第5話

 ゴリラのような獣型を仕留め、完全に死体が浸食空間に消えていったのを確認した俺は、後ろでぽかーんと口を開けている二人に声をかけた。


「エレナからの依頼で来た。歩けるか?」

「あ、あぁ……そうか、エレナへ送っていた救難信号は届いていたのか」

「ほ、ホッとしたら腰が抜けて動けないっす……」

「ならしばらく休むか。あの巨体が好き勝手暴れていたから、ここ一帯はしばらくエネルジークは寄ってこない」


 しばらく俺の武器も休ませないといけなさそうだしな、と俺は大剣を地面に突き刺して座る。煙を上げて排熱中のこれをローブにして着るのは全身火傷状態だ。

 ふぅ……と一息ついて戦闘で緊張していた身体を弛緩しかんさせる。やはり命をかけた戦いというのは何度やっても慣れない、どうしても肩ひじを張ってしまう。


 俺が休んでいるのを見て張り詰めていた緊張が解けたのか、周りを警戒しているような雰囲気をやわらげて俺に頭を下げてきた。


「すまねぇ、礼が遅れた。オレはひいらぎ真昼、『ヒイラギ工場』の社長をやっている」

「社員の椿つばき千鶴ちずるっす。助けてくれて本当に感謝っす」

「俺は……あー、『フクロウさん』とでも呼んでくれ」


 自己紹介をきちんとしてくれた人に対して身分を隠すことに少しだけ罪悪感を覚えつつも、俺は二人にそう呼んでほしいとお願いする。

 もし『蓮司』の名前を出して非正規の探索者だなんてバレたら、俺が逮捕されるばかりかエレナの地位も危うくなる。自分のせいで他人に迷惑がかかるのは、出来れば避けたい……。


 そんな無礼な俺を、二人は事情を察してか何も言わずに合わせてくれるのだった。


「そうか。まぁエレナの関係者なら悪い奴じゃねぇだろ、改めて助かったぜフクロウさん」

「ボスがそういうならウチもそうするっす。命まで助けてもらったのに『名乗らない』程度で目くじら立てないっすよフクロウさん」

「おう、『ヒイラギ工場』にそんな器のちっせぇ奴がいたらオレがこの戦槌で性根を叩きなおしてやる!」


 柄の折れた戦槌を掲げながらにかっと笑う白髪ツインテのちびっ子。『ボス』と呼ばれて慕われている感じ、彼女の『ヒイラギ工場』はホワイト企業なんだろうな。

 多少驚きはしたが今の時代は「完全能力主義」、優れた人材は年齢関係なく大事なポストに置かれる時代だ。10歳ぐらいに見える彼女も、相当優秀なんだろうな。


 俺が一人納得していると、柊からじとーっとした呆れたような目を向けられる。


「なんか変な勘違いしてそうだから言っとくが、オレは20歳だからな」

「は? ……あぁ、まぁそういう大人に憧れる時期って誰にもあるよな。分かるぞ」

「あのフクロウさん、マジっす。うちのボスこれでもちゃんと成人してるんす」

「『これでも』ってなんだ椿!」


 うがーっと怒りを露わにして椿と呼ばれた女性を追いかけまわす柊。ど、どう見ても姉妹にしか見えねぇ……俺より2歳も年上?

 走り回って疲れたのか、二人とも息も絶え絶えにまた座るのを見ながら俺はフクロウの仮面の奥で目を見開き驚きで固まっていた。


「はぁ、はぁ……くそっ、まぁ椿は帰ってからお仕置きするとしてだ」

「はぁ、はぁ……酷いっす!」

「フクロウさんよ、その剣っつーの? 翼っつーの? それどこで手に入れたんだよ」

「あー……手に入れたというか、こいつはもらったんだよ」


 驚きから回復した俺は、未だ排熱を続けて煙を噴き上げてる大剣に目をやりながら柊からの質問に答える。

 探索者をやっていたころ、深層一歩手前の中層下位まで俺は潜っていた。さっきのゴリラ以上に強いエネルジークがわんさかいて、身を隠しながら情報記録媒体を探す日々。


「そんな時に、一人のおかしな男と出会ってな。中層下位だってのにロクな装備も着ずに単身で潜って、エネルジークに襲われていた」

「…………」

「なんとか助け舟を出してエネルジークを追い払ったはいいが、すでにそいつは深い傷を負っていてな……死ぬ前に一言『繋いでくれ』って託されたんだよ」


 『誰に』ってのはついぞ聞けなかったけどな、とコンコンと大剣を軽く拳で叩きながら俺は困ったように苦笑いをした。


 エネルダイトのプレートを無数につなぎ合わせて作られたこれは、命令ひとつで様々な形に変わる――まぁ、そのプレート一枚一枚すべてに周辺のエネルを取り込んで噴射する推進装置スラスターを組み込んでるのは「火力高いなぁ」とは思ったが。

 ちなみに着心地は最悪だ、だって硬いし。素肌の上から来たらチクチクするし。


「定期的なメンテナンスもしなきゃならないんだが、門外漢だからさっぱりでな……顔見知りの修理屋に出しても『構造が訳わかんなくて壊すのが怖い』って返される」

「多分っすけど……その推進装置、ウチら『ヒイラギ工場』の技術っす。でもこんな高等技術、ウチらの中には――」

「――お父様だ……お父様だよ……」


 椿が製造者に首をかしげていると、隣にいた柊がよろよろと泣きそうな顔をしながら大剣に近付く。俺はそんな彼女を見て察した――そうか、彼女が。

 ボロボロと涙をこぼしながら大剣の前に崩れるように膝をついた柊と、心配そうにその背中を見る椿から俺はそっと離れる。


「ぐすっ、ぐっ……ばかぁ、ばかおとうさまあああぁ! うわああああぁ!」

「ボス……」

「…………」


 通常、エネル浸食空間に潜って帰ってこなかった人は死亡が確認されるまで『行方不明扱い』になる。柊は……心のどこかで生きていると信じていたかったのだろう。

 黙祷もくとうを捧げながら、俺は記憶に残る一人の男に想いを馳せる――すまん、随分と遅くなっちまった。


 ――やっと『繋いだ』ぜ……おっさん。





――――――――――――――――――――――

【新年(3日過ぎているような気もするけど)の挨拶をするための後書き】


 みなさま、謹んで新春をお祝い申し上げます。

 旧年中は大変お世話になり、誠にありがとうございました。読者の皆様におかれましては、今年のお正月も、ご家族と共に楽しくお過ごしのことと存じます。

 硬すぎるな……みんなあけおめ~、これはちょっとフランクすぎるか。


 というわけで、改めて明けましておめでとうございます。またここまでお読みいただきありがとうございました。なんか最初からフルスロットルでクライマックスな話の展開をしているような気もしますが……まぁええやろ!


 カクヨムコン10という十回目のカクヨムコンテストという節目もあり、「このお祭りに参加してえええ!」という気持ちがもりもり盛り上がった結果、新作を書いてしまいました。後悔は無い!反省も無いからこれはただの『やってやったぜ』?

 

 これからも引き続き頑張ってまいりますので、もし面白かったり続きが気になると思った方は感想やフォロー、星などで応援していただけると幸いです。

 では、今年も一年よろしくお願いいたします!

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