おフランス料理でございますか！？

4．ふり向いている暇はありません

　ついにここまで、たどり着きました。アルコールも厚生労働省の目安（めやす）で十二％が六杯＋アルファを数えて、正常な判断力を喪失（そうしつ）しかけています。

　七皿目、メインディッシュという名のラスボス、鳩（はと）の胸肉とフォアグラのパイ包み焼きです。ナッツとトリュフを散らしがけ、果実の香りを加えた淡紅色のクリームソースを纏（まと）う、まさに四天王すべての能力を結集した超重量級です。

　さすがに、格が違います。見ているだけで、香りを嗅（か）ぐだけで、脳が美味（おい）しいと錯覚します。

　この身体さえ耐えられたなら……最初に、この一皿だけ、素朴なおフランスパンと共に出されていたら、天にも昇る気持ちになれたでしょう。

　ですがフルコースの戦場で、ふり向いている暇はありません。

　そして、この流れでラスボスと言えば、この人しかおりません。愛と誠実さゆえに激動の時代に殺され、ライトノベル的ファンタジーパワーで魔王と化したブルボン王朝最後の絶対君主ルイ十六世、体型的にもばっちりです！（失礼）

　もう少しだけ、もう少しだけ早く……あなたと二人、小さな世界に逃げ込むことができていたら、どんなに幸せだったでしょう……！

　フォークとナイフを、英雄ローランの剣よろしく掲（かか）げます。今、この一皿のあなたを封じる（胃袋に）ことができるのは、私しかいません。

　鳩（はと）の胸肉、フォアグラ、パイ生地、ナッツとトリュフとソース、どれが欠けても駄目です。すべてを受け止めるのが真（ま）っ向勝負（こうしょうぶ）、丁寧（ていねい）に一口サイズを切り出し、包括（ほうかつ）して、我が身一つの医師面談の安寧（あんねい）を捨てて挑（いど）みます。

　凄まじい衝撃、いや、感動と動揺、そして豆鉄砲を年齢の数だけ喰らったような呆然です。

　オブラートでくるむならとんでもない野生味、世界を獲（と）る左ストレートならエグい、渋（しぶ）い、モッサモサの鳩（はと）の胸肉を、厚切りフォアグラのコクと旨（うま）みとヌルッと感、炭水化物の温（ぬく）もりあふれるパイ生地と確かな主張のナッツとトリュフ、成分分離ギリギリでケンカする熟年夫婦のようなバターと果実の香りの渾然一体クリームソースたちが、強引すぎる力技（ちからわざ）でまとめ上げて、ピンポイントの美味（おい）しいに着地しています。

　なんという超絶技巧の回り道、お惣菜（そうざい）コーナーの照り焼きチキンが最短距離で同じゴールにいるような気の迷いは、もはや脊髄反射（せきずいはんしゃ）でメインディッシュにマリアージュな赤ワイン、ジャコモ・ボルゴーニョ＆フィグリ・ネッビオーロ、イタリア産で消し去ります。こんな途方もないハシゴ外しは、かつて経験がありません。

　……こんなことを言う状況でないのは百も承知ですが、誰なんですか、そのイタリア女！？　誤解？？　弁明は、この英雄ローランの剣（デュランダル）でうかがいますっ！！

　ごめんなさい、許してください、飲み物なしでは食べられません。ざっくざっくと斬（き）られるパイ包み焼き、ぶちゅーむちゅーとマリアージュするイタリアワイン、味覚と幻覚の阿鼻叫喚（あびきょうかん）です。

　ただ、神はおわします。

　始まりあれば終わりあり、戦いあれば祈（いの）りあり、敬虔（けいけん）な感謝を捧（ささ）げつつ、最後の一口です。マリアージュもですが、ごめんなさいってば、とにかくまとめて飲み込みます。

　辛（つら）い戦いでしたが、やり遂げました。なんとか正気です。正常ではないけれど正気です。

　八皿目は、特産チーズのセレクションです。メニュー表を確認した時は正直、コスパ対策っスね、良いっスよ、理解ある客っスよ、と上から目線のイキり全開でしたが、圧倒的な総カロリーで蹂躙（じゅうりん）されているこのタイミングに、馴染（なじ）みある響き、想像しやすい味と質量、シェフの慈愛すら感じます。

　テーブル横にカートが登場です。色とりどり、正確に修飾すると白から黄色経由オレンジまでの濃淡縛（のうたんしば）りで色とりどりの、たくさんのチーズが置かれています。

　おフランスでチーズとなれば、青カビチーズは外せませんよね。迷わず塊（かたまり）でチョイスです。

　はい。自覚が足りませんでした。

　私はもはや、正常でも正気でもなかったのです。