おフランス料理でございますか！？

2．身体中がアラームを発しました

　一皿目が現れました。涙と共にシャンパンを飲み干したグラスは交換され、なんだか長い名前の白ワインが満たされています。ホスピタリティに容赦（ようしゃ）なしです。

　お料理の方は、スプーンに乗ったきれいな緑色のなにかです。メニュー表には、カナッペとしか書いてありませんでした。

　いただきます。

　シャインマスカットさまかも、と思いましたが、口に入れると極薄（ごくうす）のチョコレートっぽい殻（から）が砕けて、ねっとりとした液（えき）があふれます。

　語彙（ごい）の限界ではなく、バカ舌の限界です。オリーブの香りもして、美味（おい）しいのかどうかわかりませんが、とりあえずカロリーが高そうなのは、身体中がアラームを発しました。

　そう、ウィキ◯ディアで学習した私は知っています。おフランス料理の真髄（しんずい）は、濃縮です。

　とにかく、ありとあらゆる物をペースト状にして、裏ごしして水分をしぼって、オイルやバターや生クリームを添加して、まろやかで芳醇（ほうじゅん）なカロリー爆弾に仕上げるのです。

　たまらず白ワインで口を洗います。こちらもまたガツンと芳醇（ほうじゅん）、見た目からは想像もできない脳みそ筋肉っぷりです。

　スピードなら四天王最速のショタっ子、ボナパルトくんとノーガードで殴り合う、みたいな感じです。どうすんだこれ、思ったよりヤバいのが出てきました、初（しょ）っぱなからです。

　二皿目はピスタチオのタルトですが、無論、ナッツの素朴さはありません。

　恐らく大量のピスタチオを、丹念に丹念にすりつぶしてバターで練り上げ、一口サイズのタルトに凝縮した、高密度の粘性物体（ねんせいぶったい）です。さらに名前が長くなった白ワインも、色と味が濃ゆいです。

　ピスタチオは好物なので、美味（おい）しい、美味（おい）しいのですが、どうしてここまでしなければならないのでしょうか。ボナパルトくんのギアはマックスです。

　あなたの強さは純粋で、危険すぎる……！

　さらに加わる三皿目、駄洒落（だじゃれ）じゃありません。肉食民族の本領発揮、フォアグラのテリーヌです。

　大きなお皿にポツンと三つ、グ◯コのアーモンドチョコくらいの物が並んでいます。こんなのワンパンで余裕っス、などとイキってはいけません。

　テリーヌこそ基本にして奥義、ペーストにした素材へバターと豚の背脂（せあぶら）を投入、土鍋でじっくり加熱して水分を飛ばした、特定成人疾患（とくていせいじんしっかん）には必殺の代物（しろもの）です。素材からして病的肥大（びょうてきひだい）の肝臓となれば、その破壊力は人間ドックを炎に包みます。

　案の定、舌の上で危険信号がとろけます。レバーがこんな味するわけない、と直感する、複雑な混ぜ物の旨（うま）みと塩っぷりです。

　横にどすんと構えるのは、遮光器土偶（しゃこうきどぐう）を思わせる豊満スタイルのグラスにたゆんとゆれる赤ワイン、年季の入った芳香（ほうこう）のフルボディです。

　魅力的なのに脂（あぶら）っこく、周囲にはべるお色気ムンムンの愛人たち……散財家の大舅（おおしゅうと）さん、ルイ十五世でしょうか。四天王最強の軍事力と無責任力、心が折れそうです。

　口の中を暴力的に支配する油膜（ゆまく）を、鼻と耳から葡萄臭（ぶどうしゅう）と渋（しぶ）みが吹き出すような赤ワインで押し流します。二度、三度の繰り返しが、無限に感じられます。

　勘弁してください。硬水（こうすい）が沈澱（ちんでん）するヨーロッパ大平原の肉食民族と違って、こちとら岩盤の高低差が軟水（なんすい）を濾過（ろか）する神州大和（しんしゅうやまと）のお米民族です。コレステロール耐性とアルコール分解能が生死に直結する進化系統樹をたどっていないんですよ。

　栄華は一瞬の夢だからこそ美しく、すぎた欲は己（おのれ）を蝕（むしば）むのです。どうしてそれが、おわかりにならないのですか……！

　リアル寿命も半年くらい、蝕（むしば）まれている気がします。戦いはまだ、三分の一です。