ」と彼女に言いくるめられた俺は、朝からスーパーに走ることになるのであった。


 なんでこういう時に限ってうちの冷蔵庫は空なんだよクソ……。

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