崇拝のちに破壊


 神へと伸ばした両手は断ち切り落とされ、私は両手を失った。

 当然である。あの尊い神へと手を伸ばすなんて愚行、するべきではなかった。

 それでも私は、神々しいあの御方に、ひとたびでもいいから触れてみたかった。

 そうすれば救われたような気になるんじゃないかと思ったから。

 ようやくこの現世での苦しみから、掬い上げられるんじゃないかと愚かにも考えた。



 両手を失った私は何も掴むことができなくなってしまった。

 両親はひどくそのことに胸を痛めていたが、私はこれも仕方ないことだと思った。

 神は鋭利な「才能」という刃をもってして、私の惨めに這いつくばる可能性を抹殺した。

 

 最初から要らなかったのだ。夢や救いを求める両手など。


 両手を失った私は、それからよく歩くようになった。

 今までは小説を書いていたのだが、もう小説を書くこともできまい。そうなると、部屋の中で静かに腐っていくのが怖ろしくて、私は何かから逃げるように外の世界へと出た。


 外の世界といっても、私が暮らしているのは随分と田舎で、民家や小さなスーパーがぽつぽつある程度。あとは雄大な田園が広がっている。夏になれば蒼い田が風で波のようなうねりをつくり、秋になれば黄金色の草原のように大地を彩っていた。だが、冬の今は寒々とした土色が広がるばかりである。

 日本海側という晴れの少ない地方で産まれた私は、太陽の恩恵というものをきっと、他の誰よりもよく理解している気がした。両手がない今、傘もさせないので、雨の日や雪の日の散歩は難しい。だから冬は自然と篭もりがちになり、代わりに小説を読むことで外の世界に旅立った。

 ああ、なんて憐れなのだろう。

 可哀想な、私。



 いや。

 いや。

 いや。


 違う。



 白状しよう。私は嘘を吐いている。



 私の両手は失われてはいない。ちゃんと、本当は傘だってさせるし、小説だって書ける。

 嘘をついたのは、弱い心を誤魔化すためだ。

 私が小説の神様と崇めた人は、本当に神様のような人だった。小説の世界で活躍し、華々しい人生を、私とは無関係に送り続けていた。

 ただ、たった一度だけ。

 私は自分の小説を神様に見て貰う機会があった。私は当時売れない作家で、それでもどうにか神様に会う機会をとりつけて、自作を読んでもらったのだ。


 結論だけ言おう。

 神様は、私をお認めにはならなかった。


 その瞬間から、私の「書く」ための手は、見えない刃で切り落とされた。

 私はあっと言う間に売れない作家から、何も書けない作家へと転落死した。

 けれど私は神様のことを恨んではいなかった。当然の報いだと思った。私が愚かだったのだ。神様に、卑賎な私のことなど分かりやしない。分かりやしないんだ。

 分かっている。分かっていた。分かっていた筈なのに。


 私は、とても、生きていることが恥ずかしくなった。


 誰にも認められなくても良かった。

 神様さえ、私に微笑んでくれれば、それで私は十分だったのです。



 あれから私は未だに小説が書けずにいる。

 神様は、あれからもずっと、文壇を率いて華やかに作家人生を謳歌されている。

 私はそんな神様が書く作品が、やっぱり好きだった。心の底から愛していた。


 それでもいつかまた、私が小説を書く「手」を再び得ることが出来たら。

 

 その時は、その「手」で、私はきっと、神様を殺す事になるのだと思う。

 私の中に色彩も形も美しさも全てをお与えになった神様を、私は殺すのだ。

 ふたたび、書くために。


 神という偶像の破壊が、必要なのだ。

 

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【SS集】分解と再構築、または文字列の列挙 朝桐 @U_asagiri

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