第3話

 この世は弱肉強食――強き者だけが生き残り弱き者は淘汰される。崩壊した後のこの世界は、どこを行ってもそんな環境だった。


「はぁ、はぁ……っ」


 人類の生存圏を奪った憎き存在、エネル……だが、エネルは同時に新しい需要を生み出した。エネル浸食空間を潜る探索者を始め、彼らをサポートする事業が生まれたのだ。

 オレ――ひいらぎ真白ましろのお父様の工場もこの事業に参戦しては、探索者たちの装備を製造している……いや、正確には『いた』が正確な表現か。


――ウオオオオオオオオオオオオオッ!

「くっ……新たに発見されたエネルダイト鉱床こうしょうを調査しに来たってだけなのに!」

「どうするっすかボス⁉」

「あのデカブツから逃げ続けて奇跡的にまた知ってる場所に出たんだ、ここで踏ん張らなきゃ二度はこんな幸運ねーぞ!」


 従業員を鼓舞しながら、オレは両手に持ったエネルダイト製の大きな二つの戦槌せんついを握る手に力が籠る。


 エネルジークは、普通の金属で出来た武器ではダメージを通すことが出来ない。当時の人類はエネルジークに対抗する手段が無く、探索者たちは空間内を必死に逃げ隠れしながら情報を持ち帰っていたらしい。


 だからこそ、このエネルが凝縮して出来た鉱石――『エネルダイト』で作った武器がエネルジークに対抗出来ると判明した時、人類は初めて反逆の刃希望を持つことができた。


 なのに……なのにッ!『金を稼ぐ』ことに躍起やっきになったゴミ企業共が、どれだけエネルダイトを削って普通の金属の含有率がんゆうりつを上げるかで競争し、その刃を腐らせようとしていやがる!


「利益のために探索者たちの命を軽んじている奴らを、これ以上野放しにしておけるかよ……!」

「ボス‼ 右ッ!」

「あぁ、見えてらぁ!」


 体長が自分の三倍はある巨大なゴリラみてぇな『獣型』の大振りなパンチを、オレは真正面から打ち返す!

 相手の拳とぶつかる瞬間、戦槌のインパクトを増大させるために内蔵している推進装置を起動してやった。これがウチの会社の技術力だ、ただの『か弱いお嬢様』とでと思ったか、あぁ⁉


「流石ボス! おらぁ、うちのボスがちっこいからって舐めんなっすよ!」

「『ちっこい』言うな椿つばき! ……ッ、やっぱノーダメか」

――グオアアアアアアアアアアアアアアァ‼


 地団太を踏むように前足をガンガン地面にぶつけて怒りをあらわにしているゴリラを前に、最初に襲撃を受けた時に逃げたオレの判断は間違っていなかったと確信する。

 端末もこいつから逃げてる間にどっかに落としちまった、落とす前にダメ元で旧友である探索者ギルドの本部長様エレナにヘルプを送ってはいたが……このデカブツに勝てる探索者の選定からとなると期待は薄いか。


「そっちの残りの手札は?」

「スタングレネード二個と……護身用の金属製の武器っすね」

「実質オレの戦槌二本が主力ってわけか。すまねぇ、オレたちの工場にもっと金があれば……」

「言いっこなしっすよボス。それに私は、まだ諦めてないっす」

 

 空元気ながらも猛々たけだけしく笑う従業員椿に元気を貰いながらも、完全に手詰まりな現状にオレは歯噛みする。


 金の持つ企業が安全で大量に採れるエネルダイト鉱床を独占し、思うように生産が出来なくなっていったオレたちの工場の装備は探索者たちから『高い』と売れなくなってしまった。


 お父様も日々劣化していく探索者たちの装備を危惧して、戦闘なんて出来ねぇくせに工場を「オレたちに任せた」って言い残し、新規のエネルダイト鉱床を探しに危険な浸食空間に潜って、そのまま……。


「まったく……ッ、馬鹿なお父様だよクソが!」

「ボス! 来るっすよ!」

「あぁ! うおおおおおおおおッ!」


 獣型の攻撃に合わせるように戦槌を振るう!おっも……っ、サポートありのフルスイングでやっとしのげるレベルとか理不尽すぎて笑えて来るぜクソが!

 ミシッと嫌な音が自分の手元から鳴る。いくら逃げながら道中のエネルジークと戦ってたからって、ここで限界が来るのかよ⁉


「不運もここまで来ると運命かと思えてくるぜ……」

「ボスッ!」

「スタン入れろ椿!」

「はいっす!」


 ピンが抜かれる音が後ろから聞こえた瞬間、オレは大きく飛びのく。自分も食らわないように耳を塞ぎながら目を瞑ると、轟音と共にまぶたの向こうが激しく光った!


――グ……ッ、オアアアアァ!

「流石に何度も食らってたら慣れるし警戒しやがるか……ッ!」 

「危――いボ……!」


 デカブツの元気な声に効き目が薄くなってることを感じていると、椿が何か叫んでいるのが聞こえる。

 スタングレネードで耳が潰れて聞こえにくい……もっと大きな声を出してくれと叫び返しながらオレが目を開けると――こちらに向かって横なぎに振るわれたデカブツの巨大な腕が視界いっぱいに広がっていた。


「あ? ……ガハッ⁉」

「ボス!」


 目を瞑っていて反応が遅れたオレには、咄嗟に戦槌を差し込むことしか出来ない。次の瞬間、ダンプカーにはねられたかのような衝撃が全身を襲う!

 気が付けばオレの身体は宙に浮き、勢いよく横にふっ飛んでいた。背後にビルの壁が迫る、やば……これ死――。


「ん? どぐふぉおおおおおおっ⁉」

「おおおおおおあああ⁉」


 オレが最後に見たのは、灰色のコンクリートでも走馬灯でもなく……真っ黒の布切れだった。

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