第6話
「すー……すー……」
「泣き疲れて、眠ってしまったみたいっすね」
「……すまん」
「フクロウさんが謝ることじゃないっすよ。むしろ、何も残らないこの空間から先代の『形に残るもの』を持って帰ってきてくれたことに礼を言いたいっす」
うちのボスも……きっとそう言うはずっすから、と椿が寂しそうに笑って荷物を纏めだした。
「すまないっすけど、ボスを負ぶってくれるっすか?」
「それぐらいなら」
「ありがたいっす……いやぁ、この戦槌重いんすよね~」
残された二つの戦槌を重そうに持ち上げながら、椿は苦笑する。その後、俺たちは脱出口の座標を目指しながら歩き始めた。
その道中、俺は先代のことが気になって椿に質問する。
「おっさん……先代はどんな人だったんだ?」
「先代は、すげぇ優しかったっすよ。ほら、探索者って男が多いじゃないっすか……たまにいるんすよ、それで夫を亡くした女性ってのが」
「そうだな、一時期それが社会問題になっていたのを覚えている」
「そんな女性を親父さんは従業員として積極的に雇ってくれていたんすよ。自分を犠牲にしてまで他人を
懐かしそうに椿は当時の情景を思い返して、笑みを浮かべていた。だがそんな顔も、一瞬で曇ってしまう。
「……だからっすかね、『エネルダイトを出来るだけ削って安く大量生産する』という今の風潮に最後まで反対してたんすよ。探索者の装備が劣化して、夫を亡くす妻が増えないようにと」
「…………」
「金が無いから安全に採れるエネルダイト鉱床を確保できず、純正のエネルダイト製の装備だから高くて売れない。だから先代は、少しでも安く生産しようと新たなエネルダイト鉱床を探しに書置きを残して出て行ったっす」
ほんと……苦しんでいる人のためなら居ても立っても居られない、馬鹿なお人よしっすよね、と椿は泣きそうな顔をしながら笑うのだった。
だからおっさんは、あんな危険な場所にまで潜っていたのか……俺たち探索者を救うために、探索者の夫を失って悲しむ女性がいなくなるように。
「合点がいった。あの日おっさんがあそこにいた理由も、エレナから聞いていた『年々、探索者の質が落ちている』という理由も」
「金儲けのために、人の命を奪う行為っすよ……いくらこの世の経済は金で回っているとはいえ、他人の命を積極的に奪う外道にウチらはなりたくないっす」
「もしかして今日ここに来たのは――」
「新しいエネルダイト鉱床が発見されたという噂を聞いて、居ても立ってもいられずにボスと確認しに来たんすよ」
先代が遺した想いを、先代に助けられたウチらが継がないわけにはいかないっすからと椿は手に持っている戦槌を掲げながら目に闘志を燃やしていた。
「ん、んぅ……おとーさま……?」
「起きたか」
「ボス、起きたっすか!」
その時、背中から寝起きの声が聞こえる。俺は目を擦っている柊を背中から降ろし、着ていたローブを脱いで柊に羽織らせた。
「このまま真っすぐ行けば出口だ。ローブは……気の済むまで持っていけ」
「……メンテナンスが終わり次第、お返しするっす。といっても、どこに持っていけば?」
「エレナを尋ねたらいい、そうすりゃ俺の元まで返ってくる」
じゃあと俺が別の出口から出るために彼女たちから背中を向けると、柊が遠慮がちに裾を掴んできた。
何か言い残したことがあるのかと俺が振り向けば、寝ぼけたようにトロンとした目をしながらも不安な表情を向けている。
「おとーさま……いっちゃやだ……」
「「…………」」
「……? ~~~~~~ッ!」
俺が返答に困窮していると、だんだん意識がはっきりしてきたのか柊の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。
口をパクパクしながら声にならない悲鳴を上げたかと思うと、ぷしゅ~っと頭から煙を出して彼女は自身の白いツインテールの毛束を顔に持ってきて顔を隠しながら椿の背中に隠れるのだった。
にんまりと笑み浮かべた椿が、そんな柊の頭をこれでもかと撫でながら自分の社長の可愛さに悶えている。
「もぅっ、もぅっ! なんでこんなにウチのボスは可愛いんすかねぇ~⁉」
「や、やめろやめろっ! 蒸し返すな‼ じゃあなフクロウ!」
「わっ、押さないでくださいっすよぉ~~……」
慌ててバタバタと転移していった二人の背中を見送りながら、俺は仮面の奥で苦笑する。まぁ最後は変な感じになってしまったが……これで依頼は完了、成果としては上々ではなかろうか?
彼女たちの未来が幸多からんことを願おう、俺は疲れたからしばらく本屋の経営に専念したい。
「見張りは……よしいないな」
出口に見張りがいないことを確認した俺は、そそくさと浸食空間から退散する。正規の探索者や許可が出ている者以外のエネル浸食空間への侵入は違法だからな、モグリの俺はこうして人の目が届かない場所の出口を使わなければならない。
「つっっかれたぁ~……風呂入って寝よ……」
西日が大分傾いている新千代田区の景色を見ながら、俺は帰路へと着くのであった。
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