5.ごちそうさまでした……!

 日本語で特産と書くと、なんとなく書いておけばお得、くらいの生産者に優しい印象ですが、原文表記はA.O.P、厳しい基準を満たした原産地の専門業者の御謹製ごきんせい、直輸入の逸品いっぴんです.


 わかりやすく例えれば、ザクⅡF2型とシャア専用ゲルググくらい違います。


 そして青カビチーズとは、青カビ菌が触手をあらゆるところに挿入そうにゅうして増殖、寄生対象を苗床なえどこへ変質させるに至った、グロ系エロスっぽい物体なのです。


 しょっぱっっっっ! くっさっっっっっ!


 それは、まあ、カビの繁殖力を抑制よくせい、コントロールするには塩分が必須で、長い熟成期間をるなら濃度が高くもなりましょう。しかしながらこれは、私基準の常識をはるかに超えています。


 すごい塩分量、すごくすごい青カビ量です。肉食民族は加減を知りません。いえ、加の上限値が高すぎます。


 随伴歩兵ずいはんほへいの白ワインも絶妙に側方支援、口の中をほとんど中和せず、葡萄発酵ぶどうはっこうのもろもろで十字砲火です。あの、大陸軍グランダルメはちょっと時空がゆがんでます。もう少し後の歴史ですよ?


 倒したはずのショタっ子ボナパルトくんが、不敵な笑みを浮かべて再登場、彼の背中から、とりいていた謎のオーラが時空のゆがみと共に実体化していきます。


 九皿目のデザートは、黒い森、と名づけられたケーキです。繊細せんさいなスポンジと無垢むくなホワイトチョコレートのガナッシュを、硬質なクーベルチュールのダークチョコレートで閉じ込めて、赤黒いベリーソースが飾られています。従えているのは食後酒、アルコール度数四〇%以上を誇るアップルブランデーの最上級、カルヴァドスです。


 名前がカッコいい、そんなことを考えている場合ではありません。蠱惑的こわくてきな匂いが、炎のように染みつきます。


 真のラスボス、家族を奪われ、尊厳そんげんを踏みにじられて狂気に沈み、この世のすべてを恨み抜いた鉄仮面伝説の悲劇の王太子、最愛の息子ルイ・シャルルが暗黒の未来から顕現けんげんです。


 チョコレート、大好きです。フェイバリットです。なんていとおしい姿でしょうか。


 黒い森は、その本体だけでなく、付属の小皿にお洒落しゃれな小粒チョコレートが贅沢盛ぜいたくもりです。もちろん全部、じっくりと味わいます。ミルクチョコレート、ダークチョコレート、ホワイトチョコレート、プラリネ入り、オレンジピール入り、アーモンド入り、ピスタチオ入り、ゴマ入り、塩入り、黒胡椒入り、唐辛子入り……またしても、民族間の断絶に天をあおぎます。


 なぜ、なぜチョコレートに、黒胡椒を入れるのでしょう……? どうして、どんな思いでチョコレートに、唐辛子を入れるのでしょう……?


 チョコパフェにバナナが入っていることすら抵抗のある私に、これは悲劇です。カルヴァドスを飲みます。飲めてしまう美味おいしさが恐ろしいです。


 あまりにも豊かな林檎りんごみつの味、総質量における四〇%以上の果糖がアルコール醗酵はっこうしていながら、なおもこれです。どれほどの果汁が濃縮しているのか、おフランス料理の真髄しんずいが、一杯のグラスにも満ちています。


 いとおしく、悲劇で、恐ろしい。


 闇の王太子ルイ・シャルルを、なぐさめることはできるでしょう。手を取り合って、革命を、新時代を願うたみを殺し尽くせば良いのです。そう、最愛の息子は絶望の世界にただ一人、母を救いに来たのです。


 いけません……たとえすべてを失おうと、人を愛し、敵を愛し、国を愛してつらぬくのが王家の道。あなたを外道げどうに、とさせはしません……共にきましょう、シャルル……!


 甘く、ほろ苦く、やわらかく崩れて溶けるような黒い森をみしめながら、カルヴァドスのしずくたましいうるおします。身体はうるおいません。アルコールの加水分解に全身の水分という水分を使われ始めて、今からもうカッピカピです。


 幻覚はクライマックス、血中濃度はサドンデス、意識はバッドトリップ・オブ・デスなのですが、これだけは言わなければなりません。


 ごちそうさまでした……!


 またしても、だいぶ久しぶりに思い出します。こんな極限状態でも、お仕事中なのです。死体蹴したいげりのような眠ったいアフタートークが終わって、偉い人から順番にお帰りいただくのを見送ります。


 この辺から家のドアを開けるまで、すっぽりと記憶がありません。


 まあ、なんとかなっていたのでしょう。衣服の乱れ、具体的には吐瀉物としゃぶつの付着もありません。


 こうして異世界ファンタジー風味のおフランス革命を駆け抜けつつ、平民の無謀な一日グルメ戦記を終わらせていただきます。あちらこちらにフェイクも混じえていますので、おフランス料理の詳細におかしな部分があっても寛大かんだいなお目こぼしをたまわりたく、よろしくお願い申し上げます。


 それでは、おつき合いしてくださった皆さまに心からの感謝を、です!

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